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2006年10月16日 (月)

中国と日本と師匠と私

今の書道の師匠と初めて会ったのはもう10年も前の話。
会社に入ってまだパシリの頃、転勤で愛知県の豊橋市にいた。そして休日のデパートで「中国物産展」で書道の実演をやっていた師匠に話しかけたのが最初だった。

少し書道の話をしてから・・・
「あのう、戦争中に日本人は中国人に散々悪いことをしたのに、悪感情は持っていないんですか?」
今から思えばギャグのような質問である。(あの頃君は若かった!)

「え?中国人はそんな昔のこと何とも思っていないよ。」

一蹴されたような感じだった。

たぶん、当時一般の中国人もそんな感じなのではないかと思う。それが変わったのは江沢民の反日教育のために違いない。ついでに書くとトウショウヘイ時代の中国から日本への留学生と、江沢民時代の留学生では質がてんで違うらしい。
師匠はそのトウショウヘイ時代の留学生だが、その年(1980年代中頃)の国費での留学生は20人であった。師匠が言うには
「僕はその時の主席だった。」
んだそうな。(「白髪三千丈」の中国人の話だからなー)

しかし
「二番だった友だちは帰国後、すぐ上海駅の副駅長になっちゃった。」
「へ?」(上海駅ってめちゃくちゃデカイ!)

日本留学という肩書きは恐ろしいほどの影響力があったと思われる。中国の首都は北京なのだが、それは政治上の事柄についてのみで、経済、産業、金融、さらには芸術分野においても中心なのは上海なのだそうだ。

師匠も一旦は帰国するが、こんどは自費で日本へ留学する。これで国からの庇護は切れてしまった。今でも中国へ帰れば
「あのまま、中国にいればどんなポストにでもつけたのに。」
とたくさんの友だちから言われるらしい。

でも師匠は師匠の考えがあってのことで、僕としてもそのおかげで今師事させてもらっているのだが、今の僕から見れば間違いなく「正しい選択」だったと思う。

中国は相当やばいでっせー。黒字倒産するんじゃないかとか言われてるし、北京オリンピックが終わったらバブルが吹っ飛ぶんじゃないかとも言われてる。

安倍総理が訪中してとても良い感じで会談が行われた。中国からすれば「朝貢」で
「よし、よー来たな。」
というポーズを作りつつも、冷や汗ダラダラだったんでしょう。もう靖国云々言ってる状態でもないんでしょう。日本からの投資が減ったら大変な事になる。

日本としても、中・朝・韓をまとめて相手にするのは得策ではない。まずは第一に北朝鮮を何とかせねばならない。中国はそのあと。韓国はほっといても中国にならう。

書いているうちに、全く違う方向へ行ってしまった。ほんとはこんな事書く予定ではなく、師匠のおかしな日本語について書くはずだったんだが。おかげでまた書き散らかし。

まあ書いちゃったのでアップしました。

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コメント

ケンジさんは中国とご縁が深そうですね。
師匠はすごい人なのですね。
そんな人と中国物産展で会えるのですから
世の中わかりません。
中国は今もこれからも絶好調だと思っていたので
以外です。

投稿: mariko | 2006年10月24日 (火) 22:14

marikoさん、初めまして。
人と人がどこでどのように出会うかは不思議なものですね。

中国共産党はどうしようもないと思いますが、「中国」は好きなのです。黄山や桂林なんかは行ってみたい場所です。

コメントありがとうございました。m(._.)m

投稿: ケンジ | 2006年10月25日 (水) 19:41

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