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2006年12月29日 (金)

プレアデス バ覚醒への道2

プレアデス 覚醒への道、読み終わりました。

多少の偏見はあったにせよ、何か新しいものがあるのではないか?という期待も実はあり、できるだけニュートラルな気持ちで読もうとしました。

しかし、

何もありませんでした。

何の感動もなく、何一つ魂を揺さぶられるようなフレーズもありませんでした。

というだけではいかんので少し書く。

読み終わって感じたのは、人類の人間性への暖かいまなざしの無さというか、人間性への深い洞察といった類のものは感じられなかった。

このブログはシルバーバーチマンセーブログではないので、シルバーバーチマンセーブログなのでそちらを贔屓してしまうが、シルバーバーチは人類社会がどーしょーもないと認めながら、人間を侮辱するようなことは言っていない。

この本を読みながら途中からは、「ワーク」だの「チェンバー」だのわけのわからんマニュアルがどえらいことあったのでその辺は斜め読みした。なのでどのチェンバーとどのチェンバーがどう違うのかは、知らん。ただここで感じたのは、スピリチュアリズムを人間社会でいうところの「人格形成のための教育」だとすると、これは「受験をパスするためのテクニック」のようだということ。

話は変わって、師が弟子を指導する場合、ほとんどの場合手取り足取り口出しながら教える。ま、どこでもそんなもんだと思うが、僕が考える指導としては、師はただやってみせる、見せるつもりがなさそうなフリして見せる。その中で弟子は自分で考えてまるで自分独自でその技術を体得したかのように「錯覚」させて教える指導が極上だと思ってる。(もちろんこれは師と弟子双方に素質がないと無理だろうが。)それを見て師は

「分かったみたいだね。」

と一言言う。

そして言葉で説明するのは「その」後なのだ。体得するから説明が分かる、という一見矛盾した形になる。

以前の「マネジメント革命」にも載っている内容と同じ事だが、剣道の構え方や打ち方、ゴルフのスイングなど型のあるスポーツは特にそうだと思う。言葉に出しすぎなんだな。1つの言葉に縛られてそこに意識を集中させるため、その他の部分がガタガタになるのはよくあること。

人間の成長についても同じだと思う。人間誰しも背後霊はいる。その人たちは担当する人間に常に働きかけているはずである。しかしこちらはそんなことは肉眼では見えないし、心で思ってもそれは自分の意志であるとしか思えない。でもやっぱりバックで動いているわけである。

「スピリチュアリズムを広めましょう」と簡単に言うが、これは街頭にたって

「あの世はあります。神はいます。人間は霊です。」などと叫ぶことではなくて、摂理に即した生活をしていれば、知らしめる相手に出会うからその人に伝えよう。ということだと思う。したがって実は何も言わなくてもいいということになる。

そこへもってきてプレアデス星人。頼まれもしないのに5200年または2万6000年ごとに人類進化のサイクルの終わりに地球の世話を焼きに来てくれているそうです。おかげさまで地球には地球の霊団があるので横レスしてくれなくても、かれらはずーーーーっと地球を見てくれているはずなのだ。だから思い出したころにひょこんとやってきて、

「おれらが教えたるわい。」

といわれても「知ったこっちゃねー」のである。

また、スピリチュアリズムが説くのは
「ルールがある。」
ということで、悲しいことに「君だけ特別扱いしてあげる」というジョーカーは存在しない、と言っているわけである。

ところがプレアデス星人は

「14万4000人の『選ばれた者たち』」という言い方で選民意識をくすぐる。世界で10人とか言われれば自分じゃないと思う人もこれだけの人数なら「自分かも」と思うかもしれない。

この本、半分は「癒し方」とか「ハイアーセルフとの繋がり方」なので思ったより突っ込みようが無い。僕はヒーリングも背後霊も神も霊界も他の惑星の生命体もオーラもカルマも全部OKなのだが、だからといって完璧に説明できるわけでもないから。よってプレアデスに難癖つけるのはこれで終わり。少々お疲れ。

最後に1箇所突っ込んでおく。

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P357

私が子供のころ、よく母親は「あの人は恥というものを知らないのかしら」とか「あなたは恥ずかしくないの?」と言いながら、羞恥心というものがあたかも美徳であって善人か悪人かを判別する基準であるかのように話していたものです。そこで羞恥心がないと判断された人々は母にとってはつねに「悪人」であり、避けるべき人でした。私は人々がお互いに批判的で差別的な見方で裁きあうのを目撃するたび、いつも暗い気持ちに襲われましたが、悲しいことに自分の母親が美徳の名のもとに彼女自身の羞恥心に絶望的なまでにとらわれていたのです。

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親が子供にしていいことと悪いことを教えるのは当たり前の躾だ。それは子供が社会に出て恥をかいたり、人に迷惑をかけないようにという親の愛情である。また批判の何がいけないのか、批判のための批判は無意味だが、本当に批判すべきものはしなくてはならないはずである。

(ミサイル飛んできてんだぞ!「北朝鮮にも核武装をする権利はある」という日本人がいることを日本人は知っておきましょう。)

絶望的なのはあなた自身であり、あなたの母はまともな人物でしょう。

プレアデスはもういいので、次は「神との対話」でもやるか。

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2006年12月27日 (水)

プレアデス バ覚醒への道1

「アセンションプリーズ」
「アセンションプリーズ」
「当機はただ今ハイアーセルフとつながり、カーの経路を開き光の使者と接触いたします。」

今日から「プレアデス覚醒への道」を読み始めました。まだ数十ページしか読んでいませんが、なかなかオモロイ。当方はスピリチュアリズムに重心を置いていますので、その観点から物を見ます。個人的に受けた箇所を暫く書こうかと思います。

とりあえず、4章から「らー」が語り始めるのでそこから。
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P69
2013年、宇宙の巨大な螺旋における銀河系の次なる円環と、地球の新たな2万6000年のサイクルが同時に始まります。その時、次のような変動が起こるでしょう。
①地球の極移動による、地球と太陽の位置の変化。
②同じように太陽の極移動による、太陽とプレアデスとの位置関係の変化。
③プレアデスが螺旋のひとめぐりを終えたことによる、プレアデス星系とオリオンとの位置関係の変化。
④、⑤、⑥まで、だらだらだら。
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あと7年くらいで地球の極が移動するんだって。
まずどのくらい移動するのか移動量を述べよ。
この「移動」という言葉もおかしい。公転面に対する地軸の傾斜角度が変わるというのならまだ分からなくもない。とりあえず移動するとしよう。それも大幅に。北極・南極の気温は上がる。それまで暖かかったところ、暑かったところは冷えてくる。まあ今の文明は崩壊するな。赤道が変わるんだから。
また地球と太陽の位置関係の変化というのもおかしい。極が移動するとなぜ太陽との距離が変わるのか?それって地球自身の問題ではないのか。文のつながりが変。その間には当然公転軌道を変える力が必要。その前に極を移動させる力って何よ?
さらに書くと、太陽との距離が変わっても地球人類は吹っ飛ぶと思う。

次、太陽の極って何?黒点が活発に活動する時期には地球でも何かある、っていう説は聞いたことがあるけどよく知らない。恒星って3Dで光と熱を360°放射しているわけだが、極というものがあるの?

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P70
あなた方の惑星はいわゆる「地球の変動」を起こしながら、精神的・物理的な浄化作用を体験するでしょう。
P71
あなた方の多くは、地球がフォトン・ベルトの中に進入するにつれて、すでに個人的な成長と浄化のプロセスが加速されるのを体験しているはずです。
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浄化作用を具体的に述べよ。

要するに災害が起きるということかね?そうすると浄化されるの?
人間個人の努力っていらねーということでしょうか。フォトン・ベルトに入れば善人もあほも同じように成長と浄化が可能なら、今のうちに酒池肉林を目指してもよいのでは?個人個人とは書いてないね。惑星全体と書いているよな。ってことはその星の人間も全部だよね。

まあ、だいたいやねえ、なんでそんなに人(星)任せなの?

このペースでいくと1年たっても終わりそうにない気がする。

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2006年12月24日 (日)

マネジメント革命

マネジメント革命 「燃える集団」を実現する「長老型」のススメ
マネジメント革命 「燃える集団」を実現する「長老型」のススメ 天外 伺朗

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『人という存在は、おそらく意識の成長・進化を遂げることが、人生最大の課題となるように生まれついているのであろう。そのため、本人はほとんど気づくことはないが、誰しもがその方向に歩もうとする、強烈な動因を秘めている。』

著者は瞑想等の著書もあり、ニューエイジという範疇を知っているので、もしかするとスピリチュアリズムについても理解しておられるかもしれない。

そのあとはこう続く

『それと同時に、おかしな話だが、その歩みに強烈なブレーキをかけている、というのが真実の姿だ。なぜかというと、その方向性に、人は死の恐怖を感じるからだ。』

この本は実は企業の経営学についての話なのだが、そのための個人の成長というものに重点が置かれている。そしてそれは社会の進化とも密接に関係があるとしている。著者の分類を以下に示す。

①名称 ②キャッチ・コピー ③社会の目的 ④社会の規範 ⑤中心となる意識のレベル ⑥特徴

A ①中世社会
    ②宗教社会
  ③宗教的秩序の維持
  ④宗教的神秘主義
  ⑤中期自我
  ⑥宗教による抑圧、専制的支配体制、交易や宗教の場に人口集中、農民的おおらかさ、変化が少ない、   保守的傾向

B ①近代文明社会
  ②競争社会
  ③経済・産業の成長・発展
  ④科学的合理主義
  ⑤後期自我
  ⑥信教の自由、民主主義、都市に人口集中、社会の活力は高い、激しい競争、争いが多い、エゴの暴走、 富と名誉の追求、ストレスが強い、人々は消耗、病気犯罪が多い、多数派による抑圧、社会生活が中心、左脳ビジネス、法律が複雑、投機的貨幣経済

C ①成熟した社会 
  ②平和でみんな元気な社会
  ③個人の意識の成長・進化
  ④形而上的価値観
  ⑤成熟した自我
  ⑥宗教の変容、深層民主主義、都市と田舎がバランス、経済成長は低くなる、調和と許容が中心、紛争の減少、エゴの低下、多様性が許容される、装わない人々、人々はリラックス、人々の活力は高い、犯罪・病気は減る、ホロトロピックセンターが社会のへそになる、社会生活と精神活動のバランス、右脳ビジネス、長老の存在、地域通貨の発展

D ①実存的社会
  ②至福の社会
  ③全体性と調和
  ④内なる至福感
  ⑤ケンタウロス(身体から分離した自我を超越した最初のレベル)
  ⑥宗教は死滅、ミニマムな政治、都市の過疎化、国家の希薄化、経済の衰退、内なる喜び、紛争が激減、至福の人々、病気・犯罪の激減、病院が消える、精神活動中心、自然農法による自給自足、法律がミニマムになる、レジャー産業が衰退、地球のエネルギー循環にそった文明

E ①超越的社会
  ②空の世界
  ③なし
  ④なし
  ⑤アートマン(注:ブラフマンとお友達だか同じ人だか。よくわからんけど、要するにすげー奴、)
  ⑥国家の消滅、大いなる調和、大いなる至福、法律裁判制度が消える

人が書いたものをそのまま書いているだけなのだが、随分偉くなったように錯覚するじゃああん。
、、、、、_| ̄|○ 

さて、このように社会の移り変わりのステップアップを示している。これを見ていくと、社会は勝手に進化するのではなく、個人の意識が向上し、そのような人々が多くなることによって社会構造そのものが変わっていく。ということなのである。
シルバーバーチは「人生の目的は魂の成長である」と言うし、「いずれは地上天国が出現する」とも言っている。結局そういうことなんだろうな。

そして、現在の日本は Bの近代文明社会であり、Cの成熟した社会へ移行しようとしていると思われる。一方で中国・北朝鮮はどうか?ひいきめに見てもAか、AからBへの途中でしょうな。

んで、また悪い癖が出てしまって申し訳ないのだけど、

平和憲法を世界遺産に!とまで叫ぶ護憲派の意見と照らし合わせてみると、

DかEということになる。

だからダメなの。

人間も社会も国家も一段一段階段を登るように進化していかないと、それは本物ではないのである。上っ面だけメッキをしたようなことをしても、あっという間に崩れさるだろう。百歩譲って現在の日本がD、Eの状態にあったとしても日本の回りが全く着いてこれていない現状である。そのためには彼らの最悪の選択肢を考慮した対策をとるのは当然のことである。
大切なのは、とにかく戦闘をできない仕組みを作ることではなくて、たとえ外交がこじれても「戦争」という選択肢が湧いてこないだけの意識の向上であるはずなのだ。そしてそれが出来ていない以上、我が身を守る努力をするのもまた当然である。

憲法九条があって喜ぶのは中国、北朝鮮である。日本には領土的野心などないこと、武力行使などしないことは、日本人よりも向こう様の方がよほど分かっている。だから奴らは無茶苦茶なことを平気で言う。

そんなわけで、これは会社経営についての本です。

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2006年12月21日 (木)

在日が欲しがる参政権、帰化すりゃいいだけ

感心するべきか、当たり前だと思うべきか、こういう事を今更言わねばならんというのが間抜けではある。どちらにしても、同じ立場の在日外国人から
「いい加減にしろ!」
と言われていれば世話がない。

enjoy Koreaより
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私は在日華僑です。 2006-12-13
【投稿者】 carotto
在日華僑とは、文字通り日本に居留する中国人や台湾人です。国籍は中国・台湾など、日本国内では外国国籍者となります。私達が日本国籍を取得しようと帰化申請して、帰化したら日本人となります。在日華僑の呼称は、血統の概念ではなく国籍によって使われているのです。

私達在日華僑を含めて、在日外国人全体が迷惑している問題があります。それは、在日韓国人の参政権要求運動です。
議員や公務員・軍人など、政治権力を行使する立場には、その国の国民が従事する考え方は、国際的に見ても普遍です。国民国家の概念から考えても当然の事です。これは差別でも何でもありません。在日韓国人の矛盾は、権利要求には熱心であるけれども義務の遵守には甚だ不真面目な事です。参政権などの国家権力を行使する権利を有するならば、国家防衛の義務など高度な義務を背負うのが妥当です。しかし、外国国籍者の立場を笠に着て各種犯罪を頻発させるなど、日本国内の法令違反を多発させています。この状態で、一体誰が彼らの主張に賛同出来るでしょうか?在日韓国人は、明らかに無責任な意見表明をしています。

在日韓国人が、日本国内に永住する意思を持ち、日本人と同等の権利を欲するならば、日本国籍の取得が筋です。外国国籍のままで参政権などを要求する事は甘えです。日本国民と変らない実態のままで、外国国籍のままで同等の権利を要求する意味は、「権利は同等に欲しいけど、義務は応じない」との我侭に過ぎません。帰化申請して、良き日本国民ととなる道を選択して下さい。理不尽な要求運動は、在日外国人全体のイメージを損なう恐れがあり迷惑です。在日韓国人達は、私達華僑と違い、外国国民であるとの自覚が忘れ去られていませんか?

在日韓国人は、「国民」の概念と、「人種」「民族」の概念を混同しないで下さい。日本国民となっても、祖先より継承した民族名の使用は可能です。法事などの朝鮮的な民俗風習を維持する事も可能です。「日本国籍にしたら、民族性が損なわれる」「日本国籍にしたり、姓名を日本風に変えた場合、族譜から外される」などの妄言は、あくまでも在日韓国人自身の事情であって、日本国とは無関係の話です。日本国籍に変更する際に、姓名や風習を変えて、朝鮮民族である痕跡を消したいと考えているのは、在日韓国人自身です。誰も強制していません。 韓国系日本人」として堂々と生きていこうと出来ないのは、自分達の劣等感が理由であって、日本社会の要求ではない事を知るべきでしょう。
http://www.mindan.org/bbs/bbs_view.php?bbsid=5789&page=1&subpage=3438&sselect=&skey=
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>政治権力を行使する立場には、その国の国民が従事する考え方は、国際的に見ても普遍です。これは差別でも何でもありません。

言うまでもない。

>在日韓国人の矛盾は、権利要求には熱心であるけれども義務の遵守には甚だ不真面目な事です。

だから嫌われる。心ある韓国人は権利と義務は互いに裏返しということを理解しており普通に帰化する。

>理不尽な要求運動は、在日外国人全体のイメージを損なう恐れがあり迷惑です。在日韓国人達は、私達華僑と違い、外国国民であるとの自覚が忘れ去られていませんか?

強制連行で日本に来た人達だから仕方がない。←この話自体がまったくの嘘。

>「韓国系日本人」として堂々と生きていこうと出来ないのは、自分達の劣等感が理由であって、日本社会の要求ではない事を知るべきでしょう。

完全試合と言っていい見事な内容。

在日朝鮮人は自らのために馬鹿な同胞のわがままを糾弾すべきだな。放っておけば、結局最後には自分の首を絞めることになるだけだ。

相変わらず何のブログかわからんな。

enjoy Korea  日本はオセアニアに編入された方が良い. 
素晴らしい!! 出来れば日本列島まるごと引っ越ししたい!!
ただし、緯度は同じにして四季は維持したい。

ほい推薦.わはは.あー,韓国じゃ「フィリピン・インドネシアと一緒」ってのが侮蔑表現なんですね.日本でいうところの「韓国と一緒」みたいなもんですかw

爆笑!!

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2006年12月16日 (土)

産経VS朝日の本

今日のmumurさんのエントリーはこの1年で最長でしょう。
もう最高だった。この本買わずに年は越せんな。

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憲法9条と無防備宣言

 市内のデパートで自衛隊の方が何かを紹介されていた。何かと思えば、南極観測船「しらせ」が持ち帰った南極の氷を展示していた。氷は溶けながらプチプチと音を発していた。氷はともかく、南極観測船というのが海上自衛隊の船舶であったことに驚いた。気象庁か水産庁かと勝手に思っていた。

 で、まあ自衛官の募集もしていた。その気は無いけど、五十代と思われる自衛官の方に軽く話をした。
「自衛隊に興味はありますか?」
「ええ、一応徴兵制になった時のために。」
自衛官大爆笑。・・・・・・・・(笑い事でもないんだが)

「自衛隊が軍になったら何が変わりますか。」
「特別には変わらないでしょうね。海外への派遣は増えるでしょうが。」
「なるほど」
「ただ、今のままでは自衛官は自分の身さえ守れません。発砲されたらどうするのかさえ曖昧です。」
「そうですよね・・・。」

「ところで、竹島は日本の領土ですよね。」
「そうですね。」
「であれば、侵略ですよね。」
「そうですね。」
「取り返しに行かないんですか?」
「あははは。日本は武力行使を出来ませんからね。」
「つまり、やられたらやられっぱなしで、やったもん勝ちということですね。」
「そうなりますね。」

さらりと言うなよ。

「日本海の漁場は韓国に荒らされ放題ですよね。犠牲者まで出ていますし。海上保安庁は頑張っていますが、海上自衛隊はどうですか。」
「連携してやっています。」

ううーーーーむ

話はかわって。
あんた何様?日記 様のところで、無防備宣言について取り上げられている。
似顔絵作家・秋元裕美子さん、「無防備マンが行く!」出版
だそうな。
『無防備マンが「無防備地域とは、私たちの住む地域から戦争のできない環境作りをしようということ」とタロウ少年に説明する。秋元さんが沖縄戦の体験者に取材した内容や憲法9条の解説も盛り込み、「平和憲法の理念を具体化し、いかすことが大事」と訴えている。』

アマゾンでその書評を読んでみる。
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レビュアー: ウラヌス (奈良県) - レビューをすべて見る
基本的にこの本で主張している事は「軍備があるから戦争が起こる」「無防備都市宣言を行えば攻撃されない」なのですが、これらは前提条件から間違っています。
国家の三大要素として領土・憲法・国民がありますが、国際社会に警察に相当する超国家機関が存在しない(国連軍がこれに相当するでしょうが実際には大国間の相互不信により本当の意味での国連軍は結成されていません)ため、自らの手で国家を守らなければいけない以上、軍備は無くすわけにはいかないでしょう。
この本では軍備が侵略のためだけではなく国民を守り、抑止力となっている事を無視していますし、仮に全ての国家が軍隊を無くすとしてもほぼ同時に行わなくてはなりませんし、一国が抜け駆けをして再軍備をすればそれでおしまいです。
また、戦争が起こった事態に想定された無防備都市宣言を平時に適用するなど馬鹿げています。確かに攻撃はされないかも知れませんが、占領されてしまうことは確実ですし、占領された市民の生命・財産が安全であるという保証もありません。(ジュネーヴ条約がしばしば破られた事例は数多く存在します)

自国の軍隊を信用しない一方で敵国の軍隊を信頼するとはどう考えても矛盾した主張です。

つまり、無防備都市宣言とは自己責任の放棄であり、他者への依存という実に無責任な行為であると同時に侵略者を呼び込む危険な側面を持っていると言わざるを得ません。

レビュアー: 星 - レビューをすべて見る
この本には無防備都市宣言の成功例として前島のことが書かれてあるが、実際は艦砲射撃により住民1人が死亡している。また、ドレスデンでは無防備都市宣言を完全に無視され、無差別爆撃を受け、15万人もの人が亡くなっている。このような事実があるにも関わらず、作者はそのことに全く触れず、あたかも無防備都市宣言が失敗することはないかのように書いている。
無防備都市宣言について意見を述べるのは結構だが、事実の捏造は許されることではない。

レビュアー: 殺MUBOUBI "殺あきもと" (東京都) - レビューをすべて見る
 無防備とはなんて素晴らしいのだろう。この思想が世界中に広まれば世界はきっと平和になりますね。
 あきもと先生にはこの思想を広めるために世界中を周ってほしいです。日本より先にお隣の中国、韓国、北朝鮮から運動をするべきだと思います。その時に、あきもと先生は人民を解放する軍隊にも無防備を勧めてくれるはずです。

レビュアー: どらっへ (兵庫県宝塚(Japan)) - レビューをすべて見る    
 ベルギーは第2次世界大戦時にナチスに対し、無抵抗、無防備で領土を突っ切らせ、フランス占領に手を貸したようなものです。
 中立で有名なスイスは『武力』と『徴兵制』が有ったから、自治独立を守れただけ。
 これを現代の生活に例えると、家から鍵も掛けずに強盗入り放題の状態で外出し、お金を見せびらかしながら、歩き、人を殺したいと思ってる人間に、命を差し出すようなモンです。
 異常以外のなんでもないです。

 国家が無防備であると言う事は誰かが被害を受けるという事です。自分が助かれば、誰を犠牲にしても良いといってるの同じだと思います。
 第一、無防備と言うのは主義主張をしない事だとすると、この本を出した事(主義主張)で矛盾してませんか?
 あと『ドレスデン爆撃』知ってますか?
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まったくもって、憲法9条がそれほど素晴らしく有効的なものならば、まず中国や北朝鮮に持たせるべきですな。

無防備宣言が有効であるならば、無防備宣言そのものが不要だと思うんだが。

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2006年12月13日 (水)

ラジオから

先日のラジオにて

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「私がまだ女子大生の頃のこと。
 学校の正門の前には、毎日何十台もの高級車が列を作っていました。もちろん彼氏の『お迎え』です。その歳でどうしてそんな自動車に乗ることができるの?と、信じられない光景でした。彼女の方は彼の車を見つけるといそいそと乗り込んでいきます。果たして、彼の事が好きなのか、彼の車が好きなのか、はたまたそういう『彼』に迎えに来てもらえる自分が好きなのか?よく分かりません。

 当時私が付き合っていた『彼』はめちゃくちゃなビンボー学生で、車もポンコツでした。ある日、その彼が私の学校へ『迎えに来る』と言い出したのです。

私は慌てました。

彼には「先輩に目を付けられると怖いから」とか何とか言って必死に彼を説得し、お迎えは学校から少し離れた場所にしてもらうことに成功しました。

当日授業が終わり、彼が待つ場所へ向かいました。
そこで私は自分の心の汚さを恥じました。

彼はなんと自分の車ではなく、友だちから素敵な車を借りて私を迎えに来てくれていたのです。」

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<考察>
「賢者の贈り物」としてはまだまだだが、実話らしいということでなかなかナイス。
小説にするなら、やはり彼女からのアクションが1つ欲しい。ついでに彼にシンプルなセリフを言わせたい。
CMという手もあるな。

<結論>
新車がほしい。

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2006年12月 9日 (土)

めぐみ-引き裂かれた家族の30年

先日「めぐみ-引き裂かれた家族の30年」を見てきた。

重い、、、、、凄まじく重かった。

見終わった後の何とも言いようのない無力感。

横田夫妻を中心のドキュメンタリーとなっているが、増元照明さんにも時間を割かれていた。

マンガ「めぐみ」やその他の拉致関係の本にも書かれているが、もと工作員の話によると、めぐみさんは拉致され工作船の船倉に押し込められたそうである。必死に脱出を試みたのだろう。両手の爪が剥がれ血だらけになっていたという。また船酔いで嘔吐したことも重なって北朝鮮に着いたときにはまさに地獄絵図であったという。

だめだな、自分で書きながら思い出しては感情がこみ上げる。

6カ国協議の再開が決まったらしいが、所詮また北の時間稼ぎか。

しかし、あと数年で崩壊するだろう。なんの根拠もないけど。

「くたばれ!カイザー!!」

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2006年12月 8日 (金)

ニートのデモ

だめだ。笑わせすぎだ。涙出てきた。

You Tube  WE ARE THE THREE (ONLY!)
とりかごさんからもらいました。)

ニートがデモ行進。

「いつまで休んでるんだ。ちゃんとデモしろよ。」
「やる気あんのか、デモなんだぞ、デモ」

↑これ、警察官の発言

警察官に同情する~。
あ、アホか~
税金の無駄~。

警察はこんなの相手にしてないで、朝鮮総連と徹底的に向きあえー!!

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2006年12月 7日 (木)

南直哉というお坊さん

昨夜「ニュースの深層」を見ていると、宮崎哲弥氏の番組に南直哉というお坊さんが出ておられた。いや、面白かった。

宮崎氏も仏教には相当造詣が深いらしいが、現代のいじめ問題からライブドア問題まで様々なテーマについての1時間の番組だった。気が向いたらその内容を書くかもしれないが、ここではその後ネットで調べたらなんと、内田樹氏との対談があったのでコピペ。

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内田 武道でも「師を見るな、師の求めるものを見よ」と言います。師を見る人は、必ず師からの「見返り」を求めてしまう。自分はこれだけ師に仕えた。ならば師は私に何を与えてくれるのかという等価交換の関係に落ちこんでしまう。
 その構造は宗教にもありますね。これだけ帰依したのだからこれだけ救済して欲しいという。
内田 戦後のフランスユダヤ人社会は信仰の危機に陥っていた。ホロコーストであれだけ多くのユダヤ人が犠牲になったのですから「なぜ神は我々を見捨てるのか」という声が出てくるのは当然です。そのとき『困難な自由』の中でレヴィナスは「君たちは、自分たちが信じた神が自分たちを救ってくれなかったというだけで、神を信じることをやめてしまうのか」ときびしく叱責する。「君たちの信じる神というのは、人間が善行を積めば報奨を与え、悪行をなせば罰を下す、そんな幼稚な神なのか? 人間が人間に対してなした不正をただすのは神の仕事ではなく人間の仕事ではないのか?」と正統教義の立場から問い詰める。
 きつい話ですなあ。
内田 神の助力を求めずに受難を引き受け、地上に正義を築くことのできる義人が存在しうるという事態そのものが、神の存在を証明しているという屈折したロジックを使ってユダヤ人たちを説得しているんです。
 修行していた永平寺でも似たようなことを言われました。「これだけ努力したのだから、これだけのことが返ってくるはずだと思ってはいけない。それは世間のことで、取引である。その考え方から自由にならない限り修行の意味は永遠にわからない」と。
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でさ、レヴィナスって誰?  (TヘTo)

>神の助力を求めずに受難を引き受け、地上に正義を築くことのできる義人が存在しうるという事態そのものが、神の存在を証明している

>これだけ努力したのだから、これだけのことが返ってくるはずだと思ってはいけない。それは世間のことで、取引である。その考え方から自由にならない限り修行の意味は永遠にわからない

まあ、同じ仏教を志す者とはいえ、創価学会とは全く相容れないでしょうな。

あっ創価学会は仏教じゃないか?

モーゼスにしても、シルバーバーチにしても「霊訓」を暗記しても意味は無い。まして神に賄賂を送って天国へ行こうなどと思う人々のあさましさよ。

もう一つ面白かった所を転載。
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内田 武道は「弓馬の道」と言いますでしょう。刀槍の技術はすべて弓と馬の間にある。的は動かないし、襲っても来ない。うまく的に当たらないとしたら、それは敵が外部にいて妨害しているからではない。
 敵は内側にいる。
内田 そうです。自分自身の身体を完全に統御しようという欲が自分自身の身体統御を妨げている。
 的を受け入れない限り、絶対に当たらないわけですな。
内田 的と射手が別のものである限り限界があります。同じように馬も敵ではない。それを統御できればパフォーマンスは劇的に向上する。的や馬を相手にしているときは「味方と敵」というスキームはもう成り立たないんです。「人間ならざるもの」とのバランス形成を通じて因習的な自我―他者の図式を解体すること、それが武道に求められているものだと思います。

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>敵は内側にいる。

北にもいるけど。

南 直哉『老師と少年』刊行記念対談

内田 樹の研究室

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