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2007年2月26日 (月)

靖国神社も大変だよね

韓国人の靖国神社合祀の取りやめ求めて、遺族らが提訴へ
2007年02月14日23時01分
 韓国の戦争犠牲者の遺族ら10人が靖国神社を相手取り、韓国人犠牲者10人の合祀(ごうし)取りやめと原告1人当たり慰謝料500万円などを求める訴訟を26日に東京地裁に起こすことが分かった。支援する韓国の市民団体「靖国反対共同行動韓国委員会」が14日、明らかにした。

 同委員会によると、原告は太平洋戦争被害者補償推進協議会の李熙子代表ら。韓国人の戦争犠牲者遺族が靖国神社に対して訴訟を起こすのは初めてという。訴訟では、合祀者の名簿から戦争犠牲者の名前を削除することや慰謝料に加え、報道機関に靖国神社からの謝罪文の掲載や放送などを求めていくとしている。

 北朝鮮の被害者遺族らからも訴訟に参加したいとの意向が寄せられており、原告がさらに増える可能性もあるという。

 韓国人の合祀をめぐっては昨年5月、旧日本軍に軍人・軍属として徴用された韓国人や遺族らが日本政府などを相手に損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁が「合祀自体は靖国神社が判断して決めた」とし、原告の請求を棄却した。
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神道の教義上、一度合祀されたものを分ける事は不可能である。(教義?とか言わないように)本質的にはそこに「いる」と思えばいるのであり、「いない」と思えばいないのである。

相変わらず朝鮮人は勘違いをしているようだが、併合時代は搾取され苦しめられ、無理矢理戦争に駆り出されたわけではない。日韓併合で一番得をしたのは朝鮮であり、一番損をしたのは日本だと分かっているのだろうか。

朝鮮人が徴兵されることになったのは1944年、つまり終戦の1年前。召集令状が来てもそこから徴兵検査→訓練となるので実質的には強制で戦地へ赴いた朝鮮人兵士はほとんどいないはずである。実際に戦地で戦った朝鮮人兵士というのは完全な「志願兵」である。従って合祀されている朝鮮人兵士も「志願兵」なのである。改めて言うまでもないが、日本人はそのずっっっっっっと前から招集されているのであり、朝鮮人はずっっっっっっっと猶予されてきたのである。

そういう先祖の意志を無にする子孫の馬鹿さかげんは笑うしかない。

また当時の半島の近代化のスピードは凄まじい。一番分かりやすいのは日韓併合の前と後では人口が2倍になっている点である。どれほど日本が朝鮮に投資し、近代化に努めたかがわかるというものだ。勿論第1の目的は国防であるが、日本が他の植民地支配と違うのはそこも「新たな日本」として扱ったという点である。同じ日本だから同じ生活水準まで引き上げようとしたのである。それを今になって朝鮮は「搾取」だといっているのである。

しかし残念ながら、当時の朝鮮半島に日本が搾取したくなるようなものは皆無であった。
ただ1点重要だったのはその地理的位置だけ。それだけのこと。

韓国人の中には第2次世界大戦で、日本と韓国は戦争をしたと思っている人間もいるらしいが、実は戦争中は日本と韓国は手を取り合って列強と戦った戦友なのである。(それが日本が負けた途端に突然「戦勝国だ」と言い出した。)

と講釈を垂れても理解できる人間なら裁判を起こしたりはしない。

原告1人当たり慰謝料500万円などを求める訴訟を26日に東京地裁に起こすことが分かった。

要するに金なんだな。

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2007年2月23日 (金)

突っ込むのは無粋というもの・・・か?

死に神さん、そろそろ観念して(はあと) より

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私、実は大天使ジブリール(ガブリエル)の生まれ変わりです。 
   
  Weblog / 2007-02-09 17:53:31

えー、7日のSHOCK観劇の顛末書く前に、告白させていただきます。

実は、私、

大天使ジブリールの生まれ変わりです。

日本では「ガブリエル」の呼称の方が通りがいいですが、
「ジブリール」の方が本来の名前の響きに近いようなので、
このblogでも「ジブリール」で統一いたします。

「大天使」については、ゲームや漫画等で皆さんにもなじみ深いこととは
思いますが、あまり知らないという方は、詳しくはネットで検索かけて
調べてみてください。

という自分が実はこの「大天使ジブリール」という天使のことを
よく知らなかったりする(汗)いや、実は私はまだ「自分がジブリールだ」
と自覚してから日が浅い上に、キリスト教的な世界とは無縁で、
というか、宗教的なことには一切関わらないで今まで生きて来たので、
まだまだ分からないことだらけなんです。はい。

ジブリールは、ある目的があって、今回この地上に人間として生まれ変わって
きました。ちなみに

天界の天使達には、誰にも内緒でやってきました。

まあ要するに家出みたいなもんです

ジブリールは、一応天界ではそれなりに偉い天使なので、天界はおそらく
大パニックになったと思います。そして天界の天使さん達は必死で
ジブリールを探しましたが、なかなか見つかりませんでした。
それはそうです。ジブリールは天使としての力、気配を一切絶ち、ただの
人間として地上に生まれてきましたから。現在地上には60億人以上の人間が
いますが、その中から一人の人間を捜し出すのは、容易ではありません。

ま、ここらへんは白泉社花とゆめコミックスの「天使禁猟区」という漫画の
1巻あたりとちょっとだぶるかな。クライという小悪魔が、アレクシエルという
大天使の転生体を人間界から探し出そうとする、というのがストーリーの
始まりです。

あの漫画はおそらく、私を探していた天使さん達が、作者の方の精神に
啓示を与えて描かせた漫画です。
ただし悪魔からの啓示も大いに入っております。
(だからあの漫画では、天界や神というものがとことん貶められています。)

少し先走りすぎました。

で、何でこんなことを書いたかと言いますと。

このひとつ前の記事、タッキー&翼の北海道公演で、私がMC中に
あんな行為に出たにも関わらず、警備の人や警察の人がいまいち
手ぬるい対応だった理由が、「私が大天使ジブリールの生まれ変わりだから」
です。

滝沢秀明さんは、実は人間界で「悪魔」とか「死神」とか呼ばれる存在
なのですが、ある理由から、私には手が出せないことになっているのです。

私が大胆にも私の顔写真と本名と住所まで晒したのは、
そこまでしても、滝沢秀明さんを筆頭とする「悪魔」の方々が、
人間に働きかけて悪さをすることができない、と分かっているからです。
私の身の安全は絶対だ、と分かってるからです。

しかし手は出せないけどストーカーはしてくるんだなこれが(笑)

だから北海道公演では、私はあのような行為に出ました。

ちなみに、ですね。
今、この地上には、私を探すために沢山の天使達が降りてきてます。

現在私の方で分かっているのは、

・ジャニーズ事務所の今井翼さんが大天使ラファエル

・同じくジャニーズ事務所の堂本光一さんが大天使ミカエル

ですね。そしてジャニーズ事務所はひょっとしたら、その所属タレントの
ほとんどが天使さんです。だからあんなに人気があるんですねー♪

さあ、テレビ局の取材いつでもカモン!よ!!(笑)
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天界の大軍はやはり動いているようです。

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どうしよう、世間一般から見ると、この方とあたしらとの差は大して無いのかもしれない。

つらいぜ・・・・・・・・・○| ̄|_  (ふふふ、本当のジブリールは僕なのにねo(^O^*=*^O^)o)

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2007年2月22日 (木)

帰れ!竹島!

今日は竹島の日です。

竹島が侵略されてずいぶん経ちます。

こういうことを書くと「右翼」だと言う人もいますが、自分の家の庭に突然他人が乗り込んできて

「ここはオレの土地だ」

と言っているのと同じです。

普通に考えましょう。

拉致も一緒です。あなたの子供や孫が拉致されているのにその国と

「国交正常化」

なんて言えますか。

なんで誘拐犯と仲良くして援助しなくてはならんのでしょう。

日本には何の落ち度もありません。

普通に考えましょう。

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2007年2月21日 (水)

世のスピリチュアルってやつ

スピリチュアル、スピリチュアル、猫も杓子もスピリチュアル。
愛も感謝も必要だけど、なんか違うぞスピリチュアル。

ネットを見ていても「スピリチュアル云々・・・」と宣っておられる御仁より「ここが変だよスピリチュアル」って言っている人の方に共感してしまう部分が実は多い(笑)。

なぜか?

それは彼らが自分で考えているからだ。

「死後の世界はあるのか?」
「肉体が消滅すればそれまでではないのか?」
「背後霊・守護霊なんていうものはいるのか?」

事実は霊訓に書いてある通りかもしれない。しかし身も蓋もない言い方をすればそれはただの

「カンニング」

でしかない。しかし疑問を持つ人々は自分で考えて現在の意見を持っている。はっきり言って、何が正しい事実がどうであるかはどうでもいい。

もし自分が「死後の世界の存在を信じるか?」と聞かれれば「Yes」と答える。

なぜか?

それは自分の存在そのものがあまりに唐突だからである。要するに気が付くと存在していたというわけだ。それがとても不自然に思えるからだ。

「なぜ戦争中に生まれなかったのか?なぜ幕末でないのか?なぜ江戸時代でないのか?なぜ戦国時代でないのか?なぜ縄文時代でないのか?はたまたなぜ日本なのか?なぜアフリカでないのか?」

つまり、なぜ今なのか?という、こんなどーしょーもない疑問を持ってしまうと、誰も答えられないと知りながら悩んでしまう。

そこで結論。

「死後の世界はある。なぜならそうでないとおかしいから」

どう見ても説得力ゼロである。しかしやはりそうでないとおかしいのである。
                                                                    ・
                                                                    ・
                                                                    ・

シルバーバーチらがもたらした「スピリチュアリズム」(厳密にはこの言い方は正確ではないが)どういうわけか彼らを崇拝する人は多い。「尊敬」はいい「敬愛」もいい。しかし「崇拝」は変だ。

今日はサッカーのオリンピック予選の壮行試合をやっていたので見ていた。(TBSというクレイジー放送局だが仕方がない)

サッカーに限らないが、スポーツにはルールがある。当たり前だ。ルールを破ればそれに対するペナルティという更なるルールがある。その一定のルールの中で選手はプレーをする。

審判はそのプレーがルールに照らして正しいか間違っているかを常に監視している。そのジャッジは常に「公平で公正」でなくてはならない。そういう審判に裁かれる試合は荒れない。選手もその審判を信頼してプレーをする。そのようなジャッジを下す審判を選手は「尊敬」する。しかし当然の事ながら「崇拝」はしない。選手が全力で向かうのは相手チームのゴールであり、その目的は勝利であり、相対するのは相手のプレーヤーである。目指すべき対象に「審判」がいるはずがない。

スピリチュアリズムもそれと同じはずなのだ。シルバーバーチに向かって生きるのは本来の生き方ではないと思われる。守護霊に祈っていればどうにかなるものでもない。その辺りから人間の社会生活がズレてくる。カルトと違って財産を献上しないだけまだマシかもしれないが。

一旦サッカーグラウンドに立ったならボールを追わなくてはならない。そして味方とパスを繰り返し、あるときはドリブルで切れ込んで、最後にシュートを決めて得点を取らなくてはならない。グラウンドの上でぼーっとして「味方が勝ちますように」と祈っていても意味はない。祈っていいのはグラウンドに立てない人間だけ。

スピリチュアルの疑問を呈する人の意見に対して、一応霊訓を読んだ人間として「それはこうらしいですよ」と言えないことはない。しかしそれ自体がただの受け売りでしかない。仮に臨死体験でもしていれば少しは納得させることも出来るかもしれないが、やはり個人的な体験でしかなく、普遍的な証明にはほど遠い。

「スピリチュアリズムではこうだ!!!」

そんなことを言うよりも、自分の理性で考えて自分なりの結論を出す「彼ら」の方がどう考えてもまっとうに思える。もう一度書くが、それが正解でなくてもいい。

こういう事を書くとまるで自分が上から見下ろしているような感じがして、はなはだ気分が悪い。どうも堂々巡りをしているような気がする。

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2007年2月18日 (日)

幸福の王子

最近はファンクラブに入ろかな、というくらい傾倒している曽野綾子女史である。

今日はたまたま本屋で彼女が絶賛し、自ら翻訳した本があったので・・・衝動買いした。
以下はネタバレというかそのもの。流行りの映画などではないので(100年以上前に書かれたものだし)いいかなと思いながらも一応書いてみた。

幸福の王子 (オスカー・ワイルド(1854-1900)原作)

幸福の王子
幸福の王子 オスカー・ワイルド 建石 修志 曽野 綾子

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その町には「幸福の王子」と呼ばれる像が立っていた。金箔で覆われ、サファイアの瞳を持ち、ルビーを埋め込んだ剣を携えていた。
市民はその像としての王子を尊敬し、母親達は
「幸福の王子は泣いたりしないですよ。」
と子供を叱り、保護施設の子供達は
「王子はまるで天使のようだ。」
と憧れていた。

その町に1羽のつばめがやってきた。つばめは「幸福の王子」の足下で羽を休めることにした。すると雲もないのに雨粒が落ちてきた。迷惑そうなつばめがねぐらを変えようとして気が付いた。その滴は雨ではなく、「幸福の王子」の涙であった。

「あなたは誰なんですか?」
「私は『幸福の王子』だよ。」
「なぜ泣いているんですか?」
幸福の王子は生きている頃、苦労も悩みも悲しみも知らずに人生を終えた。美しいものに囲まれ、臣下たちは彼を「幸福の王子」と呼んだ。死んだあと、人々は彼をこういう所に置いた。おかげであらゆる醜さ、みじめさを見ることになった。心臓は鉛で出来ているとはいえ、涙を流さずにはいられなくなってしまったのだった。

王子はつばめに用を頼む。
「ずっと向こうにみすぼらしい家がある。そこには病気の男の子とその母親がお針子をして暮らしている。2人にこのルビーを持っていってやってほしい。私の足は台座とくっついて動けないんだよ。」
つばめは群に戻り、エジプトまで行くのが目的だった。また子供から石を投げつけられた経験もありその申し出を受けるのを渋ったが、仕方なくお使いに行くことにした。

つばめはルビーをくわえ飛んだ。その家に入りルビーを机に置き、翼で子供の額を仰いでやった。子供は心地よさそうに眠りについた。つばめは「幸福の王子」のもとに帰った。
「不思議なことに、こんなに寒いのに、暖かい感じがするんですよ。」
「それは君が、いいことをしたからだよ」

さあ、エジプトへ向かうぞ。と意気込むつばめに「幸福の王子」は言う。
「もう一晩この町にいてくれないか」
つばめは仲間が待っていること、エジプトは素晴らしいところであることを説明し出発しようとする。
「かわいいつばめ君、実は1人の若者がいるんだ。彼は芝居を書いているのだが、貧乏で空腹で暖をとることも出来ないほど貧乏なんだ。」
「分かりました。もう一晩お付き合いしましょう。またルビーを持っていけばいいですか」「いや、ルビーはもう無いんだ。だから私の目のサファイアを持っていって欲しい。」
つばめは泣く泣くサファイアをえぐり出し、若者の元へ運んだ。

さあ、今度こそエジプトへ行くぞ。しかし「幸福の王子」はまた引き留める。
「かわいいつばめ君、もう一晩一緒にいてくれないか」
つばめはまた王子の言うとおりにしてしまう。
「下の広場にマッチ売りの娘がいるんだ。この子はマッチを溝に落として全部だめにしてしまった。もしお金を家に持っていかなければ父親に殴られるんだ。靴下も手袋もないこの子にもう一つ残ったサファイアの目をやってくれないか。そうすれば殴られなくても済むんだ」
「そんなことをしたらあなたは何も見えなくなるじゃないですか。」
「私の言うとおりにしてほしい」
つばめはもう一つの目をえぐりだしマッチ売りの娘の手の中に宝石を落とした。

「幸福の王子」のもとへ戻ったつばめは
「あなたはもう何も見えない。だから私はあなたといっしょに、ずっとここにいます」
「それはいけない。君はもうエジプトへいきたまえ」
「私はずっとそばにいますよ」
次の日はつばめは今までの旅で見てきた事を話した。しかし「幸福の王子」は言う。
「つばめ君、この世で最もすばらしいのは、人々の悲しみなんだよ。みじめさにまさる神秘は無いんだ。どうかこの町を飛び回り、見たことを話して欲しい」

つばめは金持ちがいながら、乞食もいることを見、「幸福の王子」に報告する。
「私は立派な金箔で覆われている。これを1枚ずつはがして、貧しい人たちにやってくれないか。
生きている人たちは、いつでも黄金があれば幸せになれると思っているんだ」
(このセリフは意味深である)
つばめは1枚 また1枚と金箔を剥ぎ取ったのでついには「幸福の王子」は見栄えのしない灰色の姿になってしまった。かわりに町には笑い声が絶えなくなった。

冬がやってきた。つばめは体が冷えても「幸福の王子」のもとを離れなかった。しかしとうとう死ぬときが来た。
「死というのは、眠りの兄弟ですよね。」
つばめは王子の唇にキスをすると、足下に落ちて死んだ。その瞬間、「幸福の王子」の鉛の心臓はぱちっと2つに割れた。

翌朝市長が像を見上げて言った。
「何て事だ、『幸福の王子』は何てみすぼらしく見えるんだ。乞食よりましな程度じゃないか。まして足下には鳥が死んでいる。市としては鳥はこの町で死んではならん、という布告を出さねばならんな」

人々は「幸福の王子」の像を引き倒し、新たな像を建てる事を検討し出した。
「幸福の王子」の像は溶鉱炉で溶かされた。しかし2つに割れた鉛の心臓だけはどうしても溶けなかった。そこで人々は心臓をゴミと一緒に捨ててしまった。

神が天使の1人に言った。
「この町で、一番尊いものを二つ持ってきなさい。」
すると天使は神の所へ、割れた心臓とつばめの死骸を持ってきた。神は言った。
「お前はいいものを選んだ。私の天国の庭では、このつばめは永遠に歌い続けるだろうし、私の黄金の町で『幸福の王子』はずっと私と共にいるだろう」

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2007年2月17日 (土)

哀れな・・・

また、韓国人がやってます。

「花札の起源は韓国」

なんだそうで。その間抜けな主張はともかく、それに対する日本側の発言がどえらい事になってます。
(*^-゚)vィェィ♪
・・・・・・・・・・誰も相手にしてない。なのにこの発言の量。わはははははは

哀れな・・・

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鼓を打ってきた!!

書道の教室に場所を提供してくださっているマダムのおうち。

鉄筋6階建で、普段の生活でも「まい・エレベーター」で各階を移動する一般のお宅なんですが、、、、、、、、、

そちらのお宅にはなんと、鼓(つづみ)があると(それも3個)いうんで見せて頂いた。

初めて本物を見た。こ、こんな風になっていたのか!知らなかった。

おばさまが組み立てて打ってみてくれた。

「よーお」 「ポン!」 「ほ」 「ポン!」

おおう! つづみだよ~ 鳴ってるよ~

「打ってみる?」思いも寄らぬ一言。

「はいはいはい、是非!」

恐る恐る持ち上げて担いでみる。

「持つ手が逆ね。」

(するどい突っ込みが)

「そうそう」
「打つときは指のしなりだけで打つんですよ。打つ瞬間に持っている左手のヒモの握りを緩める、そうすると音が後ろへ抜けていくんですよ。」

よし、行くぜ。

「よーお」

「ぺし」

あれ?

「よーお」

「ぷしゅ」

ああーん?

「よーお」

「ぷか」

やっぱりダメだな、、、、、、、、、、il||li_| ̄|○il||li

多分、音楽全般あかんと思う。(あきらめるの早!)別にいいの。僕は字書いてられりゃ文句ないんだから。

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2007年2月15日 (木)

日中2000年の不理解 3

朝鮮は儒教の模範国だと言われる。

その韓国では「親日反民族行為者財産の国家帰属特別法」という法律を作った。これは何かというと、日韓併合時代に日本軍に協力した国民を全て洗い出して財産を没収するという、日本人から見れば開いた口が塞がらないレベルの話で、そんな暇があればもう少し何か出来そうなもんだなどと思えるのだが、これは日本人が儒教を知らないからなのだそうで、儒教イズムからすれば当然のことらしい。(おぇっ、思わず吐き気)
(注:エンコリにてその名簿が日本人側から提出されている。かなりブラックジョークではある。)
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12世紀、中国の王朝である宋は北方の金に攻められる。しかし若き猛将・岳飛は金の攻勢をはねのけ、宋は勢いを盛り返しつつあった。しかし講和を目指す宰相・秦檜によって投獄され毒殺される。そのため秦檜は後世で蔑まれることとなった。恐れ入るのは現在もそれが継続されているということである。杭州市には秦檜夫妻の跪いた像があり、現在でもツバを吐きかけられ、棒で殴られつづけているのだそうだ。

その他にも、項羽と劉邦の項羽。彼は人気が高いのだそうだ。それは誇りを失わず、凄絶な死を迎えたこと、仁・義・礼・智・信を後世に示したためだという。また三国志の曹操もあかんらしい。

それに対し日本では、家康は秀吉に比べて人気が無かったそうなのだが、山岡荘八が超大作を書いてベストセラーになった後は家康の評価は一気に上がったのだそうだ。

日本においては歴史上の人物の見直しは珍しくないらしいが、儒教中心の価値体系が体質化した中国ではほとんど例がないそうである。

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日中2000年の不理解 2

京都・奈良は言うに及ばず、日本には数多くの神社仏閣があり日本庭園も多く自然に触れられる場所は多い。人はその自然に没入して静寂を求めるらしい。

1度だけ京都の竜安寺に行ったことがある。枯山水の傑作といわれる竜安寺の石庭だが、そこを訪れた人は何も言葉を発しない。座ってただ庭を見ている。外国人も多かったがその外国人も黙ってそれを見つづけていた。

これに対し中国の都会では静寂を求めるのはとても難しいという。関帝廟はどこも雑踏の雰囲気に包まれているのだそうだ。

さて、

「古池や蛙飛び込む水の音」

松尾芭蕉の有名な句だが、中国人にはこれが理解できないのだという。日本を研究した中国人の解釈をいくつか挙げておられる。

「青蛙が古池の中に入ると、古池は清らかな響きがした」
「古い池の岸辺、小さな蛙が水に飛び込んだ。清らかな音がした」
「幽静な古池、蛙がぽちゃんと飛び込んで、波紋が何本か広がっていった」

著者によるとこの句は時空を越えた静寂の世界を詠んでいるのだという。勇気を出して個人的な解釈で書いてみる。それまで静かだった池にカエルが飛び込む「ポチャン」という音、その後は何の音もしない。それがかえって静寂を際だたせている。(一見矛盾しているようなこの理屈、結構真理なのかもしれない。)他にも、「鹿おどし」なども同じ理屈になると思われる。

著者はこの句を理解している。これまでの中国人の解釈は本当の意味が分かっていないと言い切る。しかし日本文化の核の部分を理解するのは外国人にはいかに難しいものかと言って擁護もしている。

日本人というのは自然融合感を求める民族なのだそうだ。

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2007年2月13日 (火)

日中2000年の不理解 1

忘れないうちに「日中2000年の不理解」について。

はじめに書かれているのは動物観の違いについてである。中国人は
「なぜ、人間より動物の写真が大きい?」
日本の新聞を見てそう思うのだそうだ。
「なんでって言われてもなあ?」
気にしたことも無かったが、言われてみればその通りである。本でも指摘されているが、トキの話にしろ、タマちゃんの件にしろ、中国ではありえないという。まして夏目漱石の「我輩は猫である」のような動物の目線で物を見るというのはかなり異様なのだそうだ。今まででもテレビなどで、低い目線で犬や猫のセリフとしてナレーションをする番組もあったが、日本人としては別段違和感は無い。また子供の童謡や昔話にも動物が出演していないものを見つける方が困難らしい。

中国ではなぜそれほど日本人が動物と連むのを不思議に思うのか?

それは儒教国家であるからだ、なのだそうだ。儒教においては「人間様」があらゆる生き物の最高位に置かれている。つまり動物は格下であるというわけだ。
孔子の言葉にもある。馬小屋が火事になったとき孔子は
「人にケガはなかったか?」
と尋ねるが、馬のことは問わなかった。この話を著者は引き合いに出している。

これに比べて日本における生物の死の扱い方である。ケンタッキーフライドチキンの日本支社は鶏の供養をしたり、岡山では死んだ牛の鼻輪を積み上げて供養塚を作ったり、宮城県ではウナギの供養のための塚もあるそうである。こうなると中国以外からも相当変な目で見られるようだ。ましてや徳川綱吉の発した「生類憐れみの令」というのは中国人をぶったまげさせるようだ。さすがの日本人もこれは行き過ぎだったと思っているが。

さてその中国も今や空前のペットブームだという。

文化大革命の頃はペット飼いはブルジョア趣味として人民の敵とみなされたという。それが今や2008年の北京オリンピック開催に伴い動物愛護精神も盛り込まれるそうで、日本から盲導犬育成もスタートしているという。さらにパラリンピックも見据え、身体障害者補助犬への感心も高いという。

何をしているのかといえば、大きな国際大会があるんで必死に外面を取り繕おうと躍起になっているだけだな。動物愛護を否定するわけではないが、その前に自国民を愛護したほうがいいんじゃないの?ってその理屈は前に述べた「儒教精神」と見事に矛盾するんだが、これはいかに?
(蛇足ながら、韓国のソウル五輪後のパラリンピックでは身障者の競技が放映されると
「気持ち悪いものを見せるな!」
という抗議の電話がテレビ局に殺到したため、放映が中止になったという。北京ではどうなることやら。)

著者は中国人なので日本はなぜこうなのか?と考えるわけだがその理由を述べている。

やはり風土的な物ははずせないらしい。日本は自然災害の標本国といわれるほど災害が多いのだそうだ。しかしそれを受け入れ一体となって生活してきたからだという。

(以下引用)
気ままな自然と付き合うにはどうしたらいいのか。自然に溶け込み、自然の法則に添うことである。行きとし生けるものの一部として自分たちを意識するようにもなる。日本人の動物観も自然の摂理を抜きには考えられないとみている。自然の中で共存している動物を同じ自然の仲間として扱っている。子ネコがビルの狭い壁の間に入り込み、出動した消防隊による救出劇がマスコミの話題になる国は動物に優しい文化である。
(引用終わり)

なんか中国人に自然の摂理とかいわれると妙な気分なのだが、日本人は幕末までは肉も食べる習慣は無かったわけで、それこそ今より自然の摂理に即した生活をしていたのではないかと思える。勿論それは1つの側面であって良くなっている所もたくさんあると思うんだが。(少し自信がなくなっている)

でもね、崖っぷちで右往左往している犬の救助というのはテレビ局が生中継しなければならんようなことかね?もっと優先的に放送する事がありそうなもんだが・・・・・。そんな事を考えてしまうのは日本人的発想から離れてきているような気もする。

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2007年2月10日 (土)

地元紹介

時間がある時、喫茶店でコーヒーを飲みながら本を読むのが至福のひととき。

しかし残念なことに、落ち着いて読書ができる喫茶店はなかなか無い。

一番かなわんのはおばちゃん方の会話の音量。完全にボリューム機能が麻痺した状態でガンガン喋り続けるのを聞くのはかなり苦痛である。

次に避けたいのは男が雑誌や新聞を読む風景。別にこちらに実害は何も無いし、朝食がわりのコーヒーを飲む場合はどうということはないが、本を読む気で行く喫茶店としては×。

さらに煙草もアウト。

今一番のお気に入りはこの「川原町屋」という喫茶店。

元は和紙問屋の家屋であったものを改装して喫茶店にした店である。メインのスペースは蔵であったため入り口は大きい観音開きだが、その他には小さな窓が1つあるだけ。おかげで開放感は全くないが、その分なんとなく会話するにも声の大きさをセーブしてしまう雰囲気がある。

また、奥の喫茶室まで行く通路の左側には民芸品やカラフルな和紙、今は特に雛人形が飾ってある。これは販売もされており、値札を見ると\280,000 とか何気なく書いてある。

暖かい日には金華山と岐阜城を眺めながら屋外でお茶出来る。しかしテーブルは1個でイスは3個しか置いていないので個人か、仲間内1グループしか利用できない。これも○。

しかし何といってもよろしいのが、土日祝日の午後にはピアノ、フルートなどの生演奏をやっていること。そんなところは他には知らない。もちろん別料金などは発生しない。(コーヒーはちと高いが)

落ち着いていて、オツなお店です。岐阜に来られたら行ってみてください。

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2007年2月 5日 (月)

外国を知る

外国を知ると日本がより深く見えてくる。だから外国人の書いた日本論的な本が僕はとても好き。そういう場合はその外国人にとっての常識で物を見てくれるので、日本では常識であることが外国では非常識であったりすることも多くとても面白い。そういうものを通して新たな自分を見つけられたりするので得るものも多い。(もっとも手っ取り早いのは外国人と付き合う事なんだが)

さて、

「中国のお茶はまずいね。日本のお茶の方が美味しい。」

中国人である師匠が言っちゃあいかんだろ。(笑)しかしまだ続けてくれる。

「中華料理も油が多くて胃がもたれるんだよね。僕はさっぱりした日本料理の方が好き。中国へ帰って1日2日は食べられるけど、そのあとはもう食べたくない。」

僕も実際中国へ2回行ったが、中華料理がそれほど美味しいとは思えなかった。一応そこら辺の屋台ではなく立派そうな建物の店へ 「師匠と師匠の友だちのお薦め」で入ったのだが、

「美味しいね。美味、美味、、、、、しかし(むむむむむむむ)」

そのときは日本人と中国人では「美味い」の感性が違うのだろう、と思った。もしかしたら本当の中華の味だったのかもしれないが、このままの味で日本に店を出しても恐らく流行らないだろう。日本で美味しいと思える中華料理屋はいくつもあるが、当然の事ながら日本人の舌に合うように アレンジされているわけである。

書道仲間のおばさまが聞いた話なのだが、中華料理の先生という人が言っていたという。

「中華料理は油がとても多い。それはなぜそうなったかというと、中国ではきれいな水が少ない。何でも火を通さないと食べられなかった。だから今のような中華料理になったと考えられる。」

とのこと。では日本料理はどうか。

「湯水のごとく使う」といった表現があるように、ただで無限にあるという前提がある。(最近はそうでもないが)だいたい日本は雨はどっさり降るし、平地が少なく山間部が多い、だから水をストックできるボリュームが巨大で、たとえ雨降りがしばらく無くても川が枯れることは少ない。

日本料理はいくらでも水を使えた状況でできた料理なので、中華料理とは正反対なわけである。外国人が初めて日本に来て日本料理を食べると、あまりに水っぽくて薄味で食べた気がしないという感想をよく耳にする。仕方ないわな、そういう料理なんだから。

食通はお吸い物なんかのダシにこだわる。(「美味しんぼ」なんかはもう読まないけど。それはまた別の話)そういう、ほんのりとした味を出せる料理人とそれを理解する食通の対決って、1流は1流を知る、みたいでかっこいいと思ってしまう。金がないので多分縁は無いと思うけど。

ついでに言うと、日本料理は手が混みすぎ(笑)。完全に芸術作品化している。

また、器が多すぎる(笑)完全に器自体も料理を「鑑賞」する一部になっている。

僕は3年ほどホテルのボーイとしてバイトしていたことがあるので、結婚式や会食で和食もフレンチもコースとして運んでいたことがある。フレンチは大皿が元々準備されていてそこへ少し小ぶりの皿に乗った料理を出すだけなので、出すのも下げるのも楽で良かったし、何より見栄えが良かった。ワイングラスが赤用と白用が並んで更に水用の3個があり、ナイフフォークが左右にズラズラと並ぶ。「素敵ー」って思っていた。それに引き替え、和食の片づけの面倒くさいことといったらない。かなわんなあと密かに思っていた。

でもいつだったか、片づけをしながらその器をしみじみ見ていた時がある。様々な形がある。様々な色がある。そして素材も多い。陶器、漆器、ガラス、更には木の葉っぱ自体を皿代わりにしたりもする。なかなかいいもんだと思った。

別に「ニッポンマンセー」って叫ぶ気はないけど、外国を知ると日本がよりよく理解できるのは間違っていないと思う。

どうも文章の構成を考えずに勢いで書いているので、終わり頃になると「こんなこと書くつもりだったっけなあ?」ということも多いんだけど、ま、いっか。

本当はこの本について書くつもりが何一つ触れずに終わってしまった。従って次に持ち越し。

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