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2007年3月29日 (木)

護憲・改憲・利権

内田 樹の研究室より
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私のところにまで護憲のコメントが回ってくるということは、フクシマミズホ的でない語り口で護憲を論じる人があまりいらっしゃらないということなのであろう。
困ったことである。

日本国憲法は現代日本の現実と乖離している。
当たり前である。
憲法というのは「努力目標」である。
現実と乖離しているから改憲しろというのは、「平和な世界を作りましょう」という目標を掲げている人間に向かって、「そんなことを言っても現実的ではないから、『世界はあまり平和ではありません』に書き換えろ」と言っているのと同じである。
「世界はあまり平和ではありません」というのは事実認知的には100%正しいけれど、いかなる遂行的メッセージも含まない。
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なるほど。

内田先生が護憲の考えを持っておられることは知っていたが、ブログを読ませてもらって改めて考えさせられた。僕はまあ改憲すべしと思っているので意見は反対である。しかし内田先生の意見も分かる。

「9条を改憲しよう」というのはつまるところ、「自衛できるようにしよう」ということである。本来はそんなことは「生存権」の基本のようなもので、改めて書くまでもなく当然のことである。刃物を持って襲ってくる輩に対してはまず逃げるべきである。しかし国の場合、国土を担いで逃げることなど不可能である以上、その刃物を払いのける手段を講ずるのは普通のことのはずだ。

内田先生は当然それを認めておられると思う。従って理想は理想として持っておき、現実的な問題に対しては現実的な対策を取ればよい。という事になるのだろうか。

ところが日本人はおかしなもので、自分たちでその「理想」を決めると、今度はその「理想」に縛られてしまっているように見える。(もはや宗教と言えるまでに)そしてそれに対して「自分の身は自分で守ってもいいんだよ」ということを記述しないと安心できなくなってしまったように思える。

護憲派は憲法に拘っていると思っていたが、改憲派もまた護憲派とは逆の意味で憲法に拘っているのではないか。そんな風に考えてしまった内田先生の記事だった。

憲法を変えずとも「自衛は当然のこと」と誰もが認められるようになれば、確かに変える必要は全くない。

>フクシマミズホ的でない語り口で護憲を論じる人があまりいらっしゃらないということなのであろう。

さすがに笑った。

福島瑞穂    (本名  趙春花)
土井たか子 (本名  李高順)      
筑紫哲也    (本名  朴三寿)

ネットでは当たり前のように登場しているお歴々である。この人達はこぞって「護憲派」ですな。日本をどうしたいかが分かりそうなものだ。彼らは日本に自衛権を持たれては困る人達なんだな。日本の富はおろか国民をも必死で朝鮮半島へ送ろうとする人達(笑)。自由・平和・戦争放棄を声高に叫びながら、常にその裏にあるものが見えてしまう。

こういう人達のおかげで改憲しなくてはならんと思うんだな。

なお、安倍政権を生んだのは間違いなく北朝鮮の脅威である。金正日(と朝日新聞)はまさにその大功労者である。改憲論が沸き上がってきたのも当然そのためである。

(どこかを押さえればどこかが膨らみ、どこかを引っ張ればどこかがへこむ。そんなもんか。)

自衛権を行使しなくてもいい状態になりたいものだ。

でも北朝鮮にしてみても彼らも

「自衛だ!!!」

って言うんだよな。都合のいい言葉だ。

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