« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月17日 (水)

神道について2

 日本書紀を本格的に研究したのは、一八世紀、尾張藩の河村秀根という国学者である。彼が研究し、注釈を付けた日本書紀は今でも「正しい」とされているそうである。それはどういう事かというと、一般的に資料の注釈というものは「三年が限度」と言われるそうである。つまりどんな分野においても日々新しいことの発見であり、その発見によって昨日までの定説が覆されることは当たり前のことである。
 ところがこの河村秀根という学者はとてつもない男で、この日本書紀という文章のどれはどこの古典(中国のものばかり)から引用しているかを徹底的に洗い出しているのである。それに引き替え、現代の大学教授のような人であっても彼の膨大な漢籍の知識には全く足下にも及ばないため、ケチの付けようがなく、それを正しいとするしかないのだそうだ。教室でもらったプリントを一枚を見ても、出典は「淮南子」、「三五暦記(実はすごく怪しいものらしい)」、「荀子」、「史記」などそうそうたるラインナップである。
 ただこの河村秀根をもってしても、やはり奈良時代にはこの資料をどう読んだかは確証が無いらしく、各文章の読み方には二種類のふりがなを付けている部分もある。
 この日本書紀の解釈の大前提として、
「日本で成立した日本書紀なのだから、当時の日本の大和言葉でも読めるはず。そうでないとおかしい。」
というところから始まっているのだそうで、実はその前提が危ういという話も・・・・・でも1300年前の話だからなぁ・・・・・。空海より古いんだよなぁ・・・・・。

さて日本書紀の冒頭

書紀集解巻第一
神代上(かみよのかむのまき)
 古天地未剖(いにしえにあめつちいまだわかれず)、陰陽不分(めおわかれざりしとき)、渾沌如鶏子(まろかれたることとりのこのごとくして)、溟涬而含牙(ほのかにしてきざしをふくめり)。及其清陽者(それすみあきらかなるものは)、薄靡而爲天(たなびきてあめとなり)、重濁者(おもくにごれるものは)、淹滯爲地(つついてつちとなるにおよびて)、精妙之合摶易(くはしくたえなるが、あえるはむらがりやすく)重濁之凝竭難(おもくにごれるがこりたるはかたまりがたし)。故天先成而地後定(かれ、てんまずなりて、ちのちにさだまる)。然後(しこうしてあとに)、神聖生其中焉(かみ、そのなかに生(あ)れます)

 まず「書紀集解」これを「しょきしゅうげ」と読んで正しいのかどうかすら不明だそうな。

 さて、出だしの文章は淮南子という古典から持ってきているらしい。これは欧米でも受け入れられるのではないかと思うが、違ってくるのはおそらくここから

故天先成而地後定(かれ、てんまずなりて、ちのちにさだまる)

「まず天が出来て、その後に地が出来た」というところかなと思う。ただし天と地は一対なわけで片方だけではどちらも成り立たないのではないか?という疑問もある。

  そして、この講義で先生がもっとも力を入れて話をされていたのがここである。

然後(しこうしてあとに)、神聖生其中焉(かみ、そのなかに生(あ)れます)

「そうしてその後に、神がその(天地)中に生まれます。」つまり、神が天地その他万物を創造したのではなく、天地が生まれてからその後に神が生まれた、と言っているのである。
これが日本人の考え方なのだと言われるのである。

例えば鏡を作る。すると鏡の神が生まれる。
剣を作る。するとそこに剣の神が生まれる。
武道場を作る。するとそこに武道場の神が生まれる。だからそこへ入るとき出るときに頭を下げる。
職人さんが仕事場を作る。仕事場に出入りするとき頭を下げる。そこには神が生まれている。台所もそうトイレもそう。現代でいえば自動車をつくると自動車の神様が生まれる。

つまり「モノ」が出来て「神」が生まれる。

それが神道ではないか、と先生は仰るのである。

 そうか、だから日本には八百万の神が存在するのか。つまり無数に神が存在するのか?そうか、だからIT全盛の現代にあっても、会社には神棚を置くところが多いのか?会社を建てて、そのあとに商売繁盛の神様を祀るのか?

 ただし、この「神」は西洋のキリスト教のいう神ではない。「神」はやはり法則であり、摂理であり宇宙を創造した存在であると思う。日本で言う「神」はあえて言うなら「高級霊」とか「精霊」とか言われる存在だと思う。

 「モノ作り大国日本」では昔から良いモノ、便利モノ、美しいモノを作ることに情熱を傾けてきた。そしてそれは今でも続いている。スピリチュアリズムで説かれる事柄に「波長同調」というものがある。思念の波長に合った霊を引き寄せてしまうというあれだ。ということは「素晴らしいものを作ろう」という情熱に燃えているその人のもとへは同じ情熱を持った霊が自動的に引き寄せられているという事になるのではないだろうか。だからこそ仕事場を作れば「神」が宿り、より良いものを作ろうと努力する人の周りには「神」が近づいてくるのではないだろうか。

 講師の先生が違うところで同じ話をされたそうである。
 その最前列には70歳を越えたお爺さんがおられたのだが、その方は引退された物理学者で、宇宙の成り立ちから全てが科学的でなくてはならないと考えておられたそうである。その娘さんがカトリック系の大学へ進み、そこには当然宗教学といった授業があるわけで、学期末には神についてのレポートを書くことになった。すると物理学者の父親が
「おれに書かせろ。」
と娘の宿題を横取りして、「無神論」について延々とレポートを書いて提出させたというから笑ってしまった。(でも単位は取れたらしい)

 そのお爺さんが
「モノが出来てから、神が生まれる」
という話に思わず「あ!」と声をあげたそうである。

 発想が全く逆転してしまうこの一文、そのあといろいろ考えながら一つ謎が解けたような気がした。ま、個人的な解釈にしかならないけどね。 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年10月11日 (木)

神道について1

昨日は神道と古事記、日本書紀についての講習を受けに行ってきてしまった。
  実は書道仲間のおばさまから「良かったら行ってみたら」と資料を頂いたのだが、JR岐阜駅内でやっているというので近いというだけで行ってきた。

 これが予想以上に面白かった!行って良かったよ~!

 そこはいわゆる「生涯学習センター」というもので、名称は「平成漢学塾」という。講師は愛知文教大学の坂田先生という方で、流石に大学の先生らしく、理知的で解りやすく、聞く者の興味を引く話し方だった。
 
  さて話は伊勢神宮から。江戸時代、多くの人がお伊勢参りに行ったという記録はたくさんある。1つの村でも多くの農民が「お伊勢さん」へ行っている。しかし武士はほぼ皆無なのだそうだ。これは農民や町人が裕福であったことを示す一方で、武士階級は大変貧乏であったということだそうだ。(兵士である武士はそうそう持ち場を離れられない事情もある)
 一般的には、武士はいばって肩で風を切っていたようなイメージがあるかもしれないが、実はそうではなく、そのようなイメージが出来たのは、マルクス主義の影響であろうとのこと。(いいこと言われますなぁ)

 そして靖国神社について、先生は叔父様が祀られていらっしゃるというので、東京へ行くたびに参拝されるそうであるが、ここで疑問が出てくる。

・神とは何か?
・○○○命という神様には誰がするのか?
・移動は出来ないのか?

などなど、よく考えると実はおかしなことばかりである。日本では偉人をみんな神様にしてしまう。キリスト教は一神教であるから、こんなことをすれば不遜の極みである。
(そもそも神の定義が曖昧なのでどうしようもないのだが)

 では「宗教」とは何か?という話になる。その定義として挙げられるのは、教祖・教典・教団を持つことであるという。(全部敵ですな)

 そこで神道はどうかといえば、教祖はわからん。教団はあることはある。教典はどうか?これが「古事記」と「日本書紀」なのである。自分ではごく一部をかいつまんで読んだことがある程度なのだが、先生によると、別に教義と呼べるようなことは何も書いていないという。(要は戒律的な内容がないということだと思う。)ところが肝心の「古事記」と「日本書紀」、我々は当たり前のように「こじき」「にほんしょき」と読んでいるが、実のところ何と読めばいいのかさえ不明なのだそうだ。しかしそれでは学校の授業で困るというんでとりあえずそう読むことにしているとのこと。なんか笑った。

 さらに日本書紀は720年の成立で古事記は712年らしいのだが、古事記は怪しいところが多いらしく、江戸時代に本居宣長が研究するまでは

誰も読めなかった

というから驚く。デッチあげ説もあるらしい。日本書紀については平安時代に勉強会があった記録があり当時のノートもあって、「どの字はどう読むってことを偉い先生が言ってました」と書いてある記録もあるそうで、資料としての信憑性も高く、読み方も解る部分はあるが、奈良時代まで遡るともうお手上げ状態なのだそうだ。

 話は脱線して、神道といえば歴史上、天皇家が頂点に立って何事も司ってきたと誰でも考えているし、自分もそう思っていた。ところがこれが大きな間違いらしい。京都に泉涌寺というお寺があるそうで、そこには明治までの歴代天皇のほとんどの「位牌」があるのだそうだ。つまりそれまでは天皇家は「仏式」でやっていたということになる。

 神道も室町時代頃には「教義」のようなものが出来てくるそうなのだが、それはほぼ全て仏教と儒教からの借り物で、それらをさっ引くと何も残らなくなってしまうのだそうだ。もっとも神道は「言あげせず」というようにいちいち言葉にしないものなので、必要がないのかもしれない。神社などの建物も仏教が入ってきて立派な門構えの建築物に対抗して作りだしていったわけで、それまでは何も無かったようである。

 そう考えていくと、やはりスピリチュアリズムにいちばん近いのは神道だと改めて思ってしまう。

  そして日本書紀の冒頭に実は日本人が考える「神」についてのある種の答えが書かれている。

ほぉぉぉぉぉ と唸ったよ。

(つづく)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »