2006年11月15日 (水)

教育と勉強と成績

以前に書いた中学生の時の英語塾でのこと。(重複する事柄もあるかも)
この辺りでは小学校から中学校へ上がる際、数校の小学校がいっぺんに1つの中学へ集まる。しかしこの英語塾は大変マイナーだったので近所の中学生しか来なかった。従って通ってくる生徒は同じ中学生になっても保育所時代からの仲、初めて顔を合わせたときの事などお互い誰も憶えていないという間柄だった。

この英語塾はかなり変わっていた。

全員集合して、時間になるとまずやるのが「テスト」。小型の黒板が置いてあり、禅寺の住職である先生がそれをおもむろに表を向ける。そこに問題が書いてあり、大半は日本語を英語に訳せという問題だった。答案用紙を回収したのち、採点された前回の答案用紙をもらう。ここまではそう目新しくもない。

しかし、この試験で60点以下を取った場合、「努力不足」という印を押されて返ってくる。さらにその場合
「その日は帰っても夕飯は食べてはならん。」
という(前近代的な)約束があった。

(・・・・・勿論、誰も確認しないし、本人が「食べた」「食べない」を言うわけでもなく、夕飯を取ろうが取るまいが他人は関係ない。まさに本人の自覚の問題である。)

おまけに「塾での成績表」を自分たちで作った。画用紙を1辺15cmの正方形に切って
左に10回までの点数を書き、右に折れ線グラフだったか棒グラフだったかで表示した。そのグラフには60点で赤線を引いた。つまり晩ご飯にありつけたか否かのラインである。

さらに極めつけはこれ

「保護者のコメント欄」まで作ったこと。

「私めの成績はこんなんでござんす」と親に見せ1言書いてもらい、先生に出す。すると次の回に先生がコメントを書いてくれて戻ってくるという、相当ユニークな事をやってくれていた。

さて、中学へ入って英語の授業が始まる、というので保護者は争って塾へ入れる。当然英語以外の教科をやる塾へも通わせる親も多い。
物心ついてから、1学年1クラスで小学校時代を過ごしてきた子供同士なので、「勉強は誰が出来るか?」という事はもう誰もが知っている。英語が新たに加わってゼロからのスタートであってもやはり予想通りなのである。できる奴はできるのである。

で、試験結果を見るわけではなくても、「やっぱりあいつ点数悪そうだな」
そんなことは分かってしまう。

ここまで来てやっと本題。

A君はとてもいい子でよく遊んだ仲だったが、勉強は苦手だった。同じ英語塾に入ってもしばらくすると、「きついんだろうな。」というのは分かっていた。

たまたまその日はA君は塾を休んでいた。すると先生がかしこまって話し出した。

「この間、A君のお母さんから手紙を貰った。みんなもだいたい分かっていると思うが、彼はあまり成績もよくない。だから先生は『塾をやめる』という内容だろうと思ったんだけど、違ってた。
(以下、話の内容から勝手に手紙の文面を推測してみた。)

『いつも息子がお世話になっております。

先生もご存じの通り息子は勉強が苦手で、塾でも他の生徒さんに付いていけていないのは
親としても分かっています。試験の点数も毎回「努力不足」の印が押してあります。

だから息子は塾の日は夕飯を食べません。毎週食べません。

食べればいいじゃない、と言っても食べません。それどころか塾で先生が話してくださった事を、本当に楽しそうに全部話してくれます。

今後息子の成績が飛躍的に上がるとは思えませんが、どうかこれからも宜しくお願いします。』

そういう手紙だったんだ。私としても頭の下がる思いだった。」

この先生の塾の授業は時間の半分以上が雑談だった。今思えば、教えるべき所と教え方を理解しておられたのだろう。そしてその雑談もまた「教育」であったと思う。

A君とそのお母さん、そして塾の先生、3人とも見事だと、中学生ながら思ったものだ。

A君は偏差値から言えばさほど高くない高校へ進学した。僕は随分長い間実家から離れて暮らしていたのでずっと音信不通だった。でも別に人生を誤ったなんて噂は聞いていない。きっと真面目に普通に暮らしていると思う。

今更言う事でもないが、勉強が出来ることだけに価値があり、良い学校、良い会社に入ることだけが唯一の価値観だと思っていると、どこまで行っても満足する事など無くなってしまう。

僕自身の勉強は中学までは割とできる方だった。しかし高校に入ってからはもうズタボロの状況で、三者面談では
「あとは成績だけが良ければ、お前には何も言うことは無いんだがなあ。」
と担任にボヤかれた。(「はぁ」というその時の母親の顔は笑えた)

いじめが原因で自殺する子供が続出する今日この頃。でもそのいじめの原因は馬鹿な親だと僕は思っている。先日「たけしの日本教育白書」という番組を見ていた。そこで取り上げられていた給食費を払わないバカ親については以前この日記でも書いた。しかし幼稚園の劇で「うちの子はどうして主役じゃないの」と訴えるというバカ親には開いた口が塞がらなかった。そういう親の子供がまともに育つとは到底思えない。

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2006年11月 1日 (水)

ああ、無教養

先日お習字のおばさま方との会話中
「最近の子は本当に本を読まなくなったねえ。」
らしいねえ。
「この間うちの娘の友だち(注:おばさまが60代半ばのはずなので娘&その友達は40代だと思う)と話しててね
『天知る、地知る、子知る、我知る』って言ったら
『何?そのチルチルミチルみたいの?』って言うのよ~~~」
一同爆笑

「それから『天網恢々、疎にして漏らさず』って言ったら、これがまた
『どっか、痒いの?』って言うんだわ~」
一同爆笑                                  ・
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                     ・
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しかし、顔が引きつって笑えてない奴が約1名。そう、お前だ。

うおおお、知らん、何それ?

はい、後から恥を忍んでお聞きしましたよ、マダムに。後からネットで調べるにも、何をどう打ち込んでいいのか分からないんだからお手上げ。

「すいません、さっきの『天・・・かいかい・・・』って教えていただけませんか?」

「あっあれね、天知る、地知ると似たようなもんだけどね、要するに悪い事して逃げおおせたと思っても、捕まっちゃうよってことね。

前の知事の 梶原 拓 (※いわゆる裏金知事)みたいにね。」

おっとーそういう事なのか。なんちゅう無知。恥ずかしいですねえ。しかしまた1つ勉強になった。(ということにしておく)

人を笑った、その瞬間に笑われる立場になる、というのは結構間抜けなもんでござる。

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2005年12月 6日 (火)

英語教育

 

 近所に英語塾がある。通りかかったときちょうど授業が終了して生徒が出てきた。まだ小学校の低学年くらいだろうか。これが何だか引っかかる。

 以前から考えていたのだが、義務教育で英語を勉強するのは中学校からである。もちろんその前から勉強しておけば中学での授業が楽であろうし、その分他の教科の勉強が余分にできることになるわけで、小学生の英語教育を頭から否定するつもりは全く無い。ただ英語を学ぶより先に「日本語」をもっとしっかり勉強すべきではないのだろうか。当然両方完璧にできるに越したことは無い。しかし英単語を一つ覚えるより漢字熟語を覚える方が先決だと思うのだ。

 国際社会なんて言葉は昔から言われている。とっくにカビが生えていそうなものだ。当然「国際人」という単語も出てくる。僕はこの「国際人」の条件とは別に英語がペラペラの人や複数の言語を自在に操る人だとは思わない。僕にとっての「国際人」とは自国がどのような国であり、どんな文化を持ち、どのような歴史の上に成り立っている国かということを堂々と語れる人間だと思う。例えば日本で外国人にあったとする。一通りの自己紹介が済んだら僕ならまず聞いてみたい

「あなたの国はどんな国ですか?」と

アメリカや韓国などなら情報も多い。しかしアフリカの内陸部で名前ぐらいしかしらない国であれば当然出てくる質問だと思う。そのとき

I don’t know.(知らない)

などと答えられたらがっくりくると思う。

 英語なんぞその気になればいつでも勉強できる。日本人として日本に生まれたのならば、まず日本語を勉強しその上で日本を勉強し、そして外国語を勉強するべきではないだろうか。

 僕は中学生になり英語塾へ通った。その先生は非常に変わった先生だった。あるときこう言った。

「英語を勉強する目的は何だか分かっているか?外国を知るためだよ。」

この先生についてはいくらでも書くことがある。英語教員を定年退職して塾をはじめた人だった。そもそも寺の住職であった。塾では正座。(これを寺子屋と呼ばずに何と呼ぶ?)2時間の授業のうち半分は雑談。それも忠臣蔵だの国定忠治だの戦時中の話だの英語に全く関係のない話ばかりだった。そのわりにポイントが的確でそこへ通った生徒は皆英語の成績は良かった。英語の教師とはいえ漢字の知識もものすごく、この地方でも名刹といわれる寺の住職が本を出すにあたり、漢字の間違いが無いかのチェックをこの先生に頼みに来ていた。

 英語は目的ではなく手段だと思う。

 ついでと言っては何だが、映画の字幕翻訳で有名な戸田奈津子さん。テレビだったと思うが言っておられたこと。(うろ覚えですが)

「私のところにはね、よくこういうお嬢さんがいらっしゃるのですよ。

『私はずっと海外に住んでいた帰国子女です、英語は完璧に話せます。私にも映画の字幕翻訳をやらせてください。』

そういう方にはこういいます。

『あなたは日本語が完璧にできますか?』と。」

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