2008年10月30日 (木)

朝鮮関連つらつら

ネタの宝庫である朝鮮日報を覗く。

「女子大でも「親日清算」」

タイトルからしてアホだなと思いながら記事を読む。

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【25日午後、ソウル市内の梨花(イファ)女子大学の金活蘭(キム・ファルラン)初代総長の銅像前で、民主労働党学生委員会所属の梨花女子大生たちが「学内日帝残滓清算闘争宣布記者会見」を開き、親日論争に巻き込まれている金活蘭初代総長の銅像を即刻撤去することを要求している。】
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 やはりアホである。ちなみにこの梨花女子大学というのは、日本で言えばお茶の水か日本女子大、東京女子大のような大学と言えるだろうか。歴史は古く、創立は1886年である。(なお 「1910年 - 韓国併合のこの年、4年制の大学科が新設される。」←相変わらず日帝は酷いことをしてたようです。w)

 さて、この金活蘭(キム・ファルラン)初代総長とは誰なのだろう?銅像にまでなっている初代総長であるにも関わらず親日派として糾弾されているようである。調べてみるとあの「親日派名簿」に載っているらしい。そりゃアウトですわね、と納得しつつウィキペディアを読んでいくと、そこには「統一教会事件」とある。何だこれは?

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【統一教会事件:新興宗教の「世界基督教統一神霊協会」(統一教会、統一協会)に学内の教授や女子学生など多数が入信し、その内の10数名が免職、退学処分となった事件。この事件をきっかけに統一教会の実態が一気に明るみに出た。「梨花女子大学事件」とも呼ばれる。】 
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 あのカルト教団ではないか。w カルトではあるが、「反共」という意味では旧西側連合ということで、日本の自民党とも仲良しである。しかしカルトである。w

 そしてついに、ネット上でとんでもないところへ行き着いてしまった。w

御言掲示板
天地人真の父母様:文鮮明総裁の御言、李相軒先生が霊界から送られたメッセージ、他を掲載しています。

なんじゃこりゃあああああw

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 八 金活蘭

【金活蘭という人は、地上で韓国の梨花女子大学の総長まで務めた、最高の学界出身の一人として名声の高い女性でした。そして、彼女は神様に対する固い信仰生活を行って、多くの人たちから嘱望されてきた韓国最高のエリートでした。ところが、地上で最高のエリートが、霊界でもそのような位置をそのまま維持しているだろうかという疑いをもちました。・・・・・・・・・・・・・・・ 】
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 ちなみに「統一教会事件」についても書かれている。

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【彼女が私たち統一教会に対して行った迫害とそれによる痛みは別にしても、神様に対する間違った判断の結果が、どうなったのか調べてみたいと思っていました。】
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どうやら「メシア」が「霊界から霊界」に降臨し、地上でのカルト教義を霊界でも講義しているようである。

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【リポーターの質問:神様のみ旨(注:御胸だと思われる)と摂理歴史の前にひどく反対した金活蘭女史が、いかなる理由で安らかに過ごすことができるのでしょうか?

答え:地上で最高の知性人である彼女が、霊界で神様に侍って暮らすべきであるにもかかわらず、イエス様もおられない低級な霊界圏に生きていること自体が安らかな立場でしょうか? 】
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 >イエス様もおられない低級な霊界圏

イエスがいるところは高級なのかもしれないが、イエスがいないから低級霊界というのは完全な間違いだな。w 死後は高級・低級に関わらず一番しっくりくる所へ行くらしいぞ。(高級・低級の議論はここではしないw)
ちなみに、するばーばーつ殿も「イエスとはたまにしか会えへんのやわ」、と言ってた。

そしてネットサーフィンは続く。

やはり朝鮮である。

やはり来た。w

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【「イエス・キリストは韓国人」で、中国の掲示板が“炎上”
写真の投稿者は、「捏造(ねつぞう)ではない。韓国内の神学校で生命の危険を冒して撮影してきた」と説明。掲載されているのは、聖書にあるイエス・キリストの生涯の有名なシーンを題材にした一連の絵画だが、人々の服装はすべて韓国の民族服。風景や家屋も、すべて韓国のものだ。】

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日本でも、「イエスは日本まで来て死んだ」という手のジョークもあるので、あまり人を笑えないが、「朝鮮人」にまでしてしまうのが朝鮮流である。
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これらはすべて朝鮮人自身の劣等感によるものであることに朝鮮人は気づかない。

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2008年6月20日 (金)

無謬性

「証拠確保が目的」グリーンピース側は違法性否定
幹部が20日、窃盗容疑などで逮捕された環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」はこれまで記者会見などで、鯨肉の無断持ち出し行為について「調査捕鯨船乗組員の横領行為の証拠を確保するためで、窃盗罪にはあたらない」と違法性を否定。「調査捕鯨の正当性も含めて国内の議論を深めたかった」と狙いを説明していた。

 団体が根拠としたのが、窃盗罪の構成要件である「不法領得の意思」。告発の証拠を東京地検に提出しており「他人の物を自己の所有物として利用する意思はなかった」と主張した。

 団体によると、告発後に「犯罪行為だ」との批判が数多く寄せられた。
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今朝ラジオでこのニュースを聞いて笑いに笑った。w  単純に言えば、泥棒がマスコミを通して窃盗を発表したのでとっつかまった、という話ね。この人達って本当に頭イカレてませんか?w

とかく胡散臭いのがこの環境団体、他には平和団体、そして人権団体だな。
これらの団体に共通しているのは

「我々は完全なる正義である。」

と思っている所だろう。

平和を守れ!
人権を守れ!
環境を守れ!

理念としては誰も反対はしないのだが、普通は「そのためにはどうするか?」を考える。しかし今回のグリーンピースの彼らはここで滑っている。w 彼らは何をすべきか?を考えるのではなく、自分は正しいのだから自分の行動も当然正しい、したがって何を行ったとしても間違っているはずが無いと考えているわけだ。(げらげら)

(このへんは隣の国の将軍様と一緒。あちらでは将軍様の政策は「絶対に間違いが無い」ので「批判できない」どころか「将軍への批判」という概念が存在しない。)

こういったものは宗教も同じですな。

教祖は絶対に正しい。
教典は絶対に正しい。

そして
    ・
    ・
    ・
    ・
    ・
シルバーバーチの霊訓は絶対に正しい。

こう書いてしまうと我ながら「いいのかよ」と思ったりもするのだが(笑)、これはシルバーバーチが正しいかどうか?ということが言いたいのではないわさ。w ネットでスピリチュアリズム関連の文章を読んでいて時々気味が悪いと感じてしまうのは、シルバーバーチの霊訓を背景にしているのはいいのだが、それが「虎の威を借る狐」状態になっている場合である。

つまり、自分の意見とシルバーバーチの意見が混同されてしまい、境界線が見えなくなっているようなのである。逆に言えば、境界線が見えないから自分とシルバーバーチを同一視してしまう。したがって自分の意見に対して反論が出るということはあってはならないと考える。しかし本質的にはシルバーバーチのレベルには到底追いついていないのであるから似たような発言をしても矛盾が生じる。当然そこを反論されたりすることも出てくる。それを無理矢理こじつけるから二進も三進もいかなくなる。

とりあえずシルバーバーチならまだしも、ニューエイジ系でどっぷり漬かっている人はもう最悪だろう。端から見ると、やっていることはほとんどコントである。

何にしても、自分の全体重を片方にあずけるのは非常に危険だと思われる。たとえ99%は正しいと考えても1%はそうではないかもしれないということを頭の片隅に置いておきたいと思う。

シルバーバーチは恐らく正しいのだろうが、それはシルバーバーチが辿り着いた答えなのであって、霊訓を読んだ人間が辿り着いた答えでは無いのである。だから答えは読めても理解はできていない事が多い。ぶっちゃけ四択問題で答え覗いて
「答えは③だ!」
と分かっても
「で、その③って何?」
と聞かれても全く分からないみたいなもんだ。w

グリーンピースとかピースボートとか、大声で「平和」を標榜するやつらって大概ズレてる(笑)

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「調査捕鯨船乗組員の横領行為の証拠を確保するためで、窃盗罪にはあたらない」と違法性を否定

証拠を確保する権限があるのか?w


「他人の物を自己の所有物として利用する意思はなかった」と主張した。


食ったんだろ? 

意味わかんねw

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2007年11月 4日 (日)

肉体と脳と意識

 今年も園遊会への招待状は届きませんでした。

 さて、また武田鉄也氏が紹介されていた内田樹氏の著書を読む。

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P40
 30年近く前かな。当時、日本がどこかのナショナルチームとテストマッチをしたことがあるんです。ボロ負けしたんですけど。そのときに新日鐵釜石の松尾雄治選手が劇的なトライをあげたんです。自陣の深いところからインターセプトしてボールを奪って、ほれぼれするような抜き方をしてトライを決めた。
  そのとき解説していた大西鐵之祐さんがその個人技を評して、「松尾君はスキャンできますから」という説明をしていたんですよ。そのとき「スキャン」って何か、大西さんが説明してくれたんですけど、要するに上空から自分を見下ろす視線を持っている、ということだったんです。
 上空からグラウンド全体を見下ろして、相手チームのフィフティーンも自チームのフィフティーンも、全部視野の収まっている。その30人がこのあと数秒間どういう動きをして、どこでタックルが来て、どこのコースが塞がれて、どこにスペースができるか、スキャンできるプレーヤーにはそれがわかる。だから、その空くはずのスペースめがけてトップスピードで飛び込んでゆくことができる。
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 これを読んでいて思い出したのがこれ。

天才セッター中田久美の頭脳(タクティクス)
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star現在の日本バレーボール界に,一石を投じる好著。
starもっと中田久美本人の言葉を引き出して
star天才セッターのいない国への処方箋

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 中田選手が全く同じ事を言っているのだ。彼女の場合はたしか中国戦のときにそれが出来たと言っている。コートの上空から斜めに自分たちが見えていたというのである。この状態は常時できるわけではないのだが、できたときには凄まじいパフォーマンスができるらしく、当時まったく勝てなかった中国にそのときだけ勝てたということだった。上から見る自分がいるが、同時にプレーしている自分がいるのである。
  このほかにもサッカーの名古屋グランパスにいたストイコビッチも同じ事を言っていた記憶がある。また中田英寿も同様である。小学生時代はフォワードだったため自軍の先頭を走るわけだが、「後ろを振り返らなくても誰がどこにいてどう走っているか見えていた」と言っていた。

 これこそが1流プレーヤーの証なのだろうか。

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2007年10月17日 (水)

神道について2

 日本書紀を本格的に研究したのは、一八世紀、尾張藩の河村秀根という国学者である。彼が研究し、注釈を付けた日本書紀は今でも「正しい」とされているそうである。それはどういう事かというと、一般的に資料の注釈というものは「三年が限度」と言われるそうである。つまりどんな分野においても日々新しいことの発見であり、その発見によって昨日までの定説が覆されることは当たり前のことである。
 ところがこの河村秀根という学者はとてつもない男で、この日本書紀という文章のどれはどこの古典(中国のものばかり)から引用しているかを徹底的に洗い出しているのである。それに引き替え、現代の大学教授のような人であっても彼の膨大な漢籍の知識には全く足下にも及ばないため、ケチの付けようがなく、それを正しいとするしかないのだそうだ。教室でもらったプリントを一枚を見ても、出典は「淮南子」、「三五暦記(実はすごく怪しいものらしい)」、「荀子」、「史記」などそうそうたるラインナップである。
 ただこの河村秀根をもってしても、やはり奈良時代にはこの資料をどう読んだかは確証が無いらしく、各文章の読み方には二種類のふりがなを付けている部分もある。
 この日本書紀の解釈の大前提として、
「日本で成立した日本書紀なのだから、当時の日本の大和言葉でも読めるはず。そうでないとおかしい。」
というところから始まっているのだそうで、実はその前提が危ういという話も・・・・・でも1300年前の話だからなぁ・・・・・。空海より古いんだよなぁ・・・・・。

さて日本書紀の冒頭

書紀集解巻第一
神代上(かみよのかむのまき)
 古天地未剖(いにしえにあめつちいまだわかれず)、陰陽不分(めおわかれざりしとき)、渾沌如鶏子(まろかれたることとりのこのごとくして)、溟涬而含牙(ほのかにしてきざしをふくめり)。及其清陽者(それすみあきらかなるものは)、薄靡而爲天(たなびきてあめとなり)、重濁者(おもくにごれるものは)、淹滯爲地(つついてつちとなるにおよびて)、精妙之合摶易(くはしくたえなるが、あえるはむらがりやすく)重濁之凝竭難(おもくにごれるがこりたるはかたまりがたし)。故天先成而地後定(かれ、てんまずなりて、ちのちにさだまる)。然後(しこうしてあとに)、神聖生其中焉(かみ、そのなかに生(あ)れます)

 まず「書紀集解」これを「しょきしゅうげ」と読んで正しいのかどうかすら不明だそうな。

 さて、出だしの文章は淮南子という古典から持ってきているらしい。これは欧米でも受け入れられるのではないかと思うが、違ってくるのはおそらくここから

故天先成而地後定(かれ、てんまずなりて、ちのちにさだまる)

「まず天が出来て、その後に地が出来た」というところかなと思う。ただし天と地は一対なわけで片方だけではどちらも成り立たないのではないか?という疑問もある。

  そして、この講義で先生がもっとも力を入れて話をされていたのがここである。

然後(しこうしてあとに)、神聖生其中焉(かみ、そのなかに生(あ)れます)

「そうしてその後に、神がその(天地)中に生まれます。」つまり、神が天地その他万物を創造したのではなく、天地が生まれてからその後に神が生まれた、と言っているのである。
これが日本人の考え方なのだと言われるのである。

例えば鏡を作る。すると鏡の神が生まれる。
剣を作る。するとそこに剣の神が生まれる。
武道場を作る。するとそこに武道場の神が生まれる。だからそこへ入るとき出るときに頭を下げる。
職人さんが仕事場を作る。仕事場に出入りするとき頭を下げる。そこには神が生まれている。台所もそうトイレもそう。現代でいえば自動車をつくると自動車の神様が生まれる。

つまり「モノ」が出来て「神」が生まれる。

それが神道ではないか、と先生は仰るのである。

 そうか、だから日本には八百万の神が存在するのか。つまり無数に神が存在するのか?そうか、だからIT全盛の現代にあっても、会社には神棚を置くところが多いのか?会社を建てて、そのあとに商売繁盛の神様を祀るのか?

 ただし、この「神」は西洋のキリスト教のいう神ではない。「神」はやはり法則であり、摂理であり宇宙を創造した存在であると思う。日本で言う「神」はあえて言うなら「高級霊」とか「精霊」とか言われる存在だと思う。

 「モノ作り大国日本」では昔から良いモノ、便利モノ、美しいモノを作ることに情熱を傾けてきた。そしてそれは今でも続いている。スピリチュアリズムで説かれる事柄に「波長同調」というものがある。思念の波長に合った霊を引き寄せてしまうというあれだ。ということは「素晴らしいものを作ろう」という情熱に燃えているその人のもとへは同じ情熱を持った霊が自動的に引き寄せられているという事になるのではないだろうか。だからこそ仕事場を作れば「神」が宿り、より良いものを作ろうと努力する人の周りには「神」が近づいてくるのではないだろうか。

 講師の先生が違うところで同じ話をされたそうである。
 その最前列には70歳を越えたお爺さんがおられたのだが、その方は引退された物理学者で、宇宙の成り立ちから全てが科学的でなくてはならないと考えておられたそうである。その娘さんがカトリック系の大学へ進み、そこには当然宗教学といった授業があるわけで、学期末には神についてのレポートを書くことになった。すると物理学者の父親が
「おれに書かせろ。」
と娘の宿題を横取りして、「無神論」について延々とレポートを書いて提出させたというから笑ってしまった。(でも単位は取れたらしい)

 そのお爺さんが
「モノが出来てから、神が生まれる」
という話に思わず「あ!」と声をあげたそうである。

 発想が全く逆転してしまうこの一文、そのあといろいろ考えながら一つ謎が解けたような気がした。ま、個人的な解釈にしかならないけどね。 

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2007年10月11日 (木)

神道について1

昨日は神道と古事記、日本書紀についての講習を受けに行ってきてしまった。
  実は書道仲間のおばさまから「良かったら行ってみたら」と資料を頂いたのだが、JR岐阜駅内でやっているというので近いというだけで行ってきた。

 これが予想以上に面白かった!行って良かったよ~!

 そこはいわゆる「生涯学習センター」というもので、名称は「平成漢学塾」という。講師は愛知文教大学の坂田先生という方で、流石に大学の先生らしく、理知的で解りやすく、聞く者の興味を引く話し方だった。
 
  さて話は伊勢神宮から。江戸時代、多くの人がお伊勢参りに行ったという記録はたくさんある。1つの村でも多くの農民が「お伊勢さん」へ行っている。しかし武士はほぼ皆無なのだそうだ。これは農民や町人が裕福であったことを示す一方で、武士階級は大変貧乏であったということだそうだ。(兵士である武士はそうそう持ち場を離れられない事情もある)
 一般的には、武士はいばって肩で風を切っていたようなイメージがあるかもしれないが、実はそうではなく、そのようなイメージが出来たのは、マルクス主義の影響であろうとのこと。(いいこと言われますなぁ)

 そして靖国神社について、先生は叔父様が祀られていらっしゃるというので、東京へ行くたびに参拝されるそうであるが、ここで疑問が出てくる。

・神とは何か?
・○○○命という神様には誰がするのか?
・移動は出来ないのか?

などなど、よく考えると実はおかしなことばかりである。日本では偉人をみんな神様にしてしまう。キリスト教は一神教であるから、こんなことをすれば不遜の極みである。
(そもそも神の定義が曖昧なのでどうしようもないのだが)

 では「宗教」とは何か?という話になる。その定義として挙げられるのは、教祖・教典・教団を持つことであるという。(全部敵ですな)

 そこで神道はどうかといえば、教祖はわからん。教団はあることはある。教典はどうか?これが「古事記」と「日本書紀」なのである。自分ではごく一部をかいつまんで読んだことがある程度なのだが、先生によると、別に教義と呼べるようなことは何も書いていないという。(要は戒律的な内容がないということだと思う。)ところが肝心の「古事記」と「日本書紀」、我々は当たり前のように「こじき」「にほんしょき」と読んでいるが、実のところ何と読めばいいのかさえ不明なのだそうだ。しかしそれでは学校の授業で困るというんでとりあえずそう読むことにしているとのこと。なんか笑った。

 さらに日本書紀は720年の成立で古事記は712年らしいのだが、古事記は怪しいところが多いらしく、江戸時代に本居宣長が研究するまでは

誰も読めなかった

というから驚く。デッチあげ説もあるらしい。日本書紀については平安時代に勉強会があった記録があり当時のノートもあって、「どの字はどう読むってことを偉い先生が言ってました」と書いてある記録もあるそうで、資料としての信憑性も高く、読み方も解る部分はあるが、奈良時代まで遡るともうお手上げ状態なのだそうだ。

 話は脱線して、神道といえば歴史上、天皇家が頂点に立って何事も司ってきたと誰でも考えているし、自分もそう思っていた。ところがこれが大きな間違いらしい。京都に泉涌寺というお寺があるそうで、そこには明治までの歴代天皇のほとんどの「位牌」があるのだそうだ。つまりそれまでは天皇家は「仏式」でやっていたということになる。

 神道も室町時代頃には「教義」のようなものが出来てくるそうなのだが、それはほぼ全て仏教と儒教からの借り物で、それらをさっ引くと何も残らなくなってしまうのだそうだ。もっとも神道は「言あげせず」というようにいちいち言葉にしないものなので、必要がないのかもしれない。神社などの建物も仏教が入ってきて立派な門構えの建築物に対抗して作りだしていったわけで、それまでは何も無かったようである。

 そう考えていくと、やはりスピリチュアリズムにいちばん近いのは神道だと改めて思ってしまう。

  そして日本書紀の冒頭に実は日本人が考える「神」についてのある種の答えが書かれている。

ほぉぉぉぉぉ と唸ったよ。

(つづく)

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2007年8月23日 (木)

Fさんの前世は何れすか~?

また来たね。
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>私シルバーバーチの霊媒2代目でもある貴方が毎日訪れる
>ブログの主のFです!

>F氏は、貴方だと皆様は知っておいでですよ!
>kenji女史 なかえん様 私がF氏の正体ですと認めることですよ。

>それよりも前世療法についてのバーチの霊訓を検証してみたらどうでしょう?
>世界的な有名先生を、貶めるのが貴方の趣味でしょう?
>でも、大丈夫ですよ、シルバーバーチ霊と霊医団が、
>詐欺商法と認めてるのが、前世療法なんですものねww
>エドガーケーシーよりもずーと上級の霊視者が一人くらい
>見つかるといいですね。

>投稿 霊医アトス様のヒーラーF | 2007年8月23日 (木) 00時05分
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毎日はお邪魔しておりません。
特に疲れているときは絶対に行かないようにしております。(*´∀`)

が、しかし、今日お邪魔しましたところ以下のようなコメントが・・・・・・

>日本語検定1級のF様に文句あっか!

さて、書き込みされた内容を赤ペン先生が添削してみましょう。

>私シルバーバーチの霊媒2代目でもある貴方が毎日訪れる
>ブログの主のFです!

(多少なりともFさんをご存じの方なら言いたいことは分かるんですけど)
まず、主語が何であるかわかりにくいですね。このままでは「シルバーバーチ霊媒の2代目でもある」という部分が「貴方」にかかってきますから、霊媒は「僕」ということになります。また「私」のあとには「は」という助詞が必要でしょう。ただしそれだけでは「ブログの主のFです」という結論にしか繋がりません。模範解答の一例を提示しましょう。

「私ことFはシルバーバーチの霊媒2代目であり、貴方が毎日訪れるブログの管理人です。」

内容そのものは今さらどうでもよいことですので次。

>F氏は、貴方だと皆様は知っておいでですよ!

ここは句読点が入っているだけまだお互いに救われていますね。これがなければ「F氏」=「貴方(僕)」になってしまいます。あやうく今夜は悪夢にうなされるところでした。しかしこれでは皆様が知っているのは「何が」貴方(僕)なのかが分からないということになります。さらに悪夢を予感させるのは次の1節ですね。

>kenji女史 なかえん様 私がF氏の正体ですと認めることですよ。

なかえん氏については存じませんが、「私(僕)」=「F氏の正体」とは一体どういうことなのでしょうか?それが正しいとすれば、あなたは自分自身に対して文句を言い続けていることになります。

>kenji女史

「のちの紀貫之である。」

なお、この文章における模範解答はありません。またこれ以降の文章には日本語として特にダメ出しをすべき箇所は見られません。次に内容についてです。

始めに断っておきますが、僕は前世については特に重要視していません。まともにシルバーバーチを読んでいる人なら大概そうなると思います。(また怒られそうなことを・・・・・)したがって、

>エドガーケーシーよりもずーと上級の霊視者が一人くらい
>見つかるといいですね。

このように、僕が自分の前世を知るために霊能者を捜しているかのような発言は全くの的はずれであることを理解してください。

そして最後に

>世界的な有名先生を、貶めるのが貴方の趣味でしょう?

違うんだな~(笑)

僕の趣味は世界的に有名な先生の名を騙る不届き者にツッコミを入れて、さらにいじり回すという低レベルなものなんですね~。そういう趣味に相応しい対象となる存在というのは基本的にはカルト教団ですね。ただしこういうところは教団組織・教義等がしっかりしているものが多く一筋縄ではいきません。ところがごくたまに選民意識に凝り固まった上に支離滅裂な発言をする方がいらっしゃいます。そういう方にはティッシュでこよりを作って鼻の穴をこちょこちょしてあげるわけです。すると大きなくしゃみと共にそのメッキも一緒に剥がれちゃうんですね。

あまり良い趣味とはいえないので人には勧められません。

なんか今日は真面目にお相手してしまった。そんな日もいいか。

それにしても、日本語検定1級というのはこの程度のものなのかね?

(僕は一体どこへ迷い込んでしまったのだろうか?_( ゚Д゚)ノ)

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2007年8月 2日 (木)

交換日記みたいだ

やはり相手をするのは暗黒面のF(orce) の影響を受けているような気がする。

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まみちゃん こんばんわー
ザビビは、説明が面倒なので広島のサイバー犯罪科へ
お聞きくださいってお話しましたよ。

貴方がお習字??????? それ何処で拾ったの?

誰かのものなら直ぐ削除しなさいね。

私も迷惑してるのだから私に関しての書き込みも削除してね

新刊の内容を明かすのもオカワイソウね・・
貴方が、宣伝部長でないなら削除しなさいね。

韓国の女優さんと請いなの???【笑う】
それも削除かしら?

お疲れでも削除は直ぐよ、貴方だけの霊能力で切り抜けて。

投稿 霊媒F | 2007年7月30日 (月) 23時27分

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>まみちゃん こんばんわー

出だしから間違っとるがな。

>貴方がお習字??????? それ何処で拾ったの?
>誰かのものなら直ぐ削除しなさいね。

わははははははははははははははははははははははは!

他人を認められない人間って悲しいねぇ。

>私も迷惑してるのだから私に関しての書き込みも削除してね

僕の中ではあなたはとっくに終了してるんですが、そちらが絡んでくるから相手をしてるだけ。最近さすがに時間と労力とブログスペースの無駄だと感じだしました。

>韓国の女優さんと請いなの???【笑う】

1度日本語の翻訳機にかけてからコメントしてね。
ちなみに僕は朝鮮は北も南も(中国も)下品でアホだと思っているので、あちらと関わる事は一切ありません。悪しからず。

日本は韓国面に墜ちてはいけないのですよ。

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kenjiさま どちらが、まともかしら?
      お答えを、(法律を知らない人? 生活破綻者の焦り?)
      生活安全化のお一人の言葉

      私の周りには、あなたのような行いを、問題視
      する人間しかいないのです。

      ザビビで、恥をかくことも厭わないのね何故?
      ロウアへ

貴方何時私に断りを得て書かれましたか?
お答えを??????

出版は、当然知ってるのですね?
ここだけの話ばかりのブログなら畳みなさい。
芸能界の方は、顔は売り物ですよね? どうお思いになる?

逃げずに答えられない場合は、削除しなさい。

なんやそらww貴方がマトモなら、こんなブログへは、これないわー。 ご注意したらいかがwkenjiへ
投稿 2代目アトス霊医のヒーラーF | 2007年7月31日 (火) 10時37分
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>kenjiさま どちらが、まともかしら?

あなたが敬称を使えるとは存じませんでした。これは失礼。
ちなみに、「法律を知らない人?」と「生活破綻者の焦り?」という2つの選択肢はどうにも次元が違うと思われますがいかがでしょう?

>貴方何時私に断りを得て書かれましたか?
>お答えを??????

どの記事の事かを明確にされたし。

>出版は、当然知ってるのですね?

出版は、当然知りません。(ハァ?)

>芸能界の方は、顔は売り物ですよね? どうお思いになる?

芸能人は歯が命でしょ。

>なんやそらww貴方がマトモなら、こんなブログへは、これないわー。 

Nanyasoreさんにも飛び火して申し訳ないです。おまけに読み方まで間違ってます(笑)。

>ご注意したらいかがwkenjiへ

「Wけんじ」さんはかなり古い漫才コンビです。僕は名前しか知りません。

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上記の方
私は、社会的にも信用のある人間です。
貴方は、くだらない人ですね。
私には、一応謝罪でもしていただこうかしら

ケンジは、間違いなくコソ犯罪者よ!
貴方は、彼を煽っている荒らしなのww
でも、ネット犯罪の見本市みたいなザビビ住人は
それなりに警察にとって今後の参考人ということかしら?
でも、3人もいないしー  笑えるね。
kenji・ロウア・ザビビ住人の誰か?

早々ザビビへ書き込む価値ないわー MARIA・まみ・kenji
ザ。霊能者の方にお聞きしたい・・そんな題名ですもの!
ロウアもMもあれも貴方ね。

投稿 霊媒F | 2007年7月31日 (火) 10時50分
****************************************************************************************

>私は、社会的にも信用のある人間です。

= この世には社会的信用の無い人はいません。 これでおk?

>貴方は、彼を煽っている荒らしなのww

管理人の立場から言いますが、荒らしはたった1名です。

せっかくですから、その人物のイニシャルだけは教えてあげましょう。

ズバリ 「 」 です。

>ケンジは、間違いなくコソ犯罪者よ!

アルセーヌ・ルパン ファンの僕には褒め言葉でしかありませんなあ。
時にFさん、コソ泥と犯罪者をごっちゃにしてないかい?
あ、いや、その前に怒らんといかんな。こらっ!

あとは意味不明

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勝手が違うと位置がつかめないなー(どっちでもいいけど)
ここも???
私にケンジがなに言えるの?
漢字?私の方がましよww
文章?私の自慢の場所つくって
くださってるの?ww これだけ書いても

でも、私は私自身の名誉のためですから
荒らしではなくてよ。
ザビビは、皆様の一方的な嫌がらせね。

霊能者の方を追い払っての、
あの掲示板は存在しないのでは

投稿 霊媒F | 2007年7月31日 (火) 10時58分
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>勝手が違うと位置がつかめないなー

人様のお宅の台所ではどこに何があるか分からなくて当たり前でしょう。

>私にケンジがなに言えるの?

ボケに対するツッコミ。

>漢字?私の方がましよww

それは字の上手さの話?知ってる漢字の数?
「ねえ、薔薇って漢字で書ける?あたし、書けるんだよ。ふふ」
そういう話かね?

>文章?私の自慢の場所つくってくださってるの?ww これだけ書いても

この程度の文章で満足できるあなたが僕は心底うらやましい。

またつまらぬものを切ってしまった。

実にくだらん。(o´д`o)=3

76c00089


















A104

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2007年7月18日 (水)

エクソシストモドキとの対話

久しぶりに相手をしてみる。
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貴方一人のお芝居で成り立つ物じゃない!【ここブログ】
寂しくな~~い  
人のために成る活動をされることを、シルバーバーチ霊も
貴方へお勧めになるはずですよ。

自身が、無知であることを、知るべきだったのです。
蓮華が新しい貴方ですか?
そんなことは、どうでもいいことだったのですよ
Fにとってはね!! つまらない くだらない稔りない
ブログを畳む勇気をお持ちくださいなー
エクソシストの神父が本物の神父で有るなら内部破壊を考えるでしょうね、Fなら1番にそれを考えるわー
その神父が、神の声を聞こえる者なら発狂してることでしょう、エクソシストの歴史を、お判りなら恥と想うだろう
****************************************************************************************

>人のために成る活動をされることを、シルバーバーチ霊も
>貴方へお勧めになるはずですよ。

銀メッキ蜂殿は「Fさんに対して」はそれをお勧めにならないみたいですね(笑)。

>自身が、無知であることを、知るべきだったのです。

それは僕にソクラテスの「無知の知」を説いているんでしょうか?
ま、それはそれでいいでしょう。

>Fにとってはね!! つまらない くだらない稔りない
>ブログを畳む勇気をお持ちくださいなー

ここへ来なきゃいいじゃん。
批判は構わないけど、「ブログを閉鎖しろ」とはまたあつかましい限りですな。

>エクソシストの神父が本物の神父で有るなら内部破壊を考えるでしょうね、Fなら1番にそれを考えるわー

本物だからこそ、Fさんのようには考えなかったんでしょうねぇ(ぷっ)。
(意味もわからん)

>その神父が、神の声を聞こえる者なら発狂してることでしょう

神の声が聞こえるという人で、発狂しているかのような人を、

僕は一名知っています。  ( ´△`)y-~~

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2007年7月17日 (火)

エクソシストとの対話3

(以下引用)
 (カンディド)神父はこう訴えている。
「なぜ知性を有する目に見えない外的存在が、我々に影響を及ぼしうるかもしれないということを研究する人は少ないのだろう」
(引用終わり)

 カンディド神父というのはエクソシストである。エクソシストとは悪魔払い師のことである。これまでカンディド神父は人生を賭けて「悪魔」を祓ってきた。関わってきたのは「悪魔」という存在ばかりだったのだろうが、それは派手に出てくるものばかりが目に付いたようなものではなかったのかと思う。高級霊と呼ばれる存在の共通した特徴の一つは「謙虚さ」であるという。
 
 1995年に起きた「地下鉄サリン事件」では多くの犠牲者が出た。しかし巻き込まれなかった人もいる。出社時間や路線が違えば回避できて当然なのだが、本来であれば間違いなくその事件に巻き込まれていたはずの会社員がいるそうである。その地下鉄を利用し毎日会社へ行っていたのだが、「その日」だけはなぜか会社へ行きたくなかったという。別に体調が悪いわけでもなく自分自身その理由がわからない。会社員は結果的に欠勤してしまう。ところがその日こそが「地下鉄サリン事件」の日であったという。(何で読んだか忘れた)
 また少し古いが日航機墜落事故、この時は搭乗手続き直前でキャンセルした人が数人いるそうである。
 偶然といえば偶然である。しかしその紙一重の差で人生は大きく変わる。何が正しいのかはわからんけど。

武田鉄也 今朝の三枚おろし
先週から今週にかけては心霊ブームについて語っておられるので面白い。ネットでは1週遅れになっているので、今週聞けるのは先週分。今週も生で聞いているが、今週月曜からの題材は佐藤愛子氏の「私の遺言」である。

本の名前を出されただけで笑った。 

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2007年7月14日 (土)

エクソシストとの対話2

 悪魔学の権威であるバルドゥッチ神父が著者に語る。(以下引用)

「(前略)つまり、悪魔の誘惑に打ち勝つことで、人間は精神的に強く、健康になれる。葛藤や苦悩が、日常性の物質的限界に沈み込んでいる我々を超越的なものに触れるきっかけを与えてくれるのです。誘惑といっても、肉体的誘惑という狭い意味ではありませんよ。突然の事故や大病、神を呪いたくなるようなできごとです。予期しない悲劇、愛する人の死といったものに直面する時、僕らの心は、ふっと自分を越えた存在に向かおうとする。時間や肉体の限界を越えた世界を模索するのです。」
神父は、さらに力を込めた。
「いってみれば、悪魔のお陰でより聖性を高めたといえるのです。」
そこに驚くべき逆転の発想がある、ということはぼんやり理解できたが、どうにも言葉に心がついていかなかった。(引用終わり)

 次に神父は旧約聖書のヨブ記を説明する。ヨブは不幸と悲劇のどん底にたたき落とされるが、その苦しみを突き抜けた先に不思議な境地が開けていったという。そして幸福になり長生きしたのだという。

ここで著者は言う

「神に愛された者ほど、悪魔の手は忍び寄る。」

 要するに高く飛び上がるためには一度かがまなくてはならない。そんな感じか(←単純すぎる)

 それにしてもこの「悪魔」の考え方はスピリチュアリズムと全く同じである。ケチをつける所は無い。しかし、実はこれだけでは不足しているのである。

何が不足なのか?

 例えば、苦難を乗り越えられた人はいい。しかしそれを乗り越えられず、最悪の場合自殺したりした場合はどうなるのか。また愛する人を失った自分については書かれているが、自分が突然死をした場合はどうなるのか。神を恨むような出来事を克服して本当に神に感謝出来るようになれば万々歳だが、そういう人ばかりでもあるまい。

 苦労のない人などいるわけがないのだが、「セレブ」などと言われる人達を見れば、金もありブランド品をまとい、別荘を持ち・・・・・と、何の苦労もなしに人生が過ぎていく(ように見える)人もいれば、食べるものにも事欠く人もいるわけで、それでは不公平になってしまう。

何が不足なのか?

 それは霊魂の永続性である。肉体が消滅しても個性は存続し、次にまた肉体に宿る。そしてその都度違う経験をし、乗り越えられる範囲の苦労をし、向上出来る範囲の向上をする。

 当然レベルは人それぞれである。だからその人にとっては人生ギリギリの苦難も、違う人にとっては「痛いなあ」という範囲内、ということも起こりうる。こういうことを繰り返すからこそ、全ては平等であると言える。

 それが、この人生が1回きりであとは天国か地獄のどちらか。それではあまりに不公平である。これを共に説かなければ片手落ちになってしまう。

(書いている本人が本当に理解出来ているかは甚だ疑問だが)

ちなみに

「だったら今回は自殺して、次回がんばろう!」

、、、、、、、、、、、、_| ̄|○

そうじゃないんだよな。

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2007年7月10日 (火)

エクソシストとの対話

エクソシストとの対話
エクソシストとの対話 島村 菜津

小学館 1999-05
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starオカルト本ではありません

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 読み終わった。ホラー小説などとは全然違う。
 映画の「エクソシスト」は見たことがあったが、うーむ、本当にエクソシストが存在していたとは。

 登場人物はキリスト教の神父が何人か出てくるが、メインで扱われているのはカンディド神父という人物である。しかし残念なことに著者が取材に行く少し前に亡くなっており、それが返って関係者への取材を広げることになり、キリスト教内部についても書かれるに至る。

  「エクソシスト」というのは要するに「悪魔祓い師」である。何でもかんでも「悪魔」と言うより「霊」と言ったほうが良いのではないかと思うが、別人格が宿ったり、ポルダーガイスト現象が起きれば「悪魔だ」と言いたくなるのもわからないでもない。当然悪魔と戦ったイエスといった宗教的背景があるのだから仕方のないことかもしれない。

 まあそんなことはいいとして、この「エクソシスト」というのは神父がなる。なるといってもそれは自認ではなく、上からの任命である。そうエクソシストとは驚くべき事にキリスト教公認の「聖務」でなのである。そしてその歴史は1500年前まで遡るというからまた驚く。しかしエクソシストと呼ばれる人間が全て任命された者ではなく、多くは「自称」であるらしく、それと区別するため「公式エクソシスト」とも呼ぶそうである。

 次にエクソシストたる条件は以下のとおりである。(以下引用)

   悪魔に苛まれる人を癒す司祭は、特別に教区の司教から認可を得ていること。
   そして信仰心と思慮深さ、人生全般にわたる潔白さを持っていること。
   己の力ではなく神の力を信じ、あらゆる利益への貪欲さと無縁にして、
   ただ慈愛と謙遜に基づく、宗教的使命のもとにこれを行うこと。
   また成熟した年齢に達しており、その聖務によってだけではなく、
   品性の良さによって尊敬に値するような人物であること。(引用終わり)

また、膨大な量に及ぶであろう文献にも精通していなくてはならないし、言語についても何カ国語も駆使できなくてはならない。ここで悪魔に騙されないポイントにも言及されている。(以下引用)
  
   まず第一に、簡単に悪霊が憑依しているのだと信じ込んではならない。
   そのために、他の病気、特に精神病を煩っている人と悪魔憑きを見分けるための
   兆候をよく知っておくのが好ましい。悪魔の存在を示す徴しとして、
   知らない言語を正確に話したり、理解したりすることがある。
   遠くの、または隠されている事物を熟知したり、年齢や自然条件を
   越える力を発揮するなど、その他無数にある。(引用終わり)

その他、名前を聞けとか騙されないようにとか、悪魔の無駄な行為や嘲笑を相手にするな、など随分細かい指示もある。要するにこれは優秀な「審神者」と除霊(浄霊)が出来る霊能者を一人で掛け持ちするようなものである。

 ここで悪魔祓いといえば、避けて通れないのが中世の「魔女狩り」である。何となくヨーロッパ中どこもかしこもやっていたようなイメージがあるが、その温度差は地方によってまちまちであるらしい。興味深いのはそのような蛮行を大々的にやった歴史を持つ国ほどエクソシストは少ないか皆無であり、そのような悲劇が少なかった地域ほどエクソシズムの伝統が残っているのだという。その代表的なのがイタリアやスペインの大部分であるという。イタリアではガリレオの地動説を撤回させたのが悪名高い異端審問所なのだが、実は教会はその上に「検邪聖省」を設置し異端審問所にブレーキをかけていたという。そのため魔女狩りで裁判にかけられても処刑にまで至ったケースは全体の4%に満たなかったそうである。(1540-1900の期間)

しばらくかかりそう。

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2007年6月29日 (金)

Fさん絡みでおまけ

http://blog.livedoor.jp/saiko384140/archives/50353869.html#comments

26. Posted by パタリロのブログ発見!      2007年06月29日 13:36
まみちゃんkenji路線の似たような話ばかりになる危険があります。
貴方がたは、同一人物であり、分かってる方も多いのです。
まとめることを、お勧めします。
星1でも多いくらいね・・
あと、何個偽ったらコテハン王になれるかしら? ネット界のじゅげむへ
***************************************************************************************

まみちゃんkenji路線 の似たような話ばかりになる危険があります。

そういう路線だったのか・・・・・・・・。

>貴方がたは、同一人物であり、分かってる方も多いのです。

同一人物なのにカップルになっちゃいましたー!!Oo。(・。・*)y-

>星1でも多いくらいね・・

そんなこと言うと、泣くぞ!

みかきもり Fのたく火の 夜は燃え 昼は消えつつ ものをこそ思へ     大中臣能宣

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2007年6月22日 (金)

プレアデス バ覚醒への道3

 大した話ではないけど。
 ネットで「エホバ」を調べた。手っ取り早いのはWikipediaである。

エホバの証人(Wikipedia)

どうにも度し難い集団だな。そんな中で1カ所引っかかった。

>指導者は目に見えないキリストであり、1世紀以降に聖書に忠実だった者のうち、神に選ばれた14万4000>人の者が、ハルマゲドン後、キリストと共に人類を支配する。(マタイ23:10;啓示5:9,10;14:1,4)

?14万4000人

どこかで見た数字だな、と思ったら「プレアデスの大天使」の皆さんが言ってた人数だ。

(以下引用)
続いて彼らは、宇宙のキリスト意識の象徴としてキリストが地上で果たすべき役割と、14万4000人の「選ばれた者たち」について語りました。その数はキリストと出会うことでめざめるはずの最低限の人数です。キリストの生誕にそなえて地球の波動をととのえるために、地上に存在している14万4000人の多くは、彼の誕生までに意識的な死あるいはアセンションを体験するだろうというのでした。
(引用終わり)

 どちらもキリスト教絡みだから不思議でもないか。(ちなみに聖書の「マタイによる福音書」の中でこの数字を探してみたが見あたらない。他に記載があるのかな?)

 しかしエホバでは「1世紀以降に聖書に忠実だった者のうち、神に選ばれた14万4000人の者」とあるので、死んじゃっている人もいそうだな。(あ、再生すればいいのか)

 それに対してプレアデスえんじぇるの皆さんによると、「地上に存在している14万4000人」ということなので、この凄い人達が同時に生存している時期があるわけだな。また「最低限の人数」とも言っているので増える可能性もあるということになる。
 でもよく読むと意味が分からない。

>その数はキリストと出会うことでめざめるはずの最低限の人数です。

これだけなら、何かの目的のためにめざめる必要があるということになる。

>キリストの生誕にそなえて地球の波動をととのえるために、地上に存在している14万4000人の多くは、彼>の誕生までに意識的な死あるいは・・・・・

地上でキリストに会う前にほとんど死ぬの?だったら「めざめる」事は不可能じゃん。会うのは睡眠中の話か?

さっぱりわかんね。

大した話ではありませんでした。

プレアデス バ覚醒への道1
プレアデス バ覚醒への道2

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2007年6月19日 (火)

またか!輸血拒否して死亡

エホバの証人:手術中に大量出血、輸血受けず死亡 大阪

 信仰上の理由で輸血を拒否している宗教団体「エホバの証人」信者の妊婦が5月、大阪医科大病院(大阪府高槻市)で帝王切開の手術中に大量出血し、輸血を受けなかったため死亡したことが19日、分かった。病院は、死亡の可能性も説明したうえ、本人と同意書を交わしていた。エホバの証人信者への輸血を巡っては、緊急時に無断で輸血して救命した医師と病院が患者に訴えられ、意思決定権を侵害したとして最高裁で敗訴が確定している。一方、同病院の医師や看護師からは「瀕死(ひんし)の患者を見殺しにしてよかったのか」と疑問の声も上がっている。

 同病院によると、女性は5月初旬、予定日を約1週間過ぎた妊娠41週で他の病院から移ってきた。42週で帝王切開手術が行われ、子供は無事に取り上げられたが、分娩(ぶんべん)後に子宮の収縮が十分でないため起こる弛緩(しかん)性出血などで大量出血。止血できたが輸血はせず、数日後に死亡した。

 同病院は、信仰上の理由で輸血を拒否する患者に対するマニュアルを策定済みで、女性本人から「輸血しない場合に起きた事態については免責する」との同意書を得ていたという。容体が急変し家族にも輸血の許可を求めたが、家族も女性の意思を尊重したらしい。

 病院は事故後、院内に事故調査委員会を設置。関係者らから聞き取り調査し、5月末に「医療行為に問題はなかった」と判断した。病院は、警察に届け出る義務がある異状死とは判断しておらず、家族の希望で警察には届けていない。

 エホバの証人の患者の輸血については、東京大医科学研究所付属病院で92年、他に救命手段がない場合には輸血するとの方針を女性信者に説明せずに手術が行われ、無断で輸血した病院と医師に損害賠償の支払いを命じる最高裁判決が00年に出ている。最高裁は「説明を怠り、輸血を伴う可能性のあった手術を受けるか否かについて意思決定する権利を奪った」としていた【根本毅】

毎日新聞 2007年6月19日 19時46分
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一体何のための信仰なのかね。
これも自殺といってよいのではないだろうか。

この女性は敬虔な信徒としての自分を尊重し、生まれた我が子にとっての「母親」としての責務を放棄し、「自分自身の人生」をも放棄したということだ。

もっとも、この母子が無事退院したとして、将来もしもその子供がケガや病気で輸血が必要になった時、恐らくこの母親は拒否するのだろう。そしてその子供が死んだとき、やはりその母親は満足するのだろうか。

その最悪の愚は避けられたのかもしれない。

医者としても命を助けて訴えられてもたまらんが、目の前で見殺しにするのもきつかっただろうな。

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2007年6月13日 (水)

Fさん、少し飽きてきたよ

>[893]Fシルバーバーチの霊媒
>では、kenji様 さらば・・

ザビビでこの発言を読んで「これで勝ったな」と思ったのも束の間、

>意味不明 あぼーん したほうがいい 
>Fとリンクですか? ヤヤ迷惑かも?
>霊医殿の名前を語るなんて不謹慎よ!
>霊医殿ってFは、呼んでるけど貴方(ケンジ・ロウア・まみ
>キリコ・くーく・アラム・ラプラス・ネクトン・石川氏とは、
>エットウ別人よ!

>後、キッチョム管理人が申告しといて???
>URL頂くけど星一つで、当然よね!!
>kenjiは、アラム氏と、どういうご関係で留守番を仰せ使うの??
>意味が通じるように詳しくお教え下さい。

>投稿 霊媒F | 2007年6月13日 (水) 15時57分

001














やっぱ、トマホーク(アクセス規制)使うべきだったかなあ。でも大見得切っちゃったし(笑)。
(基本的には面白いからいいけど)

Fさんとのコメント合戦(というより、コントに近いが)は皆さんに笑ってもらえるみたい。
んなわけで、行くか!!

>意味不明 あぼーん したほうがいい

他の人に言われるのは笑って済ませる事が出来ます。しかしFさん、 「意味不明」これを貴方に言われると、流石の僕もマジで凹みます(泣)。
あんたにだけは言われたくねーーーー(笑)。

>Fとリンクですか? ヤヤ迷惑かも?

ネタとして面白かったもんで・・・・・。
ちょ、、、あなたは「迷惑」という言葉を知っていたのか!!

>霊医殿ってFは、呼んでるけど貴方(キリコ・くーく・アラム・ラプラス・ネクトン・石川氏とは、
>エットウ別人よ!

霊医と一緒にされちゃたまらんでしょう。

>URL頂くけど星一つで、当然よね!!

ちょっと待て、1つとは何事だ!3つはくれよ!

>kenjiは、アラム氏と、どういうご関係で留守番を仰せ使うの??
>意味が通じるように詳しくお教え下さい。

「はい、もしもし、あ、申し訳ございません。アラムはただ今外出しておりまして、本日は出先からそのまま帰宅することになっております。ご用件はケンジでよろしければ承りますが。はい、『お前じゃ話にならん』と。それってひどくね? あ、いえいえこちらのことです。どちらにしましてもお名前をお聞かせ願えますか。
はい、『Fさま』、、、、、、あの『Fさまですね』、ところでケンジの所にも電話をされたことはございますか? はい、『覚えていない』と。なるほど。ところで再度お聞きしますが、ご用件は?はい、はい『2ちゃんねるを買収したい』と。う~~ん、おそらくアラムは専門外ではないかと思われますが。『だったら霊言集を出版させろ』と。これはまた無茶な。うちは出版社ではございません。2日前にお越し下さいませ。」 ガチャ

露払でもやりますかねー。いや能力がないから同じ土俵にも立てません。

>意味が通じるように詳しくお教え下さい。

世の中には出きることと、出来ないことがあります。

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2007年6月11日 (月)

異論・反論 おぶじぇくしょん!

「速報です!!」

「平成のビッグカップルの誕生です!!」

「男性はkenji氏、氏はスピリチュアリズムなのかネットウヨなのか、さっぱり分からない文章をブログに書いておられる方です。よく言って、言いたいことを言いっぱなしにしている人物です。」

「そして女性の方ですが、こちらは「まみさん」です。プロフィールは公開されていませんが、某掲示板にて発言されている方で、そちらでは顔文字を多用するチャーミングな女性であるという情報です。蛯原友里さんにも似ているとの情報もあり、現在帝国データバンクのネットワークも駆使しながら、当番組「ニュース23+1/2」のスタッフ総動員で情報を収集しています。」

「さて、当番組のレポーターがkenjiさんに突撃インタビューをしています。現場を呼んでみましょう」

『kenjiさん!今回の報道については事実ですか?』
『・・・・・』
『お相手のまみさんはどんな方ですか』
『じ、事務所を通してください!』
『事務所ってどちらですか?』
『・・・・・』

「kenjiさんはある建物の中に入っていかれました。表札を見てみましょう。
『日本って素敵な国だよ友の会』
とあります。我々T●Sの認識からすると、右翼団体とみて間違いなさそうです。」

「まあ、怖いですね。危険が及ばないうちに早く帰ってきてくださいね。以上現場からでした。」

「・・・え、あ、はい、そうですか・・・・失礼しました。ただ今番組あてにFAXが届きました。差出人は『まみさん』です。この場で読ませていただきます。
『本日御社の番組内にて、あたかも私とkenji 氏が交際をしているという報道がありましたこと、大変遺憾に思います。全く事実無根の捏造であります。私はkenji氏と面識もございませんし、ネット上でも交流は皆無です。この件について正式な訂正および謝罪報道をしていただくことを求めます。』

とのことですが、スクープした記者がその内容をブログに書いておられますのでご紹介します。」

*****************************************************************************************
>150. Posted by 優しさと強さと    2007年06月11日 13:11
kenji&まみのカップルのブログで~す。
>同じことばかり 書き込むのもお疲れでしょうから、貼らせてね!!!!

>ザビビの裏事情は、サブ~~って感じかなー
>他の方へ お勧め度は、ウ~~ン
>お巡りさんへ聞いてください。

http://blog.livedoor.jp/saiko384140/archives/50133642.html#comments
*****************************************************************************************

「えええ、そんな・・・今入りましたニュースによりますと、今回のスクープをした記者は統合失調症の可能性があり、近頃は引きこもりがちで、記事内容は全く・・・信用・・・できない・・・とのことです。」

「この度は、kenjiさん、まみさんにはご迷惑をお掛けし、大変申し訳ありませんでした。わがT●Sは情報の裏を取るという作業は不要という不文律があり、ニュースは捏造しても謝罪すればお咎めなし。ゴルファーの声を盗聴して何が悪い。そんな放送局ですので、視聴者の皆様のいちいちお叱りの電話はお断りします。ご心配には及びません。

T●Sは毎年死んでおります。

それでは皆さん、明日またお目にかかります。」
                     ・
                     ・
                     ・
                     ・
                     ・
                     ・
(ジョークですから)

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2007年6月 5日 (火)

Fさんへの返信4

場所を変えるということで改めて。
Fさん、あのね。

>ここでは、誰に当てて書けばいいのかしら??
>忘れた!お相手馬鹿らしいしww

それも分からずに何を書くんだい?
とりあえず、長い!簡潔に書いてください。んで、聞こえるものを全部書かないように。たまにはあなた自身の意見をどうぞ。アホのアトスはどうでもいいから。

>ところでケンジさんもその関連のかたとか??

何の話ですか?

>kenji様 韓国版デスノートの宣伝は、してもいいのですよ。

そんなものがあるのですか?知らなかった。

もう少し質問のポイントを絞るように!
それから規制はしませんが、このブログのコメント欄はあなたの日記ではないのでございますよ。

そもそもFさん、ご自分のブログの文量よりうちのブログに書いてる量の方が多いし・・・・・_| ̄|○

アトス坊や、いい加減にしなさい。

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2007年5月31日 (木)

Fさんへの返信3

5/29にFさんからメールを頂きました。公開してもよいか、嫌なら30日中に再度メールを下さいと返信メールで申し上げましたが、無いので出します。

*****************************************************************************************
貴方の背後霊曰く 明日から 明日から 明日から 貴方が、仕事のつもりでいい。
そして貴方が、一番でなくてもいいのだよ。
お父さんが、いる。お母さんがいる。 兄妹がいる。 それでも好いから明日から働きなさい。
私は、この国がいいわよ! 昔住んでた国よりも、貴方もそうでしょう?

Fより善人は、層はいないよ。 貴方がたは、疲れるんだからwwww
最後に貴方が、2番である訳もなし。 そしていうことでしょう、我々のFは、おしゃべりなガキの役割を果すものですよ、誰とも交わらないし、誰からも愛されないほうがいい。

Fが一番 気づつくからだ! 其れが見えないお前がいけないね! 

霊視は、未熟であるし勘もイマイチであるし インスピレションもFへ与えた物の3分の1以下である!
だから言うしかないのですよ・・この国での成功は、遠すぎるし、お前を指すものもいない。
Fを、通して言わせて貰うしかなかった(お嬢様には、ご迷惑をお掛けした:Fのこと)
お前が、自身でお決めなさい・・でも、覚悟しなさい霊界の指導霊が、お前に呆れたのですよ。  以上です。

貴方の背後霊さまのお言葉でした。信じなくてもシルバーバーチの霊媒はFなのです。
それぞれが、何かしらの役割分担を持って産ませてるなら、それぞれの人生に努力いたしましょう
貴方が、見失わないなら見えてくる道もあるはずです。 
貴方は、何者に成りたかったのでしょうか?
私は、普通の主婦で良かったし 今もシルバーバーチの霊訓と共に生きれるなら、それでいいのですよ。
霊医アトス様のお仕事の御手伝いがしたいのです、其れは、地味すぎる節約生活でもあるでしょうが・・・
誰よりも身近な霊能者でありたいのです、生活保護を、受けてるみたいなー? 生活苦のある女性の相手でいいのです。毎日が真剣勝負の日々を1年前に経験しました。それが、シルバーバーチ霊が望む霊媒でもあるようです。

貴方にお願いしたいことは、ザビビから離れることでしょうねww

神霊では、背負うものは重く。 そして貰いは、プチ! 貴方は男性ですね、それなら霊感商法は、辞めた方がいい。お仕事だけに頑張ってほしいのです。 それでもバーチのFタンでした。
*****************************************************************************************

もう少し小学生レベルの漢字を勉強してね。

>明日から働きなさい。

毎日働いています。

>私は、この国がいいわよ! 昔住んでた国よりも、貴方もそうでしょう?

私がそうだからあなたもそうに決まっている、という理屈はかなり無茶ですが、確かに僕はこの日本が好きです。しかし「昔住んでた国」というものはないのですけどね。

>Fより善人は、層はいないよ。 貴方がたは、疲れるんだから

貴方は面白すぎる。善人という単語を今一度辞書で引かれてみてはどうですか?お互い疲れますねえ。高級霊は自信たっぷりなんですね。

>我々のFは、おしゃべりなガキの役割を果すものですよ、
>誰とも交わらないし、誰からも愛されないほうがいい。

うひゃー!Fさんて、なんて可哀想な人なんでしょう。おしゃべりなガキの役割を押し付けられ、誰とも交流できず、誰からも愛されない。おお主よ、哀れな子羊を救い賜え!

>霊視は、未熟であるし勘もイマイチであるし インスピレションもFへ与えた物の3分の1以下である!

スウィングは未熟であるし、
パッティングの距離勘もイマイチであるし、
イーグルをゲットしたことは3回しかない!

>だから言うしかないのですよ・・この国での成功は、遠すぎるし、お前を指すものもいない。

やはり、シード権が無いので海外ツアーに参戦するしかないでしょうか。とりあえずアジアツアーですね。

>でも、覚悟しなさい霊界の指導霊が、お前に呆れたのですよ。

出たー、話に窮するといつもこれだ!脅迫!脅迫!脅迫!
僕は初めから貴方に呆れています。

>貴方の背後霊さまのお言葉でした。

「だから貴方はこの壺を買わなくてはいけません。」ときますか?霊感詐欺商法の王道を歩んでますね。

>貴方が、見失わないなら見えてくる道もあるはずです。

その言葉、そっくりそのままお返しします。

>私は、普通の主婦で良かったし 今もシルバーバーチの霊訓と共に生きれるなら、それでいいのですよ。

わかってるじゃん。それでいいじゃないですか。

>霊医アトス様のお仕事の御手伝いがしたいのです

個人的な見解を言わせてもらいますとね、「自分を神の道具に!」って思うことそのものが傲慢の第一歩だと思うんですよね。シルバーバーチは「神の道具になってください」と言いますけど、それは小学校のクラスの学級委員長のなり手がいないんで「誰かやってくれませんか?」というレベルの話ではないと思います。

真面目に生きている人を見ている人がいて、本人が気づかぬうちに結果的に「神の道具になっていた」というのが本物だと思います。もちろん偽善であっても何割か相手のためになればそれでも構わないと思います。問題は順番。「神の道具になりたいから、神に認めてもらいたくて何かをする。」というのでは意味がないのではないかと思います。

>毎日が真剣勝負の日々を1年前に経験しました。

今ではもうお終いですか?

>貴方にお願いしたいことは、ザビビから離れることでしょうねww

以前にも言いましたように、僕はザビビで発言したことはありません。斜め読みを少しした程度です。

>貴方は男性ですね、

これだけやりとりして、ようやく僕の性別に気づきましたか
(そういうことじゃなくて)

>それなら霊感商法は、辞めた方がいい。お仕事だけに頑張ってほしいのです。

裏返してみます。

「貴方は女性ですね。それなら霊感商法をやった方がいい。お仕事なんて辞めちゃいなさい」

まだやるんならお付き合いしますよ。

W008

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2007年5月30日 (水)

Fさんへの返信2

厚いあっつ~~い! しかも厚かましい!
どっちでも、良いのよ!頂戴いたしましたから・・・w
貴方よりも信用もあるしザビビでもね!

貴方の物は、霊医殿が預かるそうです、それだけが言い語ったのです。
貴方がどうであれ! 機械は誤魔化せないのですよ!
貴方は、シルバーバーチを理解出来ないのでしょうが、本当ですよ。収穫には、早すぎると考えたFが、浅はかでした。

投稿 霊媒Fシルバーバーチ専用 | 2007年5月29日 (火) 20時27分
****************************************************************************************

拝啓 F様 (おっと朝日か?)
何から書けばよいのか迷いますが。
あつかましいと仰いますが、僕はあなた自身が宣言した行動について確認を求めただけです。

>貴方よりも信用もあるしザビビでもね!

お伺いしますが、その信用とは「誰」からの信用でしょうか?ザビビの掲示板内でのお話でしょうか?

>どっちでも、良いのよ!頂戴いたしましたから
>貴方の物は、霊医殿が預かるそうです

何か取り上げられたかなあ。貴方の物?僕の物?PCの周囲では無くなったものはないし、
シャア専用ザクがいつも僕を守ってくれているしな。
Dscn0326











僕の物?

待てよ。今日は雨だったが、へそは雷様に取られてはいない・・・・・さらに・・・・・

いやああああああ、やめて、それだけは許して!!百万倍謝罪しますから!!

あ、ある。大丈夫。落ち着け、落ち着け。

さて、Fさんが仰るのは恐らくIPアドレスの事かと思われますが、僕はFさんのブログを訪問したことはありますが、コメントはしておりません。また2ちゃんでもザビビでも発言はしておりませんので、貴方が差し押さえた(つもりの)IPは恐らく別人のものでしょう。それについてザビビを拝見しましたところ、興味深い発言がございましたので転載させてもらいました。

****************************************************************************************
[834]ichikawa 07/05/27 21:04 S
一言よろしいですか?
最近よく削除依頼があるのですが、申し訳ないのですがよくわからない文面なのです。
依頼内容についても、依頼者以外の複数の利用者に規制をかけろという、まったくもって理解しがたいものです。
今までも今後も、こういった無体な依頼をされても対応致しかねますので、はっきりとお断りする旨をお伝えしておきます。
今後とも宜しくお願い致します。

[835]森のネクトン 07/05/27 21:14 qdTj4LRfxv
おお!]ichikawaさん降臨!!
お疲れさまです。
心霊カテでは初めて見たw

[836]ささ 07/05/27 21:16 D-.nsVY
‥‥一体、誰がわけのわからない文章を書いているのかっていうのは、明白だよね‥‥‥笑
[837]杜の狼 07/05/27 21:19 UOwoeGbk1j
確かに…。 (-o-)y-~~

F3:風速70m/s ~ 91m/s
------
壁が押し倒され,鉄骨づくりがつぶれる.
列車が転覆し,大木が根こそぎになることがある,
ミステリーが起こりはじめる.
------
Fさん、少しおちつきましょう。
****************************************************************************************
削除依頼をされたのがFさんと断定はできませんが、常連さんは確信しておられるようです。

>貴方は、シルバーバーチを理解出来ないのでしょうが、本当ですよ。

おかげさまで、シルバーバーチを理解出来ないからこそ、僕はここにいるのです。全て簡単に理解出来るのであれば人間として生まれてくる必要はすでにありません。僕は、「すべて理解した」と思うより「理解出来ないことを理解している」方がまともだと思っています。シルバーバーチも自分には分からないことがある、と言っています。あなたが全てを知っておられるのなら、なぜ貴方は人間として生まれてきているのですか?(こういう場合は多分、「高級霊がわざわざ人間として生まれてきたのだ」というパターンでしょうか。)

さて、ここもよく分からない部分です。

>収穫には、早すぎると考えたFが、浅はかでした。

つーことはどーいう事か
     ↓
A:収穫には、ちょうど良い時期である。
もしくは
B:収穫には、時期が過ぎてしまった。

ということになるんですけど、どちらかしらん?

ま、そんなわけで(?)、僕はFさんをアクセス規制するつもりはありません。いくらコメントしていただいてもかまいません。当方として、コメントで返事をするかエントリーを立てるかで応対させて頂きます。人間にとって最も苦痛なのはその存在を無視されることです。僕はそのようなことをするつもりはありません。ただし突っ込みだけは入れさせていただきます。

注:「まみちゃん」さんはザビビでの発言者のお一人でした。悪気は無かったのですがご免なさい。読んでおられたら許してね。

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2007年5月28日 (月)

F様へ

スピリチュアリズム界の道鏡ことFさん、お元気ですか。
相変わらず多方面での自爆、ご愁傷様です。

ところで、2ちゃんねるやザビビの件は如何相成りましたでしょうか?
アクセス数は特に増えている様子もなく、アダルトサイトのTBすら届いておりません。
銀メッキ蜂の霊力はその程度のものでしょうか?

Kensa

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2007年5月26日 (土)

半島発 カルト宗教団体

エイッ‾! かんしゃく爆発
日本が自分たちの罪を悔やむことができない理由!

この人の記事の多くは普通に読んでも相当病んでいるのだが、この記事はいいね。

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今まで見たことも読んだこともなかった聖教新聞を見る機会ができて、驚いている此の頃です。
この聖教新聞は北韓の労働新聞と論調が同じです。
聖教新聞は創価学会の教祖である池田大作氏を褒め称える新聞です、そして北韓の労働新聞は金正日総書記を褒め称え新聞です。
褒め称える対象が違うだけで、根は同じだと感じました。
創価学会の池田大作氏は毎日のように世界各国の大学や、政府機関から名誉教授の称号や勲章を授与されていることが聖教新聞で報道されています。
これだけの名誉教授の称号や勲章をもらっている人物を世界広しと言えども私は知りません。
どのような活動をすればこれだけ毎日新聞の一面を飾れるほどの勲章をもらえるのでしょうか?
ほんと不思議な団体です。
北韓の労働新聞も聖教新聞と同じように金正日総書記の活躍を褒め称えて、各国からの賞賛の言葉を毎日のように掲載しています。
この両新聞は、よく似ているので私も驚いています。
教義に洗脳され異常さが判らなくなっているのです。
この聖教新聞は創価学会の機関紙であり、日本の与党である自民党と連立政権を組んでいる公明党の支持母体であることに更に驚きます。
自民党が票集めの為に利用している北韓の拉致と核問題と同じように、公明党も票集めの為に自民党に利用されています。
自民党は同じ根をもつ両者をうまく利用して票を獲得しているのです。
これは偶然でしょうか?
それとも自民党の高度な戦略なのでしょうか?
いずれにしても聖教新聞と労働新聞は同じ論調です。
褒め称える対象が違うだけで、、、

面白いですね!
****************************************************************************************

創価学会もイカレているが、その件は多くの日本人が知っている。
でも実体はさらに深刻なのかもしれない。あーやだやだ。北朝鮮宗教。

ま、池田の大ちゃん没後は後継者争いで内部崩壊するんじゃないかと思う。その時点である程度の信者は目を覚ますと思うが、オウム同様に○○派××派とかいうのが残るとは思う。しかし最後には信者自身が気が付かないと何にもならないのだが。

愛国広場様 創価学会と北朝鮮の関係

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まみちゃんです

まみちゃん  OKですか???
Fのブログへカキコしてほしいなー
身を切るほどに人を愛する!これね、霊媒心得なのよ。
営業バンバッテ!!

揚げ足取りだけの書き込みでは、人は集まりませんよ
老婆心より

投稿 シルバーバーチの霊媒F | 2007年5月24日 (木) 11時53分
****************************************************************************************
「まみちゃーん、ご指名よ。3番テーブルお願いね。ボトルはもう出してあるから。」
「はーい、お客様はどなたですか?」
「いつものFさんよ」
「えーー、Fさんですか?勘弁してもらえませんか?」
「でもご指名だから・・・」
「Fさんって何を話しているか分からないんですよ。支離滅裂だし、でも相づちうってるだけじゃ怒り出すんですよ。それで何か言うと『揚げ足とるな』って怒鳴るし」
「そうね、じゃあオーナーのケンジさんにもヘルプについてもらうから」
「オーナーですか?オーナーはすました顔して、結構むっつりスケベですからね。自分では話題をふらないくせに下ネタになると、目を輝かせてのってきますからね。」
「まあそのくらいは辛抱できるんじゃない?まがりなりにもFさんはお客さんよ。」
「でもFさんったら『今日はボトル入れるぞー』っていうわりにはいつも一番安い「いいちこ」だし。第一それもお店に来るときに隣の酒屋で買ってきた「持ち込み」ですよ。」
「そうなんだけど、この間はお友達も連れてきてくださったじゃない?」
「あの二人羽織の人でしょ。でもあの人最後まで顔見せなくて、『ワシの名前は銀メッキ蜂だ。酒は飲むが肉体は無いからチャージ料は払わんぞ』とか言って、結局Fさん1人分の料金しか払わなかったじゃないですか。」
「まあそのへんはオーナーのケンジさんもFさんに一言言ったらしいんだけど、何だかFさんって、3ちゃんねるとかゲルググとかいう掲示板の管理人さんと仲がいいらしいのよ。それで『店の宣伝をしてやる!』って言われて、ケンジさんったら『タダで宣伝してもらえる!』ってウキウキしちゃってるのよ。困ったものね」
「ところでオーナーの趣味って変ですよね。朝鮮や中国の悪口を言うのが大好きなんですよね。」
「それにおかしな宗教団体をいじくりまわすのも好きみたい。」
「何だかこの店もいつまでもつか分かりませんね。」
「ほんとね」
                    ・
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                    ・
                    ・
                    ・
まみちゃん、て誰?

Babanori_2  

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2007年5月23日 (水)

F氏への返信

F氏からコメント貰っちゃった。返信が長くなりそうだったのでエントリーにしてみた。
****************************************************************************************
もしも一方的に攻撃されて貴方が、どうなろうと
其の方が良い! by貴方の背後霊の何方かでした。

日本が、無抵抗を通すなら北朝鮮さえも攻撃出来ないでしょう。

霊媒にとってFは、試す者です。貴方の善行がみたいなー
貴方に取って背後霊の位置は??
シルバーバーチ霊程でも日本での成功は無理だそうですよ
貴方の得意技ってなんですか?
無収入でも生活出来る人であるなら、Fでなく貴方が選ばれたでしょう。

営業としか見えない貴方が悲しいのですよ  かしこ

投稿 貴方が、どう思おうと専用霊媒F | 2007年5月23日 (水) 09時44分
****************************************************************************************

もしも一方的に攻撃されて貴方が、どうなろうと
其の方が良い! 

大きなお世話なんですけど。なんでその方が良いの?あなたの家族が攻撃されてもその方がよろしいんですの?

by貴方の背後霊の何方かでした。

要するに誰が言ったかよくわからんということですね。

日本が、無抵抗を通すなら北朝鮮さえも攻撃出来ないでしょう。

はいはい、その根拠を示してね。

さて、これ以降の文章はさっぱりわからん。

霊媒にとってFは、試す者です。貴方の善行がみたいなー

霊媒とF氏は同一人物ですよね?従って霊媒ではなく、背後霊というべきでしょう。
また僕がどんな善行を行っているかを、あなたに判断していただく必要はありませんね。ましてやイエスは「施しをするとき、右手の行ったことを左手に知らせるな」と言いました。善行を為すにあたり、他者に「このような方法もある」と伝えることは良いことですが、「自分はこんな良いことをした」などと、自分で言うような人間はろくなものではないでしょう。

その後

貴方に取って背後霊の位置は??

と来ますが、位置って何ですか?位置というものがあるのですか。意味がわかりません。また直前の文との繋がりが分かりません。普通の流れですと、1つのテーマがあり、それについて自分の意見を述べ、さらに相手に対してどう思うかを尋ねるものです。 「試す者」だの「善行」だのといった内容と、僕の背後霊の「位置」とやらは全く関連がありません。つまり、前者は独り言であり、後者は質問ということですね。ではお答えを。

知りません。

シルバーバーチ霊程でも日本での成功は無理だそうですよ

内容から推測すると、「スピリチュアリズムの普及」についての話だと思われますが、それならばあなたは一体何をされているのでしょうか?ついでに言えば、日本だけで成功しても意味は無いでしょう。

貴方の得意技ってなんですか?

あの・・・何がお知りになりたいのでしょうか?文章に「流れ」というものが無いのでさっぱり分かりません。
一応得意技(らしき?)ものを挙げてみました。

・50ヤードのアプローチショット
・「しんにょう」の右払い
・たこ焼きつくり
・般若心経を暗記している(?)
・カルト・低級霊言いじり
・小手すりあげ面
・The虎舞竜(ザ・トラブリュー) のロードを歌うとそっくりだと言われる。

無収入でも生活出来る人であるなら、Fでなく貴方が選ばれたでしょう。

?これもよくわかりません。裏返せば、あなたが無収入であるから「自分」が選ばれたと言っているのと同じです。ブログを拝見しまして、ご自身は主婦だそうですがご主人は大学の先生ですよね。何かおかしくありませんか?

営業としか見えない貴方が悲しいのですよ

申し訳ありませんが、僕は「営業」とさえ見てはおりません。あなたの耳に何が聞こえていらっしゃるかは知りませんが、もう少し落ち着かれるべきだと思います。とりあえずは発言の際は「文」の箇条書きではなく、「文章」にしてください。

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2007年5月10日 (木)

シルバーバーチ 現代日本に現る?

最近ネットで「シルバーバーチ」を検索していたら、随分いくつか同じ人物の書き込みがあった。そのお方は「シルバーバーチの霊媒F」という人だが、調べるとHPもブログもお持ちだった。そこを覗いてみると、なんとシルバーバーチが語っているではないか!!
んなわけで、その『シルバーバーチ』を名乗る霊のご挨拶を引用してみた。
(ネタ元:http://www1.megaegg.ne.jp/~furukawa/

****************************************************************************************
こんばんわー皆さま
私がシルバーバーチでありますが、何かと
勝手が違い戸惑っております。
お許しください、我々がこの日本を選んだ
訳をお話しなくては、ならないでしょうね。
そしてきっと驚かれるでしょう、私の選んだ
霊媒が女性であり、か弱く悲しい運命を
背負った者であるからです。
仰せの通り我々の目的は、前任者である
男性の時に終わっておりました。
それでも、この国に於ける霊的真理のこう
申し上げては甚だお聞き苦しいやも知れ
ないのですが、貧しきものがありますし・・
霊界についての誤った常識を駆逐しとう
ございます。その一つが、エクソシストの
誤った常識であり迷信と呼ぶ物でしょう。
霊らは、皆さまに愛されたくて帰って参り
ます。霊界では霊力の乏しい者は、悲しい
程の存在でしかないのです。もともとは
皆さまの家族であった者達、先祖霊、
貴方の家族の恩人であり上司であり
指導者であった者達に間違いないのです。
どうか理由も無く退けないで下さい。
愛さないまでも御話を聞こうと言う姿勢を
霊らにお見せ下さい。
必ず愛情には、愛を持ってお応えしていた
だけます。皆さまの愛情が霊達の
進化には欠かせないのです。本当に宗教
とは、そういうものなのです。
    代打 2chのF(コテハン)
****************************************************************************************

次のはこちらの掲示板にあったもの。F氏にはアトスという霊医もついているとのこと。その彼の発言もある。

****************************************************************************************
霊医アトス様(日本の氏神様であり当初の心霊治療家を支えてた神霊)の霊界通信
心霊治療の誤りについて(霊界通信)
アホか????ひまし油で治るか?
だからケーシーみたいなお馬鹿な霊媒だと低級霊しか付かんのだよ。
霊医殿が、アホ ケーシーのせいで、どの位辛かったか!お前の手柄かよ!
アホめ! 何故お前達が、ケーシーを取ったか解るよ。アホだからだよ。
 
日本のシルバーバーチでもある霊医アトス様より 代打F
(Fは、あくまで、あくまで霊媒です、代打です。)
        続き

何処にお知らせすべきか彷徨っております、霊界通信として参考までに読んでください
エドガー氏のことよりもイギリスのエドワーズ氏よりの考えに重きを置いてるのが
霊界のようです、日本にはウィックランド氏方式しかないであろうと言うこととおっしゃる
前 シルバーバーチ霊のお言葉を合わせてお知らせいたします。
私が今、最も霊能力がある霊医の霊媒だそうです。日本だけでなくて世界的だそうですが???
皆様が、今、最も霊界情報に詳しい御方ですよ。 皆々様へ
つづき
イギリスのエドワーズ氏は、シルバーバーチ霊の指導の下でスピリチュアルヒーラーとして
イギリスを代表するヒーラーでありヒーリングの第一人者でした。
シルバーバーチ霊のお考えでは、前世は、人間に解る領域では、無いという見解です。
実際憑依の成せる業であると結論付けられておられます。
エドガーケーシー氏の心霊治療は、大きく誤っていることに対して
今私は、日本の ヒーラー達へ警鐘を、鳴らす為書き込んでおります。
又、預言者としての彼も、大きく外すことの連続であろうと思わずには、いられません。【寒気がします】 ケーシー氏の投薬・シップなどは、アクまで気休めであり霊医のお力が、無くしては、
何の結果も得られないであろうと言うお話も窺いました。(霊医団のお方:薬に関しては、詐欺に問われるのではと心配する霊医殿もいるくらいです)
霊界のお方達は、エドガーケーシー氏の行った心霊治療が、霊能力の無いヒーラーが行うことにより
低級霊とも呼ばれる不安定な霊が憑依し反って病を重くすることも多々有りそうだとの考えから
前世療法やレイキを大人のコックリさんとして禁止してほしいとFに指示されました。
ある有名霊能者が種を蒔き、私Fが刈り取り・・後・・霊界の秩序のもとに真の宗教が生ませるでしょう
と、言うシルバーバーチ霊のお言葉を頂いております。 あしからず。
****************************************************************************************

まあ全部が全部おかしいとは言わないが、やっぱり腹が痛い。笑い死にしそう。

>霊界では霊力の乏しい者は、悲しい程の存在でしかないのです。

ほう、霊界では霊力の多寡がその存在の価値を決めるというのだな。「霊性」ではないんだな。また、「悲しいほどの存在でしかない」とはどのような存在なのかねえ。

それにしても「安い」シルバーバーチだな。

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2007年5月 2日 (水)

スピリチュアルにハマる人、ハマらない人 2

香山氏によると、昨今の「スピリチュアルブーム」を見ていると、これは

アダルト・チルドレンの逆バージョン

だと言う。

****************************************************************************************
(引用1)
AC(アダルト・チルドレン)の治療を通じて、「被害を与えた家族などの”加害者”の責任追及」を経て、「近代家族の歴史性や権力構造の認識という脱近代化を目指す外向きの方向性」を目指してきた信田氏(注:心理学者)にとって、働く女性達がいま、「私さえ癒されれば。もうちょっと自信が持てれば」と限りなく非歴史的で内向きな方向性しか持ち得ていない、という現実はかなりの衝撃だったようだ。
 実際、彼女たちが求めているのは、積極的な自信の持ち方といったスキルを身につけることですらない。内向きに構成された問いが最後に求めるのは、「そのままのあなたでいい」「自分の中にいる本当の自分を愛そう」といった受容や慰撫の言葉なのだ。

(引用2)
「悪いのは私なんです」というストイックな彼女たちは、決してカウンセラーである信田氏や河野氏にも「本当にそうですね。反省してください」と叱責されることを望んでいるわけではない。
「どうすれば変われるんでしょう?」とおずおずとカウンセラーに問うてくる彼女たちが求めているのは「そのままでいいのですよ」「自分をもっと好きになれば道は開けます」という受容、肯定、慰めの言葉なのである。私が悪いのだから、厳しいトレーニングでも修行でも何でもして自分の心を鍛えたい、と覚悟して、彼女たちはカウンセラーのもとを訪れるわけではないのだ。
****************************************************************************************

これについては全く同感。スピリチュアル系の掲示板を見ていると見かけることがある。もちろん一概には言えないが、なにがしかの書き込みに対して
「あなたは素晴らしい!」
という、妙に度が過ぎたように感じられる賞賛の書き込みがあったりする。これは何かと言えば、

私はあなたを褒めてあげたのだから、あなたも私を褒めてくださいよ

暗にそう言っているように思える。

スピリチュアリズムが広がることは望むべきことなのだが、こんな現象が起きているようでは全く意味がない。

「あの世はあるよ、人間は生まれ変われるんだよ」と言われたら、虐められている子どもが自殺して人生をやり直そうと考えても不思議ではない。また「全ては自分の責任なんだ、悪いのは自分だ」ということになれば、地上に悪人は存在しなくなる。

「スピリチュアル」というのは、実は諸刃の剣なのだと思う。

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2007年4月30日 (月)

スピリチュアルにハマる人、ハマらない人

スピリチュアルにハマる人、ハマらない人
スピリチュアルにハマる人、ハマらない人 香山 リカ

幻冬舎 2006-11
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おすすめ平均 star
star なかなか面白いです。
starスピ論争のために
starスピリチュアルをきちんと定義してからの方が良かった

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香山リカという人は筑紫哲也、佐高信あたりと並んで座っているのが自然な人物で、「プチナショナリズム」などという陳腐な言葉を持ち出したりして、滑稽にも思える人物である。

とはいえ、と言うべきか、それゆえに、とも言えるか?

この本は随分頷いてしまった部分の方が圧倒的に多かった。ただし間の抜けた箇所もあるので、それも含めて少し書く。

まず、「スピリチュアリスト」という言葉を出しているが、彼女はスピリチュアリズムの何たるかを全く理解していない。

(引用1)
>ここで明らかなのは、霊と交信することじたいが、スピリチュアリズムの目的ではないということだ。あく
>まで、それを用いて、いまの自分について考える。しかも、自分が「なぜ生まれたのか」「生きている意
>味は何か」「本当の幸福を得るためにはどうすればいいのか」といったことについて考える。それがスピ
>リチュアルの目的だ。

不足しているものもあげればキリがないが、悪くない。

ところがここに続く結論は

(引用2)
>つまりそこにあるのは、一見、哲学的な思想のようだが、実は圧倒的な自分中心主義であり、しかも
>「現世」中心主義なのだ。

ずるっ!!

何も調べずに書いていることを露呈するような文章である。

さてここで香山氏が参考にしているスピリチュアルな本を紹介してみる。

わかった!運がよくなるコツ―ウソだと思ったら、ためしてみよう

わかった!運がよくなるコツ―ウソだと思ったら、ためしてみよう 浅見 帆帆子

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star読みやすくていいと思います
star更なる期待を胸にして

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このあたりは読んだこともないが、今は手に取る気にすらならない。買うなんて金の無駄。それ以上に紙の無駄ではないかと思う。

次を。

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star真理を真摯に追求した中にも、飯田先生の謙虚さ、暖かさが伝わる本。最高です。

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これらは個人的には「アリ」だと思っている。こう一口に「スピリチュアル」と言ってみても、恐ろしくレベルが違うと言える。勿論これは香山氏も承知して書いている。

そして次の3章で江原氏に切り込んで行くのだが、僕がこの本で「なるほど」と思った部分とは関係ないので飛ばす。

じゃ、また次回。

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2007年3月26日 (月)

「学び」とは学ぶために学ぶこと

武田鉄也氏の番組でまたまた大変興味深い事を言っておられた。あえて起こしてみる。
(材料は内田樹氏の著書「下流志向」)
***************************************************************************************
小学生が学校で先生に尋ねた。
「先生、勉強して何かいいことあるんですか?」
この問いに対し、何か上手く答えられる教師がいたら、その先生は教師失格である。この「勉強してなにかいいことあるのですか?」という問いそのものが問いとして間違っているからである。従ってこれに答えると、その間違いに答えることになってしまうからである。よっていかなる答えも間違いになるわけである。

この「先生、勉強して何かいいことあるんですか?」という問いは「等価交換」の思想である。私は月謝を払う。先生は勉強を教える。つまり勉強がお金と同じ意味を持っていないと交換は成立しない。

しかし、勉強というものはそういうものではない。

なぜか?

勉強することによって変わる「自分」を今、換算出来ないからである。

ある子供が言った
「先生、ひらがな覚えて何かいいことあるんですか?」
こう問いかける子供に対して、ひらがなを覚えることの役に立ち方を今その場で教える事が出来るとすればその教師は間違っている。

なぜか?

その問いを発したその子供自身が、ひらがなを覚える事によってどう変化するか想定できていないからである。

「学び」というのは学ぶ事によって、その人自身が変化することである。変化してしまう以上、「学んで何かいいことがあるか?」と問う人はいなくなるのである。小学校から大学まで行くのにはじめにお金を全部払って、「学問ちょうだい!」ではないのである。

中学校や高校で取りこぼした授業、聞いていなかった授業にふっと疑問が湧いてカッコ付きで抱き続けていた「問い」、国語の先生が言った
「生きるとはどういう意味があるんだろうね?」
というカッコをあるとき取り出す。そこまで来ないと学んだ事の等価交換は確認できないのである。

学びとは学びの連続であって、止まって学び自体を「これだけ持っています」と言った段階で最早学びでは無くなってしまうのである。学びとは「学ぶ」という運動を覚える事なのである。

つまり教育は絶対に等価交換ではないのである。
**************************************************************************************
さすがは哲学者内田樹氏である。しかしそれを説明するにはそれをしっかり消化しなくては人に説明できないものだが、やってのける武田鉄也氏もさすがである。

>学びとは学びの連続であって、止まって学び自体を「これだけ持っています」と言った段階で最早学びでは無くなってしまうのである。

今まであまり意識もしてこなかったが、ブログで「スピリチュアリズム考えてまーす」という割に、スピリチュアリズムでの様々な命題について真面目に書いた記事というのは数えるほどしかないが、そこには少しはこういう部分があったのかもな、とも思う。

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2007年2月21日 (水)

世のスピリチュアルってやつ

スピリチュアル、スピリチュアル、猫も杓子もスピリチュアル。
愛も感謝も必要だけど、なんか違うぞスピリチュアル。

ネットを見ていても「スピリチュアル云々・・・」と宣っておられる御仁より「ここが変だよスピリチュアル」って言っている人の方に共感してしまう部分が実は多い(笑)。

なぜか?

それは彼らが自分で考えているからだ。

「死後の世界はあるのか?」
「肉体が消滅すればそれまでではないのか?」
「背後霊・守護霊なんていうものはいるのか?」

事実は霊訓に書いてある通りかもしれない。しかし身も蓋もない言い方をすればそれはただの

「カンニング」

でしかない。しかし疑問を持つ人々は自分で考えて現在の意見を持っている。はっきり言って、何が正しい事実がどうであるかはどうでもいい。

もし自分が「死後の世界の存在を信じるか?」と聞かれれば「Yes」と答える。

なぜか?

それは自分の存在そのものがあまりに唐突だからである。要するに気が付くと存在していたというわけだ。それがとても不自然に思えるからだ。

「なぜ戦争中に生まれなかったのか?なぜ幕末でないのか?なぜ江戸時代でないのか?なぜ戦国時代でないのか?なぜ縄文時代でないのか?はたまたなぜ日本なのか?なぜアフリカでないのか?」

つまり、なぜ今なのか?という、こんなどーしょーもない疑問を持ってしまうと、誰も答えられないと知りながら悩んでしまう。

そこで結論。

「死後の世界はある。なぜならそうでないとおかしいから」

どう見ても説得力ゼロである。しかしやはりそうでないとおかしいのである。
                                                                    ・
                                                                    ・
                                                                    ・

シルバーバーチらがもたらした「スピリチュアリズム」(厳密にはこの言い方は正確ではないが)どういうわけか彼らを崇拝する人は多い。「尊敬」はいい「敬愛」もいい。しかし「崇拝」は変だ。

今日はサッカーのオリンピック予選の壮行試合をやっていたので見ていた。(TBSというクレイジー放送局だが仕方がない)

サッカーに限らないが、スポーツにはルールがある。当たり前だ。ルールを破ればそれに対するペナルティという更なるルールがある。その一定のルールの中で選手はプレーをする。

審判はそのプレーがルールに照らして正しいか間違っているかを常に監視している。そのジャッジは常に「公平で公正」でなくてはならない。そういう審判に裁かれる試合は荒れない。選手もその審判を信頼してプレーをする。そのようなジャッジを下す審判を選手は「尊敬」する。しかし当然の事ながら「崇拝」はしない。選手が全力で向かうのは相手チームのゴールであり、その目的は勝利であり、相対するのは相手のプレーヤーである。目指すべき対象に「審判」がいるはずがない。

スピリチュアリズムもそれと同じはずなのだ。シルバーバーチに向かって生きるのは本来の生き方ではないと思われる。守護霊に祈っていればどうにかなるものでもない。その辺りから人間の社会生活がズレてくる。カルトと違って財産を献上しないだけまだマシかもしれないが。

一旦サッカーグラウンドに立ったならボールを追わなくてはならない。そして味方とパスを繰り返し、あるときはドリブルで切れ込んで、最後にシュートを決めて得点を取らなくてはならない。グラウンドの上でぼーっとして「味方が勝ちますように」と祈っていても意味はない。祈っていいのはグラウンドに立てない人間だけ。

スピリチュアルの疑問を呈する人の意見に対して、一応霊訓を読んだ人間として「それはこうらしいですよ」と言えないことはない。しかしそれ自体がただの受け売りでしかない。仮に臨死体験でもしていれば少しは納得させることも出来るかもしれないが、やはり個人的な体験でしかなく、普遍的な証明にはほど遠い。

「スピリチュアリズムではこうだ!!!」

そんなことを言うよりも、自分の理性で考えて自分なりの結論を出す「彼ら」の方がどう考えてもまっとうに思える。もう一度書くが、それが正解でなくてもいい。

こういう事を書くとまるで自分が上から見下ろしているような感じがして、はなはだ気分が悪い。どうも堂々巡りをしているような気がする。

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2007年2月18日 (日)

幸福の王子

最近はファンクラブに入ろかな、というくらい傾倒している曽野綾子女史である。

今日はたまたま本屋で彼女が絶賛し、自ら翻訳した本があったので・・・衝動買いした。
以下はネタバレというかそのもの。流行りの映画などではないので(100年以上前に書かれたものだし)いいかなと思いながらも一応書いてみた。

幸福の王子 (オスカー・ワイルド(1854-1900)原作)

幸福の王子
幸福の王子 オスカー・ワイルド 建石 修志 曽野 綾子

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その町には「幸福の王子」と呼ばれる像が立っていた。金箔で覆われ、サファイアの瞳を持ち、ルビーを埋め込んだ剣を携えていた。
市民はその像としての王子を尊敬し、母親達は
「幸福の王子は泣いたりしないですよ。」
と子供を叱り、保護施設の子供達は
「王子はまるで天使のようだ。」
と憧れていた。

その町に1羽のつばめがやってきた。つばめは「幸福の王子」の足下で羽を休めることにした。すると雲もないのに雨粒が落ちてきた。迷惑そうなつばめがねぐらを変えようとして気が付いた。その滴は雨ではなく、「幸福の王子」の涙であった。

「あなたは誰なんですか?」
「私は『幸福の王子』だよ。」
「なぜ泣いているんですか?」
幸福の王子は生きている頃、苦労も悩みも悲しみも知らずに人生を終えた。美しいものに囲まれ、臣下たちは彼を「幸福の王子」と呼んだ。死んだあと、人々は彼をこういう所に置いた。おかげであらゆる醜さ、みじめさを見ることになった。心臓は鉛で出来ているとはいえ、涙を流さずにはいられなくなってしまったのだった。

王子はつばめに用を頼む。
「ずっと向こうにみすぼらしい家がある。そこには病気の男の子とその母親がお針子をして暮らしている。2人にこのルビーを持っていってやってほしい。私の足は台座とくっついて動けないんだよ。」
つばめは群に戻り、エジプトまで行くのが目的だった。また子供から石を投げつけられた経験もありその申し出を受けるのを渋ったが、仕方なくお使いに行くことにした。

つばめはルビーをくわえ飛んだ。その家に入りルビーを机に置き、翼で子供の額を仰いでやった。子供は心地よさそうに眠りについた。つばめは「幸福の王子」のもとに帰った。
「不思議なことに、こんなに寒いのに、暖かい感じがするんですよ。」
「それは君が、いいことをしたからだよ」

さあ、エジプトへ向かうぞ。と意気込むつばめに「幸福の王子」は言う。
「もう一晩この町にいてくれないか」
つばめは仲間が待っていること、エジプトは素晴らしいところであることを説明し出発しようとする。
「かわいいつばめ君、実は1人の若者がいるんだ。彼は芝居を書いているのだが、貧乏で空腹で暖をとることも出来ないほど貧乏なんだ。」
「分かりました。もう一晩お付き合いしましょう。またルビーを持っていけばいいですか」「いや、ルビーはもう無いんだ。だから私の目のサファイアを持っていって欲しい。」
つばめは泣く泣くサファイアをえぐり出し、若者の元へ運んだ。

さあ、今度こそエジプトへ行くぞ。しかし「幸福の王子」はまた引き留める。
「かわいいつばめ君、もう一晩一緒にいてくれないか」
つばめはまた王子の言うとおりにしてしまう。
「下の広場にマッチ売りの娘がいるんだ。この子はマッチを溝に落として全部だめにしてしまった。もしお金を家に持っていかなければ父親に殴られるんだ。靴下も手袋もないこの子にもう一つ残ったサファイアの目をやってくれないか。そうすれば殴られなくても済むんだ」
「そんなことをしたらあなたは何も見えなくなるじゃないですか。」
「私の言うとおりにしてほしい」
つばめはもう一つの目をえぐりだしマッチ売りの娘の手の中に宝石を落とした。

「幸福の王子」のもとへ戻ったつばめは
「あなたはもう何も見えない。だから私はあなたといっしょに、ずっとここにいます」
「それはいけない。君はもうエジプトへいきたまえ」
「私はずっとそばにいますよ」
次の日はつばめは今までの旅で見てきた事を話した。しかし「幸福の王子」は言う。
「つばめ君、この世で最もすばらしいのは、人々の悲しみなんだよ。みじめさにまさる神秘は無いんだ。どうかこの町を飛び回り、見たことを話して欲しい」

つばめは金持ちがいながら、乞食もいることを見、「幸福の王子」に報告する。
「私は立派な金箔で覆われている。これを1枚ずつはがして、貧しい人たちにやってくれないか。
生きている人たちは、いつでも黄金があれば幸せになれると思っているんだ」
(このセリフは意味深である)
つばめは1枚 また1枚と金箔を剥ぎ取ったのでついには「幸福の王子」は見栄えのしない灰色の姿になってしまった。かわりに町には笑い声が絶えなくなった。

冬がやってきた。つばめは体が冷えても「幸福の王子」のもとを離れなかった。しかしとうとう死ぬときが来た。
「死というのは、眠りの兄弟ですよね。」
つばめは王子の唇にキスをすると、足下に落ちて死んだ。その瞬間、「幸福の王子」の鉛の心臓はぱちっと2つに割れた。

翌朝市長が像を見上げて言った。
「何て事だ、『幸福の王子』は何てみすぼらしく見えるんだ。乞食よりましな程度じゃないか。まして足下には鳥が死んでいる。市としては鳥はこの町で死んではならん、という布告を出さねばならんな」

人々は「幸福の王子」の像を引き倒し、新たな像を建てる事を検討し出した。
「幸福の王子」の像は溶鉱炉で溶かされた。しかし2つに割れた鉛の心臓だけはどうしても溶けなかった。そこで人々は心臓をゴミと一緒に捨ててしまった。

神が天使の1人に言った。
「この町で、一番尊いものを二つ持ってきなさい。」
すると天使は神の所へ、割れた心臓とつばめの死骸を持ってきた。神は言った。
「お前はいいものを選んだ。私の天国の庭では、このつばめは永遠に歌い続けるだろうし、私の黄金の町で『幸福の王子』はずっと私と共にいるだろう」

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2007年1月19日 (金)

「生と死」言いっぱなし 

生と死というのは片方があるからもう一方があるわけで、片方だけでなりたつことは有り得ない。んなことは誰でもわかっているはずなのに、「死」について考える事をかわしながら過ごしているように見える。

死について真正面から考えるから、生というものが見えてくると思うんだが、出来るだけ「死」と距離を置きたいと思っていると「生」そのものが骨粗鬆症のようにどんどん空洞化しているような感じがする。

白虎隊を見ていて、親が子に「立派に死ね」と言う。
(テロ朝の割には随分突っ込んだ脚本で感心した)
そのセリフはその背景にあるものをきちんと理解しなければ、狂気の発言でしかない。
「死んでもすべき何かがあるから、そのときのために命を粗末にするな」というのは矛盾しているはずなのに納得している。

自分のイメージでは、「生」の自分が、ある山を登っている。同時にその山の反対側から「死」の自分が登ってきている、というものがある。
「生」と「死」が同じ高さを維持しながら、登り続けている。すると互いに向上し、そして接近する。頂上を極めたとき互いの顔を見ることが出来る。それがシルバーコードが切れる瞬間、つまり肉体的な「死」となる。そんなふうに感じる。

「死」から離れようとすることは、つまり近づかないことに他ならない。山を登らなければ近づくこともない。ということは何の向上もない。

「死」は忌むべきもの、忌避すべきもの。見たくないし、接したくない、まして自分の身に起ころうものなら発狂しかねない。(死んだら発狂どころじゃないが)そんな風潮ですわな。

動乱の時代は常に「死」がすぐそばにあったはずである。だからそういう人々は考え続けたと思う。

自分は死ぬのか?
それまでに何かができるのか?
ではそれは何か?
何のために生まれてきたのか?
その「死」に意味はあるのか?

そういう人間だけに許される発言がある。

「命を大切にしろ」

日々の生活に何不自由ない人間が発しても、何の説得力もない。でもしなくてはならない、というのが説明しきれん。

ガラでもない事を書いてしまった。

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2006年12月29日 (金)

プレアデス バ覚醒への道2

プレアデス 覚醒への道、読み終わりました。

多少の偏見はあったにせよ、何か新しいものがあるのではないか?という期待も実はあり、できるだけニュートラルな気持ちで読もうとしました。

しかし、

何もありませんでした。

何の感動もなく、何一つ魂を揺さぶられるようなフレーズもありませんでした。

というだけではいかんので少し書く。

読み終わって感じたのは、人類の人間性への暖かいまなざしの無さというか、人間性への深い洞察といった類のものは感じられなかった。

このブログはシルバーバーチマンセーブログではないので、シルバーバーチマンセーブログなのでそちらを贔屓してしまうが、シルバーバーチは人類社会がどーしょーもないと認めながら、人間を侮辱するようなことは言っていない。

この本を読みながら途中からは、「ワーク」だの「チェンバー」だのわけのわからんマニュアルがどえらいことあったのでその辺は斜め読みした。なのでどのチェンバーとどのチェンバーがどう違うのかは、知らん。ただここで感じたのは、スピリチュアリズムを人間社会でいうところの「人格形成のための教育」だとすると、これは「受験をパスするためのテクニック」のようだということ。

話は変わって、師が弟子を指導する場合、ほとんどの場合手取り足取り口出しながら教える。ま、どこでもそんなもんだと思うが、僕が考える指導としては、師はただやってみせる、見せるつもりがなさそうなフリして見せる。その中で弟子は自分で考えてまるで自分独自でその技術を体得したかのように「錯覚」させて教える指導が極上だと思ってる。(もちろんこれは師と弟子双方に素質がないと無理だろうが。)それを見て師は

「分かったみたいだね。」

と一言言う。

そして言葉で説明するのは「その」後なのだ。体得するから説明が分かる、という一見矛盾した形になる。

以前の「マネジメント革命」にも載っている内容と同じ事だが、剣道の構え方や打ち方、ゴルフのスイングなど型のあるスポーツは特にそうだと思う。言葉に出しすぎなんだな。1つの言葉に縛られてそこに意識を集中させるため、その他の部分がガタガタになるのはよくあること。

人間の成長についても同じだと思う。人間誰しも背後霊はいる。その人たちは担当する人間に常に働きかけているはずである。しかしこちらはそんなことは肉眼では見えないし、心で思ってもそれは自分の意志であるとしか思えない。でもやっぱりバックで動いているわけである。

「スピリチュアリズムを広めましょう」と簡単に言うが、これは街頭にたって

「あの世はあります。神はいます。人間は霊です。」などと叫ぶことではなくて、摂理に即した生活をしていれば、知らしめる相手に出会うからその人に伝えよう。ということだと思う。したがって実は何も言わなくてもいいということになる。

そこへもってきてプレアデス星人。頼まれもしないのに5200年または2万6000年ごとに人類進化のサイクルの終わりに地球の世話を焼きに来てくれているそうです。おかげさまで地球には地球の霊団があるので横レスしてくれなくても、かれらはずーーーーっと地球を見てくれているはずなのだ。だから思い出したころにひょこんとやってきて、

「おれらが教えたるわい。」

といわれても「知ったこっちゃねー」のである。

また、スピリチュアリズムが説くのは
「ルールがある。」
ということで、悲しいことに「君だけ特別扱いしてあげる」というジョーカーは存在しない、と言っているわけである。

ところがプレアデス星人は

「14万4000人の『選ばれた者たち』」という言い方で選民意識をくすぐる。世界で10人とか言われれば自分じゃないと思う人もこれだけの人数なら「自分かも」と思うかもしれない。

この本、半分は「癒し方」とか「ハイアーセルフとの繋がり方」なので思ったより突っ込みようが無い。僕はヒーリングも背後霊も神も霊界も他の惑星の生命体もオーラもカルマも全部OKなのだが、だからといって完璧に説明できるわけでもないから。よってプレアデスに難癖つけるのはこれで終わり。少々お疲れ。

最後に1箇所突っ込んでおく。

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P357

私が子供のころ、よく母親は「あの人は恥というものを知らないのかしら」とか「あなたは恥ずかしくないの?」と言いながら、羞恥心というものがあたかも美徳であって善人か悪人かを判別する基準であるかのように話していたものです。そこで羞恥心がないと判断された人々は母にとってはつねに「悪人」であり、避けるべき人でした。私は人々がお互いに批判的で差別的な見方で裁きあうのを目撃するたび、いつも暗い気持ちに襲われましたが、悲しいことに自分の母親が美徳の名のもとに彼女自身の羞恥心に絶望的なまでにとらわれていたのです。

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親が子供にしていいことと悪いことを教えるのは当たり前の躾だ。それは子供が社会に出て恥をかいたり、人に迷惑をかけないようにという親の愛情である。また批判の何がいけないのか、批判のための批判は無意味だが、本当に批判すべきものはしなくてはならないはずである。

(ミサイル飛んできてんだぞ!「北朝鮮にも核武装をする権利はある」という日本人がいることを日本人は知っておきましょう。)

絶望的なのはあなた自身であり、あなたの母はまともな人物でしょう。

プレアデスはもういいので、次は「神との対話」でもやるか。

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2006年12月27日 (水)

プレアデス バ覚醒への道1

「アセンションプリーズ」
「アセンションプリーズ」
「当機はただ今ハイアーセルフとつながり、カーの経路を開き光の使者と接触いたします。」

今日から「プレアデス覚醒への道」を読み始めました。まだ数十ページしか読んでいませんが、なかなかオモロイ。当方はスピリチュアリズムに重心を置いていますので、その観点から物を見ます。個人的に受けた箇所を暫く書こうかと思います。

とりあえず、4章から「らー」が語り始めるのでそこから。
**************************************************************************************
P69
2013年、宇宙の巨大な螺旋における銀河系の次なる円環と、地球の新たな2万6000年のサイクルが同時に始まります。その時、次のような変動が起こるでしょう。
①地球の極移動による、地球と太陽の位置の変化。
②同じように太陽の極移動による、太陽とプレアデスとの位置関係の変化。
③プレアデスが螺旋のひとめぐりを終えたことによる、プレアデス星系とオリオンとの位置関係の変化。
④、⑤、⑥まで、だらだらだら。
**************************************************************************************
あと7年くらいで地球の極が移動するんだって。
まずどのくらい移動するのか移動量を述べよ。
この「移動」という言葉もおかしい。公転面に対する地軸の傾斜角度が変わるというのならまだ分からなくもない。とりあえず移動するとしよう。それも大幅に。北極・南極の気温は上がる。それまで暖かかったところ、暑かったところは冷えてくる。まあ今の文明は崩壊するな。赤道が変わるんだから。
また地球と太陽の位置関係の変化というのもおかしい。極が移動するとなぜ太陽との距離が変わるのか?それって地球自身の問題ではないのか。文のつながりが変。その間には当然公転軌道を変える力が必要。その前に極を移動させる力って何よ?
さらに書くと、太陽との距離が変わっても地球人類は吹っ飛ぶと思う。

次、太陽の極って何?黒点が活発に活動する時期には地球でも何かある、っていう説は聞いたことがあるけどよく知らない。恒星って3Dで光と熱を360°放射しているわけだが、極というものがあるの?

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P70
あなた方の惑星はいわゆる「地球の変動」を起こしながら、精神的・物理的な浄化作用を体験するでしょう。
P71
あなた方の多くは、地球がフォトン・ベルトの中に進入するにつれて、すでに個人的な成長と浄化のプロセスが加速されるのを体験しているはずです。
**************************************************************************************
浄化作用を具体的に述べよ。

要するに災害が起きるということかね?そうすると浄化されるの?
人間個人の努力っていらねーということでしょうか。フォトン・ベルトに入れば善人もあほも同じように成長と浄化が可能なら、今のうちに酒池肉林を目指してもよいのでは?個人個人とは書いてないね。惑星全体と書いているよな。ってことはその星の人間も全部だよね。

まあ、だいたいやねえ、なんでそんなに人(星)任せなの?

このペースでいくと1年たっても終わりそうにない気がする。

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2006年12月24日 (日)

マネジメント革命

マネジメント革命 「燃える集団」を実現する「長老型」のススメ
マネジメント革命 「燃える集団」を実現する「長老型」のススメ 天外 伺朗

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『人という存在は、おそらく意識の成長・進化を遂げることが、人生最大の課題となるように生まれついているのであろう。そのため、本人はほとんど気づくことはないが、誰しもがその方向に歩もうとする、強烈な動因を秘めている。』

著者は瞑想等の著書もあり、ニューエイジという範疇を知っているので、もしかするとスピリチュアリズムについても理解しておられるかもしれない。

そのあとはこう続く

『それと同時に、おかしな話だが、その歩みに強烈なブレーキをかけている、というのが真実の姿だ。なぜかというと、その方向性に、人は死の恐怖を感じるからだ。』

この本は実は企業の経営学についての話なのだが、そのための個人の成長というものに重点が置かれている。そしてそれは社会の進化とも密接に関係があるとしている。著者の分類を以下に示す。

①名称 ②キャッチ・コピー ③社会の目的 ④社会の規範 ⑤中心となる意識のレベル ⑥特徴

A ①中世社会
    ②宗教社会
  ③宗教的秩序の維持
  ④宗教的神秘主義
  ⑤中期自我
  ⑥宗教による抑圧、専制的支配体制、交易や宗教の場に人口集中、農民的おおらかさ、変化が少ない、   保守的傾向

B ①近代文明社会
  ②競争社会
  ③経済・産業の成長・発展
  ④科学的合理主義
  ⑤後期自我
  ⑥信教の自由、民主主義、都市に人口集中、社会の活力は高い、激しい競争、争いが多い、エゴの暴走、 富と名誉の追求、ストレスが強い、人々は消耗、病気犯罪が多い、多数派による抑圧、社会生活が中心、左脳ビジネス、法律が複雑、投機的貨幣経済

C ①成熟した社会 
  ②平和でみんな元気な社会
  ③個人の意識の成長・進化
  ④形而上的価値観
  ⑤成熟した自我
  ⑥宗教の変容、深層民主主義、都市と田舎がバランス、経済成長は低くなる、調和と許容が中心、紛争の減少、エゴの低下、多様性が許容される、装わない人々、人々はリラックス、人々の活力は高い、犯罪・病気は減る、ホロトロピックセンターが社会のへそになる、社会生活と精神活動のバランス、右脳ビジネス、長老の存在、地域通貨の発展

D ①実存的社会
  ②至福の社会
  ③全体性と調和
  ④内なる至福感
  ⑤ケンタウロス(身体から分離した自我を超越した最初のレベル)
  ⑥宗教は死滅、ミニマムな政治、都市の過疎化、国家の希薄化、経済の衰退、内なる喜び、紛争が激減、至福の人々、病気・犯罪の激減、病院が消える、精神活動中心、自然農法による自給自足、法律がミニマムになる、レジャー産業が衰退、地球のエネルギー循環にそった文明

E ①超越的社会
  ②空の世界
  ③なし
  ④なし
  ⑤アートマン(注:ブラフマンとお友達だか同じ人だか。よくわからんけど、要するにすげー奴、)
  ⑥国家の消滅、大いなる調和、大いなる至福、法律裁判制度が消える

人が書いたものをそのまま書いているだけなのだが、随分偉くなったように錯覚するじゃああん。
、、、、、_| ̄|○ 

さて、このように社会の移り変わりのステップアップを示している。これを見ていくと、社会は勝手に進化するのではなく、個人の意識が向上し、そのような人々が多くなることによって社会構造そのものが変わっていく。ということなのである。
シルバーバーチは「人生の目的は魂の成長である」と言うし、「いずれは地上天国が出現する」とも言っている。結局そういうことなんだろうな。

そして、現在の日本は Bの近代文明社会であり、Cの成熟した社会へ移行しようとしていると思われる。一方で中国・北朝鮮はどうか?ひいきめに見てもAか、AからBへの途中でしょうな。

んで、また悪い癖が出てしまって申し訳ないのだけど、

平和憲法を世界遺産に!とまで叫ぶ護憲派の意見と照らし合わせてみると、

DかEということになる。

だからダメなの。

人間も社会も国家も一段一段階段を登るように進化していかないと、それは本物ではないのである。上っ面だけメッキをしたようなことをしても、あっという間に崩れさるだろう。百歩譲って現在の日本がD、Eの状態にあったとしても日本の回りが全く着いてこれていない現状である。そのためには彼らの最悪の選択肢を考慮した対策をとるのは当然のことである。
大切なのは、とにかく戦闘をできない仕組みを作ることではなくて、たとえ外交がこじれても「戦争」という選択肢が湧いてこないだけの意識の向上であるはずなのだ。そしてそれが出来ていない以上、我が身を守る努力をするのもまた当然である。

憲法九条があって喜ぶのは中国、北朝鮮である。日本には領土的野心などないこと、武力行使などしないことは、日本人よりも向こう様の方がよほど分かっている。だから奴らは無茶苦茶なことを平気で言う。

そんなわけで、これは会社経営についての本です。

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2006年12月 7日 (木)

南直哉というお坊さん

昨夜「ニュースの深層」を見ていると、宮崎哲弥氏の番組に南直哉というお坊さんが出ておられた。いや、面白かった。

宮崎氏も仏教には相当造詣が深いらしいが、現代のいじめ問題からライブドア問題まで様々なテーマについての1時間の番組だった。気が向いたらその内容を書くかもしれないが、ここではその後ネットで調べたらなんと、内田樹氏との対談があったのでコピペ。

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内田 武道でも「師を見るな、師の求めるものを見よ」と言います。師を見る人は、必ず師からの「見返り」を求めてしまう。自分はこれだけ師に仕えた。ならば師は私に何を与えてくれるのかという等価交換の関係に落ちこんでしまう。
 その構造は宗教にもありますね。これだけ帰依したのだからこれだけ救済して欲しいという。
内田 戦後のフランスユダヤ人社会は信仰の危機に陥っていた。ホロコーストであれだけ多くのユダヤ人が犠牲になったのですから「なぜ神は我々を見捨てるのか」という声が出てくるのは当然です。そのとき『困難な自由』の中でレヴィナスは「君たちは、自分たちが信じた神が自分たちを救ってくれなかったというだけで、神を信じることをやめてしまうのか」ときびしく叱責する。「君たちの信じる神というのは、人間が善行を積めば報奨を与え、悪行をなせば罰を下す、そんな幼稚な神なのか? 人間が人間に対してなした不正をただすのは神の仕事ではなく人間の仕事ではないのか?」と正統教義の立場から問い詰める。
 きつい話ですなあ。
内田 神の助力を求めずに受難を引き受け、地上に正義を築くことのできる義人が存在しうるという事態そのものが、神の存在を証明しているという屈折したロジックを使ってユダヤ人たちを説得しているんです。
 修行していた永平寺でも似たようなことを言われました。「これだけ努力したのだから、これだけのことが返ってくるはずだと思ってはいけない。それは世間のことで、取引である。その考え方から自由にならない限り修行の意味は永遠にわからない」と。
***************************************************************************************
でさ、レヴィナスって誰?  (TヘTo)

>神の助力を求めずに受難を引き受け、地上に正義を築くことのできる義人が存在しうるという事態そのものが、神の存在を証明している

>これだけ努力したのだから、これだけのことが返ってくるはずだと思ってはいけない。それは世間のことで、取引である。その考え方から自由にならない限り修行の意味は永遠にわからない

まあ、同じ仏教を志す者とはいえ、創価学会とは全く相容れないでしょうな。

あっ創価学会は仏教じゃないか?

モーゼスにしても、シルバーバーチにしても「霊訓」を暗記しても意味は無い。まして神に賄賂を送って天国へ行こうなどと思う人々のあさましさよ。

もう一つ面白かった所を転載。
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内田 武道は「弓馬の道」と言いますでしょう。刀槍の技術はすべて弓と馬の間にある。的は動かないし、襲っても来ない。うまく的に当たらないとしたら、それは敵が外部にいて妨害しているからではない。
 敵は内側にいる。
内田 そうです。自分自身の身体を完全に統御しようという欲が自分自身の身体統御を妨げている。
 的を受け入れない限り、絶対に当たらないわけですな。
内田 的と射手が別のものである限り限界があります。同じように馬も敵ではない。それを統御できればパフォーマンスは劇的に向上する。的や馬を相手にしているときは「味方と敵」というスキームはもう成り立たないんです。「人間ならざるもの」とのバランス形成を通じて因習的な自我―他者の図式を解体すること、それが武道に求められているものだと思います。

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>敵は内側にいる。

北にもいるけど。

南 直哉『老師と少年』刊行記念対談

内田 樹の研究室

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2006年11月24日 (金)

人間 この神秘なるもの2

いきなり引用開始
*****************************************************************************************
たとえば、生物の進化は弱肉強食であると考えるのが一般的ですよね。つまり、強いものが弱いものを食べて生き残ってきた。環境に適応したものが生き残ってきたというわけです。ところが、どうもそれだけではないという説が出ているのです。
                    (中略)
最近はコンピューターが発達してシミュレーションできるようになったんですね。それで、こんな実験をやっている。
 まず二つの集団をつくる。一つは非常に利己的で、何でも自分のところに取り入れて、もらったものは全部自分のものにする。それからもう一つの集団はちゃんと適当に他の人に与える。こういう二つの集団をつくって、どちらが長く生き延びるかという実験をやったんです。
 そうすると、利己的な集団はある程度長生きする。ところが、残った者同士が「俺が俺が」で喧嘩し出して、結局共倒れになってしまう。実験結果から見ると、もらうものはもらうけれども、それをちゃんとお返ししている集団のほうが長生きする。そういう結論になっている。
                    (中略)
 私は人間の体の設計図はサムシング・グレートが書いたと思っているけれど、サムシング・グレートは心の設計図までは書いていないと思うのです。心だけは自由に使えと言っているように思うのです。
*****************************************************************************************
よく似た事を仰る。

>心だけは自由に使えと言っている
これもまたドキリとさせられる。

サムシング・グレートと呼んで、「神」といわないところがいい。そこが科学の最先端であり、「神」と言ってしまうとギリギリのところでクルリと宗教的な方向にひっくり返るような気がする。

>利己的な集団はある程度長生きする。
>ちゃんとお返ししている集団のほうが長生きする。

利己的な集団、利他的な集団、大きくなれば「国」という規模になる。繁栄している国と崩壊した国、青息吐息の国。その歴史を見てみると、何となくそんな気もする。

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2006年11月22日 (水)

人間 この神秘なるもの

とても興味深い本を読んだ。

「人間 この神秘なるもの」

タイトルも気になったが、それ以上に著者に惹かれた。

村上和雄・濤川栄太

何じゃーそのコンビは?!(^―^) というわけで少し説明をば。

村上和雄:筑波大学名誉教授。遺伝子の研究に取り組み、高血圧の原因である「レニン」という酵素の遺伝子解読に成功し、世界的に脚光を浴びる。つまり、相当イケてる科学者の一人である。サムシング・グレートを連発するが、何よりあんたがグレイト。

濤川栄太:「朝まで生テレビ」に出演したりするコメンテーター。新・松下村塾の塾長。ぶっちゃけ右よりの論客。「新しい歴史教科書をつくる会」発足当初、会長西尾幹二氏に次ぐ副会長。今は脱退したはず。 3年間に10もの大病を患いながらその全てを克服し、奇跡のような復活劇を演じた。このとんでもない症例のおかげで最先端医学の研究者は悩まされ続けるハメに陥る(?)。いわば現代の超人。

この二人のどこに接点があるんだ? って思ってしまったもんだから、買ってしまった。

思ったより字が大きく1日で読めた。でも内容はいいねえ。お互いに全く違う角度から同じ物を見ようとしている。方や科学的に、方や思想・哲学から。でもどこかに共通の響きが感じられる。

さて気になる所を拾ってみる。以下引用
*****************************************************************************************
濤川「宮沢賢治は『世界全体が幸福にならないかぎりは、個人の幸福はありえない』と言っています。一人でも不幸な人がこの世にいたら、私の幸福はない。これは村上先生の科学的な論拠とやはり通じるものがありますね。つまり『利他主義』ですね。
 それから『無私』。私より大事なものに公(おおやけ)がある。それから他人というものがあるはずです。私は『人間は自分のために生きなければ生きられないが、他人のために生きる意志のない者は決して幸福になれない』という言葉を自分の座右の銘にしています。」
*****************************************************************************************
いいね、いいね、いいね。

シルバーバーチを読もうが読むまいが、「そこ」へ到達する人は到達するんだな、と少し寂しくなったのだった。(読んでいらっしゃるかどうかは知らないけど)

面白かったので、あと何回か書く予定。

人間この神秘なるもの―遺伝子は無限の可能性を秘めている
人間この神秘なるもの―遺伝子は無限の可能性を秘めている 村上 和雄 涛川 栄太


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2006年10月25日 (水)

キリスト教徒との議論

以前中国人の友人の知る画家の話を書いた。

この友人は敬虔なクリスチャンである。今までは日本に住んでいたので問題は無かったが、今年から中国へ戻っている。そんな友人は今もイエス・キリストに祈っている。
「中国ではマズイでしょ。警察にとっつかまるんじゃないの。」
「牧師さんがいると危険。でも私たちはただのグループだから大丈夫。」
そう、中国ではキリスト教が弾圧されている。でも仏教は問題ないらしい。このあたりはいまいちよくわからん。

この友人とは「神」について何度か議論した。別にお互いゴリ押しするわけではない。でも僕には納得できないことが多い。僕自身聖書を読み切ったわけではないので色々聞いてみる。

「キリスト教にとって死後の世界はどう教えていますか?」
「良い行いをすれば救われ、悪い事をすれば地獄へ行く。」
「生まれ変わるという事は無いんですか?」
「無いね。人生は1度きり。だから頑張って生きなきゃいけない。」
一理ある。
「では失敗したらもうやり直しはきかないわけですね。」
「そうなるね。」
「では裕福な家に生まれるのと貧しい家に生まれる事、美男美女に生まれるのとそれなりに生まれる事、頭脳明晰に生まれるのとそうでないなど、天寿を全うする人もいれば病気や事故で若くして亡くなる人もいるでしょう。こういう違いはなぜ発生するのですか?貧しくて切羽詰まって物を盗むこともあるでしょう。それは勿論悪いことですが、金持ちであればしなかった盗みということもあり得るでしょう?」
「・・・・・・・・」

「人間には原罪というものがある。アダムとイヴが食べた禁断の実のこと。それが子孫である全ての人類が背負っているんだ」
この辺までくると、いい加減にせいよ、と言いたくなる(笑)。
「僕はアダムもイヴも知らない。そんなやつらの罪を背負うのはごめんだ」

「病気の人でもイエス様を信じれば救われるの。」
「信じなきゃ救われないの?」
「そう」
「じゃあ、他の宗教を信じている人はどうなる?仏教やヒンズー教などを信じている人は永遠に救われないの?第一イエスが生まれて約2000年、そのずっと前から人類は存在している。それまでの人々はどうなってしまったの?」
「・・・・・・・・」

いくらおかしいと言っても聞かないんだよね。

でもいい人なんだ。同じクリスチャン(要するに『隠れキリシタン』だわな)仲間とともに中国で病気と闘う子供達を救おうという活動をしている。中国では社会保障なんてものはほとんど無い。病気になれば医療費は全額負担しなくてはならない。難病でも何でもないちょっとした手術、治療薬を処方すれば治ると分かっている病気でも医療費が払えなくて亡くなる子供達がとても多いのだそうだ。友人はその子供達の姿をビデオに撮って中国の現状を訴えているという。暫く中国を留守にしてまた病院を訪れると何人か亡くなっているのだそうだ。それが辛いと言っていた。

これ↓たぶん「やらせ」だと思うのだが、笑った。「生徒」も「先生」も「大正解」です。

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2006年10月 3日 (火)

そういう霊なら是非、私にも

中国人の友だちから聞いた話。

その友人の知人に女性画家がいる。その画家は絵の勉強など全くしたことが無かったのだそうだ。ところが突然、強烈に
「絵が描きたい」
と思ったという。それはインスピレーションなのか、そういう声が聞こえたのか、よく分からないらしい。

そこで絵画の道具を買いに行ったが、そこは全くの素人、店の人が呆れるほど無知でとりあえず水彩の道具を一通り揃えたのだが、今では油絵を描いている。

「これが凄い色彩!」

(そう言われてても口頭ではイメージ出来ないのが悲しいところ。)

この画家、パレットというものを使わないのだそうだ。筆を使うのか、ヘラみたいな物を使うのか、僕は絵画の知識がないのでよく分からないけど、基本的に色の調整というものをしないのだという。

さらに、人に
「今、何を描いているの?」
と聞かれても、「分からない」と言う。出来上がるまで本人も何を描いているのか不明というのだから笑ってしまう。

そうこうしているうちに、噂を聞いた上海の美術大学の教授が調査に来たそうだ。
「素人がこんな凄い絵が描けるわけがない。ましてパレットも使わずにだと?」
ってんで、鼻息荒く彼女の家へ押し掛けたそうな。
目の前で出来上がっていくその絵を見た教授、
「たとえ才能がある画家が一生かかっても到達出来ないレベルの絵画だ!」
手のひらを返したように大絶賛して帰ったという。

今では何人もの画商が押し掛けるらしい。ところが彼女は相手が気に入らないと、いくら金を積まれても売らないそうな。

明日から名古屋の愛知県芸術文化センターで書道、篆刻、絵画のグループ展覧会をやります。

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2006年9月28日 (木)

「肉食反対」その前に

以前書いた曾野綾子氏の「自分を曲げない勇気と信念のことば」より

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  ほんとうは肉を食べる生活を選ぶなら、鶏や豚くらい殺してみることは必要だ。
今、学校でそういうことを教える先生がいたら、すぐ父母の中には新聞社に投書して、動物を殺すような残酷なことをするような残酷なことをする先生がいて、生徒は傷ついています、などと文句を言うのだろう。しかし人間は、すべて自分の行動の責任を取らなければならない。肉を食べるなら、動物を殺している現実に目を向けることだ。米を食べるなら、稲作の苦労について考えることである。私も田圃を作ればいいのだけれど、それもできないから、庭で僅かな菜っ葉を栽培し、ジャムや漬物を自分で作っている。こういう基本の生きる姿を知らないところに、根無し草のような発想をする子供ができる。
**************************************************************************************

この本を読む限り、曾野綾子って人からはある種の「凄み」というものを感じる。

>ほんとうは肉を食べる生活を選ぶなら、鶏や豚くらい殺してみることは必要だ。

なかなか言えんと思う。

これは鶏肉、これは豚肉、これは牛肉、それが何なのか、人は皆分かっている。当初どういう形態をしていたかも知っている。

でも当初の形態から皿にのるまでの過程を完全にすっ飛ばしている。

知らないわけではなく、理解できないわけでもない。見て見ぬふりをしているわけである。嫌な仕事は人にさせておきながら、自分は虫も殺せないような顔をしている。この時点では肉食が良い悪いという話ではない。これはいわゆるコインの片面だけしか認識していないということになると思う。一応書くと自分は今でも肉は食べている。それをしない方がいいということも知識として知っている。しかし食べていながら、その裏側の認識が不足しているから「肉食反対」と声を大にして言えないのかもしれない。

したがって
「今食べているその肉がどうやって今の状態になったのか?」
ということから目をそらさず直視することで肉食が減るのだろうと思う。

まあこんなの見たら肉を食べる意欲を無くすけどね。(心臓の弱い人は見ない方がいいです)

映像がとらえた屠殺のシーン(食卓のお肉ができるまで)

歩けばアリも踏むし、ゴキブリ見つけりゃ容赦なく駆除するし、肉だけじゃなく魚も野菜を食べてもそれは「生きていた」わけだし、生きてることそれ自体が毎日何かを犠牲にしている。そういうことを意識しているか、いないかはとても重要だと思う。

ついでに書くと、シルバーバーチが
「肉食はあかんよ」
そう言っているから肉食はやめよう、ではただの「教義」だね。

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2006年9月22日 (金)

寺めぐり2

先日行ってきたもう一カ所のお寺、それが谷汲山華厳寺

2006091613120006_1 

参道が長い、長い。15分くらい歩いたんじゃなかろうか。

毎日毎日考える事は多い。くだらん事も理想もぐっちゃぐちゃ。煮詰まった時には神社や寺院をぶらりと歩いてみたくなる。















2006091613080005 するとまた、偶然なんだろうけどこんなのに遭遇する。

 「己を忘れ 他を利するは 慈悲の極みなり」

 「己を忘れ 他を利するは 自費の極みなり」
      (これは当たり前ですから)

















2006091613230008

2度目になればほとんど嫌みじゃないかと。






















2006091613150007

これはちょっと興味深かった

「三界萬霊」これ、よく知らなかったがさほど珍しい言葉でもないらしい。なかなか意味深。三界というからには「この世」と「あの世」、あと1つは何だ?いや「あの世」は天国と地獄ということかな。

原点に立ち返れば、普通の宗教は同じ事を言っているんだろうね。

どの世界でも基本は「霊」なんでしょう。

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2006年9月16日 (土)

寺めぐり1

今日は2カ所の寺へ行ってきた。

まず始めに行ったのは、両界山横蔵寺。ここは伝教大師が自作の薬師如来を祀った寺で、比叡山の薬師如来と同じ木から作ったといわれる。

宗派:天台宗
開山:伝教大師 延暦20年(801年)桓武天皇の勅願寺

2006091611510003_1 




















ここは美濃の正倉院と呼ばれる。仏像等も多く別の資料館に展示されているが、国指定重要文化財のため(?)撮影禁止。それだけならいいが、ご本尊の薬師如来は普段は拝むことができない。一応その知識はあったのだが、どの程度の期間か知らなかったので受付のばあちゃんに尋ねた。
「ああ、ご開帳ね。60年に1回やからね。この前は平成10年だから、暫くは無理やね。」

おい!!

ろ、60年だあああ? そんなにもったいつけんでもいいだろ。まったく ヽ(´~`;
ゆえにあと52年待つべし、とのこと。

さて見物は実はもう一つある。

なんとそれは、ミイラ

こちらは毎日その「ご尊顔」を拝することができる。「彼」は妙心上人といい、1781年に同地に生まれ、両親の死後17歳で出家し各地で修行したのち、山梨県の御正体山にて断食し入定した。その後明治天皇のご意向により故郷の横蔵へ帰り今に至る。全く人工の手を加えられず現存している。

こういう時の心境ってどんなもんなんだろう。初めはこの世を儚んで出家するのか、極楽を目指すのか、真理を求めるのか。またどこかの格式の高い寺の住職として一生を終えるのではなく、山で断食して絶命するのはどういうことなのか。さしあたり、この世的な名声などはどうでも良かったはず。他人に対して「こうあれ」と言っているわけでもなさそう。敢えて肉体を残置してそれ自体はもはや用をなさないと言いたかったのか。

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2006091611480001_2 




















流れる川は飛鳥川。伊勢神宮の五十鈴川を思い出した。

ところで、石垣は今作ろうとすると国土交通省の許可が下りないのだそうだ。「コンクリートで堅めなきゃダメ!」とのこと。

なんで?

石垣は計算そのものが出来ないため、安全性が保証出来ないかららしい。関東大震災でも皇居の石垣は崩れなかったのにね。たしかに根拠が示せないと困るけど、なんだか間抜けな感じもする。

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2006年9月 7日 (木)

おめでとうございます。

親王殿下ご誕生おめでとうございます。
よかったですね。本当に。なんか、日本人でよかったーと思えました。

紀子様も雅子様もずっと「お世継ぎ問題」に苦悩されていた事でしょう。ともかく今はほっとされているのではないかと思います。

皇室典範改正についてはこれで解決というわけではありませんが、「女系天皇容認」という意見の裏にある考えを持つ輩どもに対し、まずは待ったをかける事になったと思います。

・・・・・・・・・それにしても何かの「意志」が働いたようにも思えるのは、僕だけではないと思うんですけどね。

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2006年8月26日 (土)

復活・進境地

祝!ミュウさんのブログ「進境地」様、復活です。
HPの方も一部再開されています。
色々な場所を訪れて書かれるレポートはとても楽しいですよ。

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 かんぱーい!

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2006年8月11日 (金)

「オーラの泉」はどうなのか?

 先日、弟が僕の本棚を物色していた。
「この本貸して。」
と言うんで、「いーよ」と見てみれば

江原啓之「スピリチュアルメッセージⅠ、Ⅱ」
シルバーバーチのスピリチュアルな生き方Q&A―崇高な存在との対話

弟が最近「オーラの泉」を面白がって見ているのは知っていたが、

しかし、そのコンビネーションはどうよ!^^

江原氏よろしからず、というわけではない。んんーーーー?
少なくとも細木数子よりは100倍マシであることは言うまでもない。
でも、昌清霊とシルバーバーチではねえ・・・・・

「そちらはあまりお勧めできないな。」

一応一言だけ言ってみた。でもこういうのって
「これを読め!」
そんな風に言っても仕方が無いものだ。でも興味を持ってくれればしめたもの。
「これってどうなんだ?」
そんな事を聞いてくれれば面白い事になるんだがなあ。 

 ところで江原氏、「オーラの泉」はわりに見ている(結局見てるわけね)。しかし彼が「スピリチュアリズム」とか「シルバーバーチ」といった言葉を発した所を見たことが無いのだが、どうなのだろう?番組ではカットされているだけなのだろうか。
 見ていても結局は
「原因は前世です。」
というわけで、何でもかんでも「前世」で話が決着する。勿論全部繋がっているのだから当然なのだが、あれでは何かあれば人によっては
「きっと前世の因果なんだ。」
とマイナス方向に行ってしまう可能性があるのではないか、ということも考えてしまう。

 彼はゲストへの個別の説明は詳しくしていると思うのだが、トータル的な「システム」の話が少ないように思う(彼に見えているものが正しいという前提だが)。番組だけを見ていては、かえって複雑な迷路にはまるのではないだろうか

お習字仲間のおばちゃまにも江原氏が好きな方がいて、毎週「オーラの泉」を娘と一緒に見ているらしいのだが

「あたしも見てもらおうかしら!」
「前世は何かなあ?」

「ゾウリムシだったりしたらショックだわああああ」
                                           ・
                     ・
                     ・
                     ・
                     ・
(それは無いと思うぞ・・・多分)

そんな会話をしていたんだそうな。

テレビ見てるだけじゃあかんだろう。

スピリチュアリズムの本を読めー!

・・・・・前半で書いた事と矛盾してる、、、、、伝えるというのは難しいもんだな。

「摂理」というキーワードはほとんど禁句だしな(笑)。

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2006年7月21日 (金)

お先にどうぞ?

 以前どこかの掲示板で読みました。

「肉体と霊の関係は自動車と運転手の関係が分かりやすい。」

これは本当にそう思います。この世は自動車専用道路であって、どうしても自動車に乗ってしか活動ができないようになっているのだと思います。普通の乗用車に乗る人、大型トラックに乗る人、バスに乗る人、と目的に合わせて色々な自動車に乗っているのだと思います。

 僕は自動車の大型免許を持っています。軽自動車の運転と普通車の運転でも感覚的に結構違うものです。また普通車でもセダンとワンボックスカーではまた違います。それが大型車両になるとその違いは一段とはっきりします。その違いとは、まず目線そしてステアリングを切るタイミングでしょう。

 特に視界というものはまるで違ってきます。「これが同じ景色か?」という結構なインパクトがありました。大きな自動車を運転するのは確かに気を使いますが、乗用車を運転するより回りを広く見渡せるため楽な部分もあります。一長一短ですが、全ては目的の違いです。

 さて、カーブを曲がるとします。そこではどの自動車もそれなりにハンドルを回し、大抵無難に過ぎていきます。しかし無茶をすれば曲がりきれずに事故を起こすかもしれない。しかしテクニックが上達すればそれを回避できるでしょう。そうしてさらに無茶をする。

 誰でもそうやってテクニックを磨くのでしょう。確かにある程度のテクニックは必要ですが、本来学ぶべきは

「マナー」

なんでしょうね。これもまあどこかで読んだ内容なのですが、改めて書いてみました。

いまいちまとまってない・・・・・な。

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2006年7月14日 (金)

占いオカルト信じる?

太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。
▽占いオカルト信じる?離婚危機の太田にアノ有名占い師が説教!▽テポドン緊急閣議!元防衛長官vs太田
太田総理…秘書田中。◇爆笑問題の太田光が「オカルト・心霊現象はこの世にないと、憲法に明文化します」というマニフェストを提案。うさんくさいものが大嫌いという太田は、占い師の"大泉の母"やスプーン曲げで一世を風靡(ふうび)した清田益章氏らゲストと激しく意見をぶつけ合う。また、北朝鮮のミサイル発射に対し、日本は何をすべきかを元防衛庁長官の石破茂氏や衆議院議員の平沢勝栄氏とともに討論する。

テーマは2つとも非常に興味のあることだったので見ることにしました。石破さん頑張ってくれと思いつつ、その前のオカルトのテーマについて。

 せっかく良いテーマを取り上げてくれたにも関わらず、その内容の焦点が定まらず残念でした。具体的には心霊写真(なんとクルックスの写真じゃないか!パソコンやデジカメの無い時代ですよ)などを出して心霊現象の存在はあるとしながらも、スプーン曲げのような超常現象を一緒に議論したため混乱していました。この辺はある意味仕方がないとも思いますが。
 またかつての「法の華」などの霊感商法いわゆる詐欺の話を持ち出していましたが、それはそれ自身が間違っているのであって、心霊そのものを否定することはできません。また占いの大家も登場していて、占い好きのタレントが
「自分にとって良い事だけ信じる。」
というコメントをしたり、デヴィ夫人が風水を含めて徹底的に否定したりと、せっかくの議論が何についてのものなのか分からなくなってしまいました。

 つまるところ、目に見えないものを信じるか信じないか?という程度のもので、肩すかしをくった感じでした。心霊現象についてはたまにテレビでやりますが、自称「スーパー霊能者」みたいな人が全部潰しているように思います。確か下ヨシ子氏だったと思いますが、

「あなたには守護霊がついていませんでした。今回、私が守護霊をつけてあげました。」

こんなとんでもないことを言っていました。

疑問:なんで守護霊のいる人といない人がいるんでしょうかね?

答え:守護霊が高級で、霊視しても見えないだけ。

こういう霊能者が悪いのか、幸福になりたい症候群の人間が悪いのか?
類は友を呼ぶわけだから、どっちもどっちというべきでしょうか。

こういう世界は下手に首を突っ込むと、どんどん迷路に入り込みますね。こうしてみるといっそ
「霊などいない。自分の運命は自分で切り開く。」
というスタンスの方が健全ではないか?と思うときもありますが、でも、違うはず。

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2006年6月29日 (木)

死の壁2

 前回に引き続き「死の壁」について面白いと思った所や、ツッコミを入れたい所を適当に書きます。

 宋学の基本思想に「天人合一」という思想があるそうです。

>これは天の道と人の道が一致しなくてはいけないという考え方です。天の道、すなわち
>自然界の法則というのは非常に良く出来たもので、それと人間界の法則、社会の法則は
>一致するのが理想です。
                                  
こう紹介していますが、「近代化とともにそこから脱した」という表現で、それは間違いだとバッサリ切り捨てています。シルバーバーチが「物質主義になってしまった」と苦言を呈するところですね。

さて次は全くジャンルの違う内容です。これについてはハタと膝を打つような内容でした。

>「口」とは何かというと、実は実体がない。そんな馬鹿なと思われるかもしれませんが、
>実際に解剖学の用語からは削られてしまっています。
> 少し考えればおわかりいただけるはずです。たとえば唇は存在しています。それを指
>せばそこにあります。舌も存在しています。では唇でも舌でもない「口」どこにあるの
>か。それは穴でしかない。実体がないのです。

説明されれば分かりますが、「?マーク」が付いた人は多いんじゃないでしょうか。・・・・・ははは、僕もです。

 ここで思い出したのは「無と空」という関係です。司馬遼太郎もこのへんは混同してしまっていますが、僕自身の勝手な解釈を書いちゃいます。
 「無」とは確かに存在しないということだと思います。しかし「空」は「から」の事だと解釈しています。例えば「器(うつわ)」。これはこれだけでは意味がありません。食べ物、飲み物を入れてこそ意味があります。つまり「何も無い空間」を確保する。これが無と空の違いかなーと思っています。「そんなの違うよ」という方意見待ってまーす。

 終盤の部分ですが、著者のところへ「生きがいとは何ですか。」と聞いてくるひとに著者は「坊さんがやればいい。」「極端に言えば暇の産物だ。」と答えたそうです。

「聞く相手を間違えましたね。」

としか言えません。

実は「無思想の発見」という本も買ってしまいました。(- -;)
相当な失敗の予感もありますが、せっかくなので読んでみます。

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2006年6月26日 (月)

死の壁

死の壁
死の壁 養老 孟司

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star今回は良書です
star内容は珠玉混合―編集者の力量不足

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  養老孟司氏の「死の壁」読了。思った事を少し書いてみようと思います。

 ところがですね・・・・・よく考えてみれば、我々(?)はすでに「答え」を知っているんですよね。つまり著者との立場が違うという前提があります。まあ、この「知っている」という状態がどういう状態かということも非常に難しいと思うのですが、ここではスルーします。

 その知っている内容とは何か?

死後の世界は存在すること。つまり肉体と本体は別物であるということ。

 著者は「魂」にも軽く触れていますが、「昔の人がそのような概念を作り出した」といった書き方であり、本のテーマはあくまで「肉体の死」というもので貫かれています。そのあたりがいかにも東大医学部出身者といった感じです。結局「死の壁」にはね返されているのは、他ならぬ著者自身ということになります。

 例えば「生命」と「生きている人間」をごっちゃに考えている節があります。また「生と死の境界線」についての考察では脳死を含めて医学的な見地から書いているものの、最終的には「よくわからん」ということになり、また以下はなかなかの極めつけ

「死体のDNAを取ってきて調べたら『その人』だとわかった場合、それは『その人』なのだ。それが骨や血痕であっても」

「なんのこっちゃ?」という感覚なのですが、魂を否定した時点で完全に迷路にはまり込んでいる気がします。
 
 肉体は所詮「道具」です。よく例えられるのが「自動車」と「運転者」ですね。肉体はこの「自動車」でしかない。運転者が降りればその「肉体」はもはや動くことはないわけです。
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 ただ自分が人にこういう話題で話をする場合に気をつけていることがあります。(滅多にしませんが)まず

「死後の世界はあります」

なんて事は言いません。僕に霊能力があろうとも言えません。そんな証明など出来ないからです。だからどう言うか?

「僕は死後の世界の存在を信じています。」

そこで笑われたらそれまで。「どうして?」と聞かれればそこから話が始まるでしょうね。

(一応書いときますが、宗教特に新興宗教というものは、よく言って「ブログのネタ」でしかありません。創価学会なんて調べれば調べるほどネタだらけで、楽しくて涙が出そうですが、最近は笑ってもいられないなと思っています。しかし空海は好きですし、古典的な仏教にも興味はあります。)

 「死の壁」については結構ひどい事を書いていますが、「なるほどね」と思う所もいくつかあります。例えば

> 人生の最終回答とは?「人間の致死率は100%である」

「これは当たり前なのに実は『自分は死なない』と勘違いしている人が多い。」そんな事も書かれています。

 あともう一回くらい書きます。

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2006年6月19日 (月)

アンパンマンのエキス 「ありがとう!」っていっぱい言わせて。

 拙ブログでリンクさせていただいております、裏「双極性障害(そううつ病)と暮らす日々」様の中でリンクされていたサイトの内容(ちょっとややこしい。そこも転載)を転載させていただきました。 

****************************************

【アンパンマンのエキス】献血ルーム・落書き帳に。

    私の4歳の長男は小児ガンです。
  10ヶ月の闘病生活の末、亡くなってしまいました。
  その間、皆様の献血のおかげで
  安心して治療を受ける事ができました。
  本当にありがとうございます。

  あの子は輸血されると元気になる事を知っていて
  『アンパンマンのエキスだ~』と言っていました。

    一時は毎日のように輸血させて頂きました。 
  輸血が必要な時 『今 足りないので待っていてください』
  と言われ 祈るような想いで待っていた事もありました。
  届いたときは、本当に嬉しかったです。

  献血して頂きました皆様になんてお礼を言ったらいいのか。

  ありがとう! ありがとう!

  医療スタッフと皆様のおかげで生きながらえる事ができて

  どんなに《ありがとう》と言っても足りません。

  今でも病院では、多くの子供たちが輸血を待ってます。

  これからも献血をお願いします。 もちろん私も来ます。

  子供たちの笑顔が消えませんようにと祈ってます。

 これはアタシの長男が亡くなって1ヶ月後に、
献血ルームの落書き帳へ書いたものです。
たまたま持っていた写真も貼りました。
泣きながら書いたんで感情が剥き出しで
文法がへんになってるんですけど。

タイトルは誰かがつけてくれました。

          その後【アンパンマンのエキス】は、
       小冊子や献血の広告・ポスター等の呼びかけや
       看護学生さんの教材などにも使ってくれています。
       亡くなった後も、こうして皆様に可愛がって
       もらえるなんて長男はとても幸せ者です。

  『今 足りないので・・』の時の話をさせてください。
当時は一刻を争う時でした。肩で息をする程の。
通常こちらの病院は、朝 輸血のGoサインが出ると
昼すぎには始まります。
輸血をしなければ、即 何が起こっても不思議じゃない。
・・・でも、なかった。

《早く!早くなんとか!!》

ずっと苦しがっている長男の手を握りしめながら

祈るしかできないこの歯がゆさ。

そして深夜、丸一日経って届けられた 命をつなぐ血!

なんと県外からヘリコプターで届けられたものでした。

また、一回の輸血で必要とされるのは約8人分らしく(血小板)

これらを含め輸血を50回以上もさせて頂いてました。

  本当に、本当に心から感謝いたします!

 
  「ねぇ、今 なにしてる?」

        今日も お空にむかって。

                       きよみ

転載・トラバで献血の輪を広めるお手伝いして頂けませんか。
        よろしくお願いします

               育児・株 きよみ主婦の娯楽日記
                  http://blogs.yahoo.co.jp/kiyomisan325/6814122.html

****************************************

涙が出そうになりました。こんな方にこそ「スピリチュアリズム」を知っていただきたいと思わずにはいられません。

献血は年に2回ほどやっていましたが、今年はまだです。また行きます。

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2006年5月 9日 (火)

背中で語る事もできるはず

 これまでにシルバーバーチ、その他いくつかの霊界通信を読みました。

 そこには多くの真理といわれるものが書かれていました。しかしそれら全てを「仰る通りですね。」と納得出来るぐらいなら、僕はとっくにシルバーバーチとともに「霊界通信を発する側」に立っているはずです。

 霊界通信を読む事で、知識としての真理は得られるでしょう。しかしそれは頭の中だけの事であり、霊そのものが体得した事にはならないと思います。そして霊が体得するには行動するしかないのではないでしょうか。
 行動して結果が出て、そこで誰もが何かをつかんでいるはずです。たとえそれが言葉に出来なくても、後日シルバーバーチの言葉なりインペレーターの言葉なりに接したとき、「自分が感じたことはこういう事だったのか。」と、はっとするときが来ると思います。

 
 僕は別にスピリチュアリズムを完全に理解していてブログをやっているわけではありません。ただスピリチュアリズムそのものの存在を示す事、そして自分の為の備忘録のようなものです。(もっともこのところ脱線していますが、本人はこれもスピリチュアリズムのうちだと思っています。)

今の僕にとっては、

・本質が霊であり、死後にも自分が存在すること
・再生すること
・全てに原因と結果があり、偶然はないこと、その他いくつか

これらがまず間違いないだろうと確信が得られたことで(当然、主観的な話)、では実際にこの世で何をすべきなのかを考えるようになりました。

 霊訓を暗記してもそれは真理を体得したことにはならないと思います。また真理は霊性が向上すれば霊訓を読まずとも理解できるはずです。

1字1句に拘らなくてもよいのではないでしょうか。

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2006年4月 8日 (土)

空海のこと

 僕は司馬遼太郎の作品がとても好きである。

空海の風景」これは戴けない。この本を読んだのは6年前なのだが、読んだ頃から違和感がいくつもあった。根本的に空海をテーマにしながら、その主人公を嫌っているようにも思えた。文章のなかには
「食えない人間」
「ずるい」
「顕示欲の強い」
などという単語を随分使っている。

彼は無神論者なのだ。そんな作家が宗教家について小説を書いてもおかしな話になってしまう。

 司馬遼太郎がどう言おうが関係ないが、僕は空海が好きで他にも本を買い、こんなビデオも持っている。そして3年前こんな本を買った。

もうひとつの「空海の風景」-誤解された日本人の無常観

この本は「空海の風景」を題材にしながら、司馬遼太郎の無知さ加減をけちょんけちょんにしながら、さらに彼に反論すらできない仏教界の態度にも怒りをぶちまけながら、独自の死生観を示している。これがなかなか良いと思う。

 「空」について般若心経を引き合いにして書いている。司馬遼太郎も仏教界の重鎮も「お前ら全然分かってねーぞ!!」ぐらいの書き方で、とても楽しい。(以下引用)
※    ※    ※    ※    ※    ※    ※    ※
『人は「海」を見ると言いながら、実は「海」を見ているのではなく「海」の表面に表れている現象としての「波」を見ているにすぎない。しかし「波」はそれ自体として独自に存在しているのではない。「波」の本体は「海」であり「海」あっての「波」であることは言うまでもない。「海」が実体であり「波」はそのはたらき(作用)である。
 
「色」と「空」も全く同様である。「空」という実相世界のはたらきとして表面に表れたのが「色」という仮相世界なのである。「色」も「空」も存在しているが、その存在のあり方、立場は「波」と「海」のように異なるのだということがわからないと、○○氏のように「色」も「空」も同次元で論じたり、「空」は「無」だと言ってみたりするのである。また「色」は人間界であり「空」は霊界であることは言うまでもない。』
(引用終わり)
※    ※    ※    ※    ※    ※    ※    ※    

この人、断言してます。霊界はあるのだ、と。スピリチュアリズムを勉強していればそれは大前提なのであるが、仏教を学ぶだけでここまで断言できるほどの域に到達できるのだろうか。少し疑問である。著者の経歴等参考になるものが全く書かれていないのでよく分からない。僕もそれほど仏典を読んでいるわけではないから何とも言えないが。

それはさておき、般若心経の解説本を何冊か読んだが、この説明の方が圧倒的に分かりやすい。そうかもしれない。

面白いと思ったところをいくつか挙げてみようと思う。

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2006年3月31日 (金)

説明の仕方

神だの霊だの言ったら、大半の日本人は引くわな。

ヒロさんから頂いたコメントへの返信は、果たしてあれで良かったのだろうか・・・・・・・
昨日から事あるごとに考えていた。

おちゃらけモードをいったん切り替え、マジメモードのスイッチを入れ頑張って文章を考えたのだけど。(それであの程度?そういうツッコミは無しね)もっと詳しく理解している方ならどう書いただろうか?

 シルバーバーチの言葉を羅列しても意味が無いと思う。くどくど書いても仕方がないと思った。まして「教えて差し上げます」などといった態度は有り得ない。だいたいヒロさんのブログを読めば分かるが、理性も知性も僕なんぞより遙かに上だ。
 1つ念を押せば良かったかなと思うのは「カルト」とは違うということだが、カルトの王道を行く「ウソカ学会」とか「アホバ」などが「うちはカルトなんですが如何ですか?」なんて言うわけがない。だったら「違う」と言おうが、言うまいが同じ事か。と思ったりもする。
 また「霊の言葉」なんてものは掃いて捨てるほどあるわけで、ニール・ドナルド ウォルシュの「神との対話」とかこんなのなんぞと一緒にされたらたまったもんじゃないなと思う。まあ向こうにしても「我らの神がサイコー!」と思っているはずだから、これまた意味無いか。何が正しいか。それは

自分で決めるしか無いんだよな。
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                     ・
「取り越し苦労はおやめなさい。」

苦労というわけでもないけど。

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2006年3月28日 (火)

外から見るスピリチュアリズム

 分類すれば「保守系」、僕はそう呼ばれるブログを拝見する事が多い。

 そんな中で頻繁に行くわけではないが、週に2、3回お邪魔するブログに
「ヒロさん日記」様
というブログがある。内容は時事問題、歴史問題その他多岐にわたるのだが、たまたま前回のテーマが

■「前世療法」という自分探し、「霊過敏症」というアレルギー体質

というものだったので、興味を持って今日も拝見してみたところ・・・・・

■敵は「輪廻転生」なり!不可触民の大菩薩アンベードカルの闘い 
その中で、「スピリチュアリズム・ニューズレター21号」が引き合いに出されているー!!!
っと、よく見れば一番上にはペーパーバーチさんのサイトから「類魂」に関する箇所もコピーして載せられているではないか!!

ふおー。

  こちらの管理人さんはスピリチュアリズムを受け入れているわけでは無いのでさらっと流している。しかしその他の各方面からも多くの情報を得ようとし、またそれらを単純に切り捨てるわけでもなく、距離を置いて客観的に見ているようだ。
 スピリチュアリズムを勉強するようになってから会う人は、「知っていて受け入れている人」と「全く知らない人、もしくは少しも興味を示さない人」のどちらかに分かれてしまっていた。そんな中でこういった立場の人の意見はやたら新鮮に感じた。

 

>上記の「ニューズレター」はシルバーバーチを信奉する人たちによるもので、ご同業の「幸福の科学」(大川隆法)や『オーラの泉』(江原啓之)を批判している。

「シルバーバーチを信奉する」というのは少し違うんだけどね。

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2006年3月27日 (月)

自称「霊能者」

 パーティが終わったあと、自称「霊能者」の女性とお会いしてしまった。

 実は書道の師匠とともに参加した後だったのだが、その霊能者は師匠の知り合いで運悪く捕まってしまったのだった。

 お茶を飲みながら、
「この間中国のあそこに行ったでしょ。あのときは大変だったよね。」
(注:中国では「死」は消滅と考えるため、死後の世界などは認めない。霊能者の類は政府からして忌避しているらしい。)
「観音様のお告げがあってね、戦争中に亡くなった方を光に上げてあげなさい、そう言われたのよ。」
「そこでね、たくさんの骨、ほら虐殺で殺された何十万人という人。この人達を成仏させてあげたのよ。」
「ほう、そのときの被害者だと証明された30万人分の遺骨がありましたか?」
ちなみに僕の質問は無視。もっと言えば文化大革命で虐殺された人数はケタが2つも違うぞ。同じやるならそちらをやったらいいのに。(エリアが広いか)

「この間ね、○○社の商品の取引で詐欺にあってね2400万円も損したのよ!」
「あの、そういうときはお告げは無いんですか?」
「自分の事ではダメなのよ。」

「とにかくどんどん仕事が入ってくるのよ。ほらこれもね。」(と言いつつ書類を見せる。読む気も無い)
「それを拒否する権利もあるわけでしょ。」
(むっとされる)

「私はね大虐殺で殺された人の霊を成仏させてあげたのよ!!」
「私はいやなんだけど、観音様に頼まれるから仕方がないのよ!!」

お解りでしょうか。この人まさに
「私は神仏から『霊能力』を授かった『選ばれた人間』です。私は凄いんです!」
そう言っているんだな。

「霊能力なんて人間誰でも持ってるんですよ。」
この一言で彼女はキレた。
「私はね、私の生き方を分かってくれる人がいればいいの。(だったかな?よく覚えていない)」
「私はね大変なのよ!お告げがあるからこの3年間で20回も引っ越ししたのよ!」
                     ・
                     ・
                     ・
                    _| ̄|○
                     ・
                     ・
                     ・
初めから20回目の引っ越し先を指示してもらえよ。
せめて19回にしてその1回分の労力で困っている人の力になってやれよ。

いたずら霊に振り回されると大変である。
                     ・
                     ・
                     ・
                     ・
                     ・
帰りの車中、
僕「あの人、何て名前ですか。」
師匠「・・・・・何だっけ?」
(おうい!!知り合いなんでしょ!)
師匠「あの人の声を聞くと疲れるんだよね。話の内容はウソばっかりだしね。」
師匠・僕「半端な力は無い方がましだね。」

皆様も「私はね、私はね、」という霊能者には気を付けた方がよろしいでしょう。

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千の風になって

 昨日は友人のお誘いで、とあるパーティに行って来た。

 ゲストには、中国琵琶の演奏者ト 善祥(ト ゼンショウ)(ト:さんずいに余)さん、そして今里哲さん
 善祥さんは35歳で中国から来日、大学卒業後18年間各地で演奏会を開催している。その割には日本語はいまいち。
 中国琵琶はフレットが20以上あった。様々な音が出せる。琴のような音も出れば、津軽三味線も、また沖縄の三線のような音も出る。右手に琴で使う爪のようなものを付けるが、爪ではなく針のように見えた。ちなみに指は5本とも全て使う。1音出すのにそれぞれの弦をはじくため、聞こえ方は例えは悪いが、喉を叩きながらやる「バルタン星人の声の真似」にも似ている。美しさという点では全く違うが。

 今里さんはシャンソン歌手。シャンソンはさっぱり分からないが、喋りだけでギャラはじゅうぶんにもらえるだろう。さて何曲目かに歌ったのが「千の風になって」だった。思わず「わーおっ!」
以下紹介

千の風になって(原詩/作者不明)

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

あの大きな空を
吹きわたっています

a thousand wind(Author Unknown)

Do not stand at my grave and weep;
I am not there,I do not sleep.

I am a thousand winds that blow.
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripened grain.
I am the gentle autumn's rain.

When you awaken in the morning's hush
I am the swift uplifting rush
Of quiet birds in circled flight.
I am the soft stars that shine at night.

Do not stand at my grave and cry;
I am not there,I did not die.

千の風になって
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2006年3月22日 (水)

ぼーさん、起きろ、そういうお前も寝ぼけてるだけ

 今の時期は彼岸だが、お盆の話。(大した事ではないけど)

 お盆になると仏壇から位牌を全部取り出し、床の間にズラズラ並べる。迎え火を焚く。先祖の霊が帰ってくるのに迷わないようにするため(らしい)だ。スピリチュアリズムを学べば「別にお盆に限らず来ているし、来ないかもしれない」と言われるだろうが、それは置いておく。

 その日は寺から住家へ職が来て、お経を読む(読んでいただく)。

ま、家族全員神妙に聞いているわな。

「坊さんも自分でも何を言っているのか分かっちゃいないだろう。」
「一丁、『人間死んだらどうなるんですか?』なんて聞いてやろうか」
「『私はまだ死んだことがないので分かりません』などと答えるなら、『それを説くのががおたくらの仕事でしょうが!』とか『だったらお経を読む事に意味があるんですか?』などと少し噛みついたろか」
終わったらこんな事言おうかなと考えていた。

読経が終わり、母親がお茶を出す。そこで一言。
「お母さんの具合はいかがですか?」
「いやあ、入院して寝たきりになってしまいましてね、世話も大変ですわ。」

この時点で僕の不埒な質問は頓挫した。というより質問する気が一気に失せてしまった。

 寺に生まれること、神社の宮司の家に生まれること、これは霊性の目覚めの大きなきっかけになると思うのだが、そんなことに目もくれず金もうけに走る輩は十分に軽蔑に値する。
  んんんが、自分が人より少し知識を多く持ったからといって、それをひけらかして他者を貶めるのもまた間抜けなものだ。上から見ればまさに五十歩百歩である。そんなことを言われているような気がした。

 ただし、創価学会、エホバ、統一教会もろもろどもにかける情けなど無い。まだ勉強不足のためなかなかガツンと言えないが。それでもエホバの証人は2回撃退した。統一教会は「もう結構です。」と逃げようとしたのを、更に引き留めて矛盾点を指摘してさしあげた。でもかわらんだろうな。もう刷り込まれている状態だったし。

 でも自分が絶対正しいと思っていると、よく罠にはまるんだよね。

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2006年2月21日 (火)

胡蝶

「いつだったか、わたし荘周は、夢で胡蝶となった。ひらひらと舞う胡蝶だった。心ゆくまで空に遊んで、もはや荘周であることなど忘れ果てていた。ところがふと目覚めてみれば。まぎれもなく人間荘周である。はて、荘周が夢で胡蝶となったのであろうか。それとも、胡蝶が夢で荘周となったのであろうか。
 荘周と胡蝶はたしかに別の存在とされる。だが荘周は胡蝶となって空を舞う。これを「物化」という。」
(岸洋子訳 「荘子」より)

高校の古典の教科書にも載っていた有名な「荘子」の一節である。

さてそれに対して・・・

「すべては意識している”場”の問題です。船に乗っている夢を見れば、眠っている間はそれが現実です。”夢だった”と思うのは目が覚めた時です。そして船は幻だったことになります。もしも永遠に夢を見つづけるとしたら、その夢の生活が現実となることでしょう。
            ~~~(中略)~~~
 今あなたは夢を見ているのではないという確証はどこにあるのでしょう?もしかしたら、ここにいる人達と一緒に同じ夢を見ているのかもしれないということも考えられるのです。こんなことを申し上げるのは、地上には霊的実在に目覚めていないという意味で、『地上生活という夢』を見つづけている人間が無数にいるからです。その夢から覚めて、ようやく自分は肉体ではないという自覚を得るのです。何度も申し上げているように、あなた方は肉体をたずさえた霊であって、霊をたずさえた肉体ではないのです。これは大変な違いです。」(シルバーバーチの霊訓8巻より)

同じだ。

 果たして自分は目覚めているのだろうか。今この瞬間が「目覚めたという夢」を見ている中にいたらどうなるんだ?それを言い出したキリがないか。

 それにしてもこのシルバーバーチの文章に付けられたタイトルがいい。

「色即是空」

近藤先生、ナイス。

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2006年2月 6日 (月)

幸福論9(終わり)

 星の王子さまがプレゼントをもらう場面がある。送り主はキツネである。

「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ。」

物事は心眼で見よ、幸せを見つけるには心眼で見るのだ、と。

 では心眼で見るにはどうしたらよいのか?著者は「星の王子さま」の冒頭部分を引き合いに出す。
「おとなの人は、むかし、いちどは子供だったのだから、わたしは、その子どもに、この本をささげたいと思う。おとなは、だれも、はじめは子供だった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなはいくらもいない。)」

子供の時はみな「心眼」を持っていたのだ。それが成長して社会に出てもまれていくうちに、それをだんだん無くしていってしまうのだよ。それを思い出すんだ、というのだ。

 

 「星の王子さま」は決してハッピーエンドではないと言えるかもしれない。
「ね、遠すぎるんだよ。ぼく、とてもこのからだ、もっていけないの。重すぎるんだもの。」王子さまは砂漠でヘビに自分をかませる。自殺するのである。

 その前にサン=テグジュペリに告げる。
「ぼくは、あの星のなかに一つに住むんだ。その一つの星の中で笑うんだ。だから、君が夜、空をながめたら、星がみんな笑っているように見えるだろう。すると、君だけが、笑い上戸の星を見るわけさ。」

肉体が自分の本質でないことをオブラートにもくるまず言い切っている。また王子さまの理屈だと、自分が一度死んで甦ることで宇宙全体になると言う。そして星になって空から微笑みかけるよと言うのだ。

エントリーの序盤で書いた幸せの条件「宇宙との一体感」ここへ来たわけだ。

 「星の王子さま」を読もうが、「幸福論」を読もうがそれで幸福になれるわけではない。
暗記しても誰も幸福を運んできてはくれない。これはあくまでも自分が幸福になるにはどうするかを考察している。では他人を幸福するにはどうすればよいか。それは書かれていない。当然といえば当然である。そういう考察なのだから。でもマイナス思考、不幸な人とは距離をおいて自分を守るだけでよいのだろうか。そんな疑問を持った。再度書くが「幸福論」は読んでいないのでそれらの中に何かがあるかもしれない。

今回のブログでの「幸福論」はそれぞれの自分のための幸福論である。

自分がまず幸福でなくては他人を幸福になど出来ないだろう。はたしてこれは「利己主義」となるのだろうか。実は読み終わってもよくわからんのである。

(おわり)

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2006年2月 5日 (日)

幸福論8(微笑と勇気)

 星の王子さまとサン=テグジュペリは砂漠の中で水が乏しい事を知る。そこで王子さまは危険ではあるが、「井戸を探しに行こう!」と歩き出す。そしてついに井戸を発見し十分な水で喉を潤すことに成功した。

 作り話なのだから上手く行って当たり前である。探しに行ったが見つからず、2人とも死んじゃいましたではストーリーにならない。

 著者がアランの幸福論と星の王子さまの共通点として挙げるのが、一つは「微笑」そしてもう一つが

「 勇 気 」  なのだと言う。

「微笑」と「勇気」がアランの「幸福論」の車輪の両輪であると。

 著者は簡単な例を挙げる。たとえば読書、これは人と全く比べることのない幸せ、つまり「絶対的幸福」の代表例だが長編小説を自分のものにするには「骨が折れる」。まずそこへ飛び込む勇気と継続する労力が必要であると言っている。

「勇気がなければ幸せにはなれない。」
「人からもらう幸せの賞味期限は短い。そういう幸せにすぐ人は飽きて、退屈してしまう。」

自分の力で勝ち取るしかないのだ。口を開けて待っていても幸せは落ちてこないぞ、勇気を出して前へ進め、と。

 さてそこで昨夜書いた「アランのとんでもないバクダン」である。

(以下引用)
「ほんとうの楽しみはいつも忘れられている。なぜなら、ほんとうの楽しみとは、

まず第一に 
労苦 であるから。」

(引用終わり)

おのれを苦しめる「労苦」を自ら求めよ。というのだ。著者は分かりやすく「スポーツ」を例に出している。スポーツは記録や勝利を得るためにチャレンジし続ける。毎日のトレーニングは苦しいことばかり。でもその限界へのチャレンジこそが「代えがたい無情の喜び」なのだと。アランはこれを「労苦の幸福」と呼ぶ。

 違う見方をすれば、スポーツにおいて成績をあげることで達成される「相対的幸福」と、トレーニングそのものによる「絶対的幸福」を同時に味わっているのだという。

(以下引用)
 「労苦」と「苦労」は違う。労苦は自分のやりたいことで、何かの目的を実現しようと必死にがんばることであるが、苦労はただ困難な状況で耐え忍びながら労力を使うことを言う。つまり「労苦」と「苦労」の差は目的意識の差なのである。
(引用終わり)

蛇足になりそうだが書く。取り組んでいることはどちらも同じ困難なのだ。苦労も労苦も目的意識が違うとある。そう見方が違うのだ。つまり地上的視点でみれば「苦労」だが霊的視点で見れば「労苦」と言えるのではないだろうか。

 著者は人の意識を分類して10のパターンに分けている。ここではそこまで書かないが日本人は戦後から高度成長期まで必死に相対的幸福を求めてきた。しかしこの10年ほどで変わってきている。そしてそれは歓迎すべき事だと言っている。

(次回最終回)

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2006年2月 4日 (土)

幸福論7(見上げてごらん夜の星を)

 だんだん処世術か成功術に近くなっているのだが、せっかくなので紹介する。(今日は引用ばっかし)

「マイナス思考の人からはさっさと逃げろ。」

分かることは分かる。傲慢で身勝手な人からは逃げるのは難しくない。でも不幸と不運をどっさり背負った友人もいる。その人もまたマイナス思考なわけだ。確かに逃げようと思えば逃げられる。それでいいのか?手を貸し力になろうとすれば自分の陽気さを相手に与え、相手の陰鬱さをもらうことになるだろう。その強い方に引っ張られることになる。

自分自身が幸福になるにはどうすればいいのか、という考察だから仕方ないか・・・。

「形から入れ、外見もまた本質である。」

昨日のしぐさと同様の話だ。空元気でもあとから元気がついてくる。礼儀や挨拶をきちんとすればそれもまた幸せへの近道だという。

「秀才タイプは幸せになりにくい。」

(以下引用)
「赤ちゃんがむずがって泣きやまない。いくら世話をしても大声で泣くばかり。すると周りの人は、お父さんの性質が遺伝したとか、心理学的にはこう理解出来るなどたちまち理屈による正確分析を始める。しかし赤ちゃんをあやすうちにヒョイと気づいたりするのだ。実はオムツのピンがお尻に当たって痛かったんだな、と。なんだそんなことかというわけである。」
(引用終わり)
 頭のいい人は何でも理屈で片づけようとする。でも世間は理屈通りに動いてはくれないよ。理不尽なことばっかりさ、というわけだ。
 想像力がえてして不幸のスパイラルを引き起こす、と以前書いた。頭のいい人はそれに輪をかけた状態になることになる。さらに頭のいい人は大抵プライドが高い。だから不幸のネタに我慢ならない。また理想の自分に届かない自分に腹を立てることにもなる。日夜自己反省し、自分自身を責め立てる。(だからといって自己反省を全くしないのはただのバカだな。要は度が過ぎるんだな。)従って秀才タイプは常に陰鬱な顔をしている。「微笑」の理屈からすれば幸せを自ら遠ざけていることになる。
(以下引用)
「つまり彼は、幸せを待っているのである。これだけ努力してエリートになったんだから、早く幸せにしてくれよ!オレの努力の対価である幸せを早くよこしてくれよ!!と世の中に要求しているのである。アランは、こういう心の状態にある人々をエゴイストと呼んでいる。」
(引用終わり)

はい、見事に叩きのめしてくれました。

アランはこんな人々にアドバイスをくれる。
(以下引用)
「「遠くをごらんなさい」と。憂鬱な人はみな「読み過ぎ」なのだ。人間の目はこんな近距離を長く見られるようにはできていないのだ。人間の目ははるかな水平線をながめるとき、やすらぎを得るように出来ている。そのことはわれわれに大いなる真理を教えているのだ。」
(引用終わり)
星の王子さまのセリフだとこうなる。
(引用開始)
「夜になったら星をながめておくれよ。ぼくんちは、とてもちっぽけだから、どこにぼくの星があるのか、きみに見せるわけにはいかないんだ。だけどそのほうがいいよ。
 きみは、ぼくの星を、星のうちの、どれか一つだと思ってながめるからね。すると、きみは、どの星も、ながめるのが好きになるよ。星がみんな、きみの友だちになるわけさ。」
(引用終わり) 

遠くを見て陰鬱さを忘れ、宇宙と一体になりなさい。王子さまもそう言う。

 アランは「微笑」を強調するが、実はもう一つ大切なことがある。それを後日書く。その続きで最終的に「幸せとは何か?」という結論に辿り着くのだが、それが実はとんでもないバクダンなのだ。

(もうちょっと続く)

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2006年2月 3日 (金)

幸福論6(微笑の効果)

 いい気分でいられれば、不幸を寄せ付けない。いい気分でいるには常に微笑んでいればよろしい。アランはそう言う。拍子抜けするような感じがする。

「微笑には体内効果と対外効果がある。」

微笑することで自分の体をほぐれる効果があるらしい。経験的に誰でも分かる。しかしそれを意識的にやっている事は少ないのではないだろうか。これが内面の効果。外についてはどうか。

「しぐさと気分は一致する。」

気分次第でしぐさは変わってくる。納得できる。アランはさらに踏み込む。しぐさ次第でそのしぐさに応じた気分を誘発させることができるというのだ。

(引用開始)
うれしい気分  →   自然に   → うれしいしぐさ
うれしいしぐさ → なぜか導かれる → うれしい気分

人は幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せになるのだ。アランは生涯こう言い続けることになった。
「まず微笑みなさい」
(引用終わり)

「気分は伝染する。」

 これも経験的に誰でも知っている。営業マンなどは当たり前に知っているワザでもあるだろう。まず微笑む、それだけで商談は違ってくる。ただ逆にビジネスにしか活用されていないかもしれない。  
  しかしアランの凄いのはここからだ(と著者は言う)。

「まず自分が微笑むことで相手を癒す、次にその相手の上機嫌をもって

自分自身の気分を直す。」

 自分自身の気分を支配するよりも、他人の気分を直接支配する方が優しい、そうアランは言う。これは凄いと思う。

 無理にでも気分を良くする。しかしそれは容易ではない。一方でしぐさから入ってしまえ、そうすれば自然に気分は良くなる。他方でまず他人の気分を良くし、そのはね返りで自分の気分を良くしてもらえばいい、ということになる。

 そして最後にはかつて「強引に作った微笑」も「本物の微笑」になるのだ。

とアランは言っている(と著者は言っている(と僕は書いている))。
 

「営業用スマイル」などと世間では言われる。世間の会社の受付のお姉さん方もそれが苦痛だろうな、というようなイメージを僕は持っていた。しかしどう考えてもぶっきらぼうな対応をされるよりは作り笑いでも笑顔の方がいい。それはとりもなおさず彼女達自身へも良い効果があるわけだ。

たとえ笑えなくても口元を少し上げてみても違うだろう。やってみる価値はある。なんせ金がかからない。

(まだ続くんだな)

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2006年2月 2日 (木)

幸福論5(心の動き)

 改めて書いておきますが、僕が読んだ「幸福論」は「星の王子さまの幸福論」だけであり、これまでに紹介した著名な各「幸福論」は読んでおらず、あくまで星の王子さま版で著者が考察しているものの中から気になった部分を紹介しているだけですので、ご了承ください。こんな考察は僕にはできやしません(汗)。多少スピリチュアリズムの観点からするとどうか?ということを考えるのみです。

 さて、くどいようだが「星の王子さま」。ここまで来たら最後まで突っ走ってしまわないと「気分」が収まらないので、まだやる(笑)。あと4,5回くらいか?

「心の中は、良い循環と悪い循環でできている。」

著者はこんな例を挙げている。

知り合いが自分の悪口を言っているのを知る。
         ↓
腹が立って、理由を考える。新しい情報もなくさらに考える。
         ↓
怒りはエスカレート、それまでの互いの言動を総チェック。
         ↓
理由は分からず、誰もが自分の悪口を言っているのではないかと考える。
                  ↓
怒るから興奮し、興奮するから余計に怒る。悪循環。

アランはこれを『地獄のぐるぐる回り』と呼ぶらしい。これに対し当然『天国のぐるぐる回り』も出てくる。

仕事を一生懸命がんばる。
         ↓
仕事が高い評価を受ける。
         ↓
さらに仕事を頑張れる。

「良き原因」を作ったことで「良き結果」を得る。その「結果」がさらに次の「原因」を生む。原因と結果、因果律ですな。ただここで怖いのはこの心の中の循環は回り始めると加速度的に速度を上げ、雪だるま式に巨大化していくと著者はいう。

「想像力は心の中の猛獣である。」

著者は言う。人間は想像力を働かせることで生活し、文明を発展させてきた。想像力とはもの凄い力を持っているのだと。しかしそれがひとたび狂い出すと大変なことになる。一つ悪いことが起きると次の悪いことを「想像」する。それを元にさらに悪いことを「想像」してしまう。実際には何も起こっていないのに自分で自分を窮地に追い込んでしまう。

実はこれが絶望の正体なのである。

ではどうすべきか?
アランにとっては簡単な話らしい。

「気分が良ければいい」のだそうだ。

気分がよければ少々嫌なことがあっても、心の悪循環には乗らずに済む。気分が悪ければそこへはまり込む。気分次第なのだ。だからその「想像力」という猛獣を制御しなくてはいけないというわけだ。ではその「良い気分」でいられるにはどうするか?

それこそが星の王子さまが最後に残していった『微笑』であると著者は言う。

(まだ続くらしい)

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2006年2月 1日 (水)

幸福論4(絶対・相対そして微笑)

 星の王子さまはかつて自分の星で世話をしていたバラと同じバラを見つける。当時は1本だけだったがそこには5千本もあった。でも王子さまは自分が世話をしたバラを愛おしく、また悲しく思い出す。

「幸せを人と比較してはいけないよ」

幸せはA絶対的幸福とB相対的幸福に分けられるという。Aとは他人の価値観に惑わされずたった一つのものと過ごす幸せであり、Bは競争社会において人よりできるだけ上等な物を手に入れる幸せとしている。著者によればラッセルはこの双方を求め、ヘッセはAこそが本当の幸福だと言っている。しかし人間は常にどちらかで生きているわけではなく、時と場合によって使いわけているようだ。
 僕もヘッセの言うような「絶対的幸福」が理想だろう。しかし捉えようによっては「利己主義」の黙認と考える人も出てくるのではないか少しと危惧する。違うけどね。
 著者はラッセルの幸福論からA「宇宙との一体感」とB「人生の大目的」を持てと言う。実はこれがA「絶対的幸福」B「相対的幸福」なのだそうだ。そしてそれを両方持つべきだというわけだ。これをどう考えるかは人それぞれだろう。
                             ・
                             ・
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                             ・
                             ・
 王子さまは地球での友達(サン=テグジュペリ)との別れの場面で贈り物だよと言って笑った。
「ぼっちゃん、ぼっちゃん、ぼく、その笑い声を聞くのがすきだ。」
「これが、ぼくの、いまいったおくりものさ。」

「微笑」これこそが幸せになる方法の根元的原因として捉えているのが、20世紀で最も有名なアランの「幸福論」だそうである。

 著者によるとアランの「幸福論」は「気分」に注目して全てを始めているという。人から誉められれば気分がいい。いじめられれば気分は悪い。これは頭の中のことである。しかし睡眠が充分とれて体が軽ければ気分は良く、肩がこれば気分は悪い。「気分」は頭と体の両面から影響される。言われてみれば当たり前である。しかし人間は体が頭の奴隷と考えがちであり、これが間違いだという。

そこで「心」というものが登場してくるのである。

(つづく)

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2006年1月31日 (火)

幸福論3(人生の目的)

 星の王子さまは6つの星で6人の大人に会い、7番目に到着したのが地球である。そこは砂漠だったため、とても寂しい場所だった。
 まず話をしたのがヘビ。その後「砂漠の花」に人間の居場所を尋ねる。

「どこであえるか、わかりませんねぇ。風に吹かれて歩きまわるのです。根がないんだから、たいへん不自由していますよ。」

このセリフにはまいったね。著者自身もそう言っているが、「動けない植物」に対して「居場所の定まらない人間」という発想、僕もはっとさせられた部分はあるのだが同時に納得もした。サラリーマン時代、半年後にはどこで働いているか分からない、いや会社全体の都合によっては明日移動の命令が出ても不思議のない毎日だった。仕事の内容とは別の問題だが、そんな毎日が苦痛であり腰を落ち着けた生活がしたいという願望もあって、実家に帰ってきたという所もあるからだ。

 王子さまは線路のポイントを切り替える「スイッチマン」に出会う。彼は自分の仕事を説明する。

「旅客を、千人ずつ荷物にして、えりわけてるんだよ。」

著者は言う。人が人を人間扱いしていない、と。
さらに王子さまは列車の旅客が何を急いで、何を探しているのか尋ねる。

「それ、機関車に乗ってる男たちが知らないんだよ。」

 痛烈な現代人への皮肉だ。スイッチマンは言う。
「人間ってやつぁ、居るところが気に入ることなんて、ありゃしないよ。」
人間は本当は「根っこ」が欲しいらしい。自分の気持ちの安らぐ居場所。(以下、僕のオリジナル)でもそれは田舎というわけではないだろうし場所とは限らない、人であるかも知れないし、思想であるかもしれない。

 次に王子さまが出会ったのは「丸薬のあきんど」。人間は水を飲むのに使う時間は1週間に約53分であり、その「丸薬」を飲めばのどの渇きがおさまるという。だからその分時間の節約になるというのだ。
 王子さまは聞く
「で、その53分って時間、どうするの?」
「したいことするさ・・・・・」
王子さまは人間の目的のなさにあきれてしまう。

 著者はラッセルの「幸福論」からどうすればよいか答えを探る。

「『人生の大目的』と『宇宙との一体感』を持ちなさい。」

何か1つ夢を持てば、その他多くの嫌なことも苦にならないというのだ。確かに納得できる。さらに宇宙規模で見れば少しくらい嫌なことがあってもとても小さなことに思える。「霊的な視点で見なさい」ってか?それが簡単に出来るなら僕は今ここに居ない、などとすねてみても仕方がないが、思い出した時にはこれをやっている。自分が空へ向かって上昇していき、日本が見えアジアが見え地球の丸さが分かり、その地球も小さくなるほど離れてしまうイメージをする作業だ。
 もう一つ
「心を分裂させないこと」
だそうだ。つまり自分の本質的な願望と、現実的な状況に流されて判断している行動が乖離していてはだめだという。「理想と現実は違うよ。」と誰でも言うものだ。しかしそれを諦めることは、幸福になること自体を放棄するものだと言っている。

 (以下直接引用)
 誰かがあなたを幸せにしようとしても、あなた自身の心が分裂しているのだとしたら、そのどの部分を手助けしたらいいのか、相手にはわからない。神は自ら助くるものを助く。自分がどう助かりたいのかわかっていない人を誰も助けることは出来ないのである。まず自分で、どう助かりたいのかを決めることが重要なのだ。
 その決め方は『人生の大目的』を見極める。そして心の中をその、たった一つの目的で統一する、そうやって迷いなく生き始めれば、自然に体の中から驚くほどのパワーが沸き上がってくる。やりたいことをやるのだから困難があったとしても毎日の行動が楽しくなってくる。楽しければ気持ちが明るくなって人生は素敵だなと思える日々がやってくる。

そうなった状態を、ラッセルは幸福と呼んだのである。

幸福とは人からもらうものではない、自分で作り出すものなのだ。
(引用終わり)

自分自身へ言い聞かせるつもりでこうして書いているわけである。

(まだつづく)

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2006年1月30日 (月)

幸福論2(不幸の原因)

 星の王子さまの幸福論には「幸せになるために大切なこと」が40項目ある。
・・・・・あの、多すぎませんか?
とも思うかもしれないが、割に当たり前の事が多かったり、簡単な事も多い。もちろん難しいぞと言いたくなることもあるが、以外に「~をしなさい」というものは少なく、法則的なものが多い。拙ブログではそれらを全て紹介するつもりもないが、気になった所を紹介する。

 先日のエントリーで星の王子さまが出逢ったa,b,cのタイプの人を挙げた。

(引用開始・少し変えてます)
a最悪に不幸なタイプ
  呑み助で「酒を飲んでいる自分」を忘れようとしている人・・・「現実逃避への疑い」
b不幸の入り口タイプ
 ①王様で権力好きだが権威に傷が付くのをおそれる人。・・・「権力への疑い」
 ②うぬぼれ屋で誉め言葉しか耳に入らない人。・・・「賞賛・名誉への疑い」
 ③実業家で仕事中毒、金儲けに躍起になっている人。・・・「財産への疑い」
  ④地理学者なのだが自分の目で何も見たことが無い人。「知識への疑い」
c王子さまが理解できるタイプ
ガス灯に毎晩火を灯し、毎朝火を消す人、点灯夫。
(引用終了) 

著者はここから「何かおかしくないか?まず疑ってみろ」という。「理性」を働かせろと言っているのである。

 さて不幸の原因を挙げる

「自己没頭の病気」

なのだそうだ。つまりa,bのタイプは「自己マニア」の状態にあるという。そして自己マニアは自分自身を追いつめていくのだそうだ。これはイギリスのラッセルという人の「幸福論」にあるらしい(読んでいないもんで:今後省略)。よく聞く言葉で言えば「利己主義」となる。さらに原因は「ねたみ」「心配事」であるという。特に「ねたみ」はいくら出世してもねたむ相手はなくならないと言っている。

 これらを解消するにはどうするか?

興味を外へ向けるんだ。そしたら幸せの種が見つかる。

このような事が書かれている。始めに断っておくが「利他愛」とまで言える概念は出てこない。

(つづく)

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2006年1月29日 (日)

幸福論1

幸福論という本がある。

ラッセルによる「幸福論」
ヘルマン・ヘッセによる「幸福論」
アランによる「幸福論」

この3冊が20世紀に書かれた代表的な「幸福論」なのだそうだ。(そのほかにもたくさんありますが)しかしこの3冊を僕は読んではいない。それで何を書くのかと言われそうだが、まず読んだのは

「星の王子さま」  サンテグジュペリ作

これはとても子供向けの絵本などではない。実は「星の王子さま」と一緒にこの本も買ってきた。いやこの本が出たというのを知って、共に買ってきたというのが正しいが。

「星の王子さまの幸福論」  渡邊健一著

これは上記のラッセル、ヘッセ、アランの「幸福論」を引用し、「星の王子さま」の底に流れる「幸福論」を解説している。心に響くね。是非とも3冊を読もうと思っている。

 さて「星の王子さまの幸福論」である。
 誰でも「幸せになりたい」と言う。では「幸せ」って何?そう問い返しても完璧に答えられる人は少ないのではないだろうか。
 星の王子さまは自分の星でバラの世話をする毎日を捨て、宇宙へ旅立つ。その先で様々な人と出会う。そこで王子さまは思う。
「それでいいのかな?変だな」

 著者は王子さまが出逢う6人の人達を3パターンに分類している。

a  最悪に不幸なタイプ
  酒を飲むことで「酒を飲んでいる自分」を忘れようとしている人

b  不幸の入り口タイプ
 ①権力好きだが権威に傷が付くのをおそれる人
 ②うぬぼれ屋で誉め言葉しか耳に入らない人
 ③仕事中毒で金儲けに躍起になっている人
  ④地理学者なのだが自分の目で何も見たことが無い人

c  王子さまが理解できるタイプ
     ガス灯に毎晩火を灯し、毎朝火を消す人、点燈夫

cはa,bとは違う。何が違うのか。星の王子さまの言葉を借りれば

「あのひとが、じぶんのことでなく、ほかのことを考えているからだろう。」

今後数回に分けてこれについて思った事を書こうと思う。

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2006年1月11日 (水)

肉食持論

 半年ほど肉食を控えていた時期がある。が、今はそれをやめている。控えていたといっても完璧に口にしなかった訳ではなく、外食しても肉がメインの定食を避けたりその前にそのような店を選ばなかったりした程度だった。それでも実行するには結構気を遣い苦労した。肉を使わない料理は本当に少ない。それだけ人間は肉を食べているわけである。

 もとに戻した理由だが、まず挙げられるのが

「やってられない。」

のである。仕事で飛び歩いている身で肉を避けた食事をするのはどだい無茶な話である。肉の少ない食事を注文してもいくらかは入ってくる。それを1つ1つつまみ出していくわけにもいかない。
 
 そしてもう一つ。これは自分で書きながら「詭弁」だと思わないでもないのだが、

「食べてあげないとかわいそう」

てな具合に思うのだ。もちろん殺した側の一方的な理屈であることは充分承知している。しかし既に屠殺され、解体され、調理され、皿に盛られている「肉」に対して心で涙を流してみてもその動物は生き返らない。むしろそれを「食べない」ということは食用にすらせずに単なる「虐殺」された後、廃棄されるという結末を迎える事となる。その方がはるかにむごい。誰かの空腹を満たしその人間がまた誰かのために働く活力となれば、その動物の死にも意味があることになる。再度書くが、これは僕が考える人間側の一方的な理屈である。他の人には他の意見があるはずだ。
 
 現在でも選択肢のある限り、肉の少ない食事をしようとはしている。しかし友人と焼き肉に行くこともある。そんなときは・・・・・素直に諦める。のだ。仕方ないじゃないか、美味しいしさ。

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2005年12月25日 (日)

川の流れに乗って

 人生は修行である・・・・・そうな。

 それを前提に書く。
  自分で何となく思っているだけなのだが、「人間」つーのは川の中の石みたいなものかなあと思う時がある。

 山からごつごつした石が川へ転げ落ちる。それがはじまりである。石は普段の川の流れでは動かない。しかし大雨が降り水量が増えるとそれに伴い、石は動かされる。すると一転がりする。それまで水にしか触れていなかった箇所が他の石に接触する、もしくは尖った角が他の石にぶつかる。当然、面は削れる。角については特に力がかかるため角そのものが破損する。それが繰り返されていくことによって角張った石は少しづつ球体に近づいていく。石は何十年、何百年かけて下流へ運ばれていく。海に近い河口付近にあるのは綺麗な丸い石ばかりである。最後には全て海へ運ばれサラサラの砂になる。

 その石は自分自身であり、ぶつかる一つ一つの岩、石が他人であり、ぶつかることで削られる角は自分の未熟な部分であり、それは逆に他人の未熟を指摘するのに必要な角でもあり、滑らかな部分同士が接触するときもあるからそれは一服する時期であり、・・・であり・・・であり・・・であり・・・などとえんえん考えてしまうのである。

 割れたらどうするのかとか、粉々になった部分はどうなのかとか、砂になったらどれが自分かとか、突っ込まれても返答のしようもないが、全部ひっくるめて自分だよな。

 そしてその川、水の流れが「法則」と言えるか・・・?とも思ったりして。

      ちょっとやりすぎか?

 
 でも、人生にも流れというものがあると思う。何となくすんなり行ってしまうとき、いくらどうあがいてもうまく行かないとき。流れに乗るか逆らうか、逆らっているとわかりつつもそれが止められない、なんて時もある。

 角が取れて綺麗に丸くなったように見えても、それを見る倍率を変えればまだ角だらけだと分かる。しかし普通の河川ではそれ以上研磨できない。砂になってしまっても同じこと。そうするともっと違う方法で磨かれるために違う環境へ行くのだろうか。

 進歩も同じ要領なのか?とも思ったりする。

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2005年12月18日 (日)

利己or利他

 長男の僕には弟が二人おり、三男には9ヶ月の男の子がいる。僕の甥であり、両親にとっては可愛くて仕方のない孫である。

「あの子にクリスマスプレゼントを買おうと思うんだけど、どんなおもちゃがいいと思う?」

母がそう聞くので言ってしまった。

「い・ら・な・い。

どんなおもちゃを貰っても、本人は意味も目的も分からない。そんなものは周囲の人間の自己満足に過ぎない。服を一枚でも多く買ってやった方がよほど意味がある。」

「そうねえ。」

 大人同士でも無いとは言えないだろう。

 司馬遼太郎は「竜馬が行く」の中で、自分が考える「相手への善意」を相手が素直に受けてくれないと、腹が立ってきてしまう人を登場させている。

 相手のためだと考えていることにも実は自分のためである割合が多くあった、なんて事もある。いやそれより100%相手のためだけとか、100%自分だけのためというのは無いのだろう思う。

自分なりに「相手のためだ」と考えること自体尊いはず。問題はその純度ということかな?動機は再度見直すべきなのかもしれない。

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2005年12月14日 (水)

独り言

?何が最高か?誰が1番か?

さて

自分にとって何が受け入れられる摂理か?何が納得できる真理か?

だと思うのだが。

誰が言ったかではなく、何を言ったか

のはず。

ところで、こんな事を書くと反発も来そうだが

スピリチュアリズムを目指して生きるのは果たして正解か?

愚考するに人間は常に地球の上で生活しているが、地球に向かって歩いているわけではない・・・・・。

「スピリチュアリズムと共に」というHPを拝見していたことがある。

この表現が僕にはしっくりくる。もっと言えばスピリチュアリズムというより、自然界の法則と言ってしまってもいいかも。言葉は難しい。

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地獄の沙汰も金しだい~♪

 ふふふ、今日は吠えるぞ。(ちょびっとね)

 時々、書をやっていることで作品を制作する事以外に何か使えないかと考える。すぐ思いつくのは、そろそろ書かねばならない年賀状である。その他に何かないか・・・と考えていたら、あった!見つけた! 今年思いついた。

 そう! 「退職願」である!

 ところが本人の期待もむなしく、「所定の様式に必要事項を書いてください。」という注意書きとともに、会社で決められた形の退職届が有給消化中の僕のところへ送られてきた。せっかく今までやってきたのに。(そうじゃない!!)

 他にはないだろうか、と思っていたら一つ思い出した。

 実は昨年僕は叔母を亡くした。父の姉にあたるが、まだ60代だった。せっかくだから何か役に立てばと思い、シルバーバーチの霊訓を1冊持参したが結局何もできずじまいだった。近い親戚であるし交流も深かった一家だったが、所詮違う家。家族の中へは入っていけない。「気持ちは分かるよ。」などと言うのは、実は何もわかっちゃいないのではないかと思う。だから何も言えない。

「おばあちゃんは天国に行ったんだよね。」

まだ4歳くらいの叔母の孫(従兄弟の娘)が僕に聞くので

「そうそう、間違いないよ。」

そう答えたのみだった。

 いきなりしんみりしたが、話はこれ。

戒名である。

位牌はきっちり彫って作られるはずだが、木の板に手書きで書かれる物もある。叔母の戒名が書かれたものを見た時、そのあまりに下手な字にあきれ返ってしまった。小学生でももっとましな字を書くだろうに!

だいたい現代の仏教は葬式仏教である。自分の時には葬式いらない、法事もいらないという気持ちだが、ただそれをしないことによって後に残る家族がいらぬ心配をしないとも限らないので、まあやっといてもらうか、ぐらいに考えている。

しかし僕のまわりの多くの人は、きちんと葬式をし、法事をし、決められたことをしっかりこなさないと死者が成仏しないと考えている。もしくは考えずにやっている。そこにつけ込んでいるのが今の坊主である。檀家制度によりほぼ不動の「顧客」をもちながら、その顧客へ渡す唯一の「商品」である位牌の文字があれでは、家族もやるせない思いであろう。文字通り仏さんもうかばれまいに、などと冗談にもならないことを考える。

さらに言わせてもらうが

戒名料  とは何だ?

調べたところ、40万から200万とある。  

 戒名料 (これが全てとは思わないが)

何だとー!このやろー!こんな話、早く教えろー、僕も出家させろー!

あのさあ、「院」が付くと格が高いとか「信士」だと普通だとか、変でしょ。それにあの字で40万とる?いやそうでなくて制度自体の話だな。勿論その後のアフターケアなどもあるのだろうが、おたくら「自分が仏さんを成仏させてやっている」とでも言いたいわけ?

 もちろんすばらしいお坊さんも多い。以前に書いた英語塾の先生などは僕が直接知る限り最高の坊さんだった。この先生になら僕の戒名を決めてもらってもよかったな。

 我が家は臨済宗妙心寺派なる宗教団体の末端らしいのだが、たまに会報が来る。

「死者が閻魔様の前へ出て戒名を呼ばれるが、最近は生前それを決めていないため本人が知らない。だからあの世へ行って右往左往する人が多い。生きているうちに戒名を決めておきましょう。」

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                      (実はこれ一回使ってみたくてさあ)

お前ら見てきたのか?

 実は自分で自分の戒名はどんなのがいいだろうかと考えたりもし、親にもこう言っている。

「戒名なんぞ自分で考えときな。いらん金払うぐらいなら生きている間にその金でうまい物を食べればいい。

位牌?

不肖 私めが死に水同様、筆もとらせていただきます。ご不満か?」

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2005年12月11日 (日)

霊言あれこれ

 世の中に霊言と呼ばれる物は多い。シルバーバーチは今のところ“本物”の筆頭に挙げられるだろうが、三大霊訓以下どこまでが信頼に足るのかはよくわからない。

 さて、こんなHPがある。あえてリンクはしないがHP名は

「毎日神が語りかけるHP」

という。そのまま検索すれば一発で出る。

 トップページが出ても、どこから見れば良いのか非常に分かりづらいが、真ん中に「毎日の神のメッセージ」がある。これを読んで僕には疑問が多くわく。非常に曖昧というか、大雑把な言葉の羅列と感じる。左上に「神語録」というものがある。また対話形式の記録もあるが、シルバーバーチを読まれた方はどう感じるだろうか。

 なお「愛口座」というものがあり、「愛は金であり、金は力だ、愛(金)を流せ」というわけで、

「うちで口座を作ったから、そこへ振り込め」と書いてある。

何をおっしゃいます?

 途中で僕なりの結論を書いてしまうが、「神」が己を「神」だと言う場合、それは自ら自分は「神」ではないという証明書を提示したようなものであると思う。「神」が「神」であるが故に一個人に特別に語りかけることは絶対にあり得ないだろう。これが自らを「霊界で修行中の霊」とか「肉体を持たないだけの存在」というならば、まだその言葉には耳を傾ける余地はあると思うがさてさて・・・。思い切り善意で受け取れば、どこかの神話の神なのかもしれないが読んでいてもそうとは思えない。

 この団体の存在を知ったのは、前々回のすぴこんへ行ったときにブースを出店していたので話をしたのが最初だ。そこにこちらの「か・み・さ・ま」の言葉を集めた本があったのだが、読むうちに疑問だらけになった。それをそのままぶつけてみたが、ほとんど答えは得られなかった。別に意地の悪いことを言ったつもりは無いし、だいたい議論はあまり得意とは言えないので「こことここは矛盾していないか?」というものがほとんどだった。客は僕一人に対し、ブースの人間が入れ替わり立ち替わり話をしに来たが、全員お帰りいただくことになり、最後は責任者の男性が出てきて話をしてみたが、

「全てはアダムとイブが原因なんですよ!」

としか言わない。最後は「もう閉店の時間ですから」と言われ話は終了。つまるところ、

「神がそう言ったからそうなんだ。そう信じれば良いのだ。」

というところか。僕は相当イヤな客だったろうな。

 こんな事を書いていると人間が悪くなったような気もする。ま、どんな神を信じるのも個人の勝手ではある。そういう僕も仏教が好きで、お経の解説本を読んだりしているわけだから。

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2005年12月10日 (土)

虹の色は何色?

どうでもいい話なのだが、母親と話をしたとき、

「虹はどうしてできるの?」

と聞かれ、一瞬窮した。

「光が水滴を通る時、プリズムの要領で光が分解されるんじゃなかったっけ・・・」

改めて言われて、あまり自信が無かったので調べてみた。

Wikipedia

知っているつもりの事にも知らないことはいくらでもあるものだ。色は7色で当たり前だと思っていたが、他の国では6色だったりあれを2色と捉えるところもあるそうで、少しびっくりである。

 よく読んでみれば、ニュートンが実験して「7色」と記述したのが始まりで、日本ではそれをそのまま取り入れたため定着したらしいとのこと。さらによく考えてみれば6色でも7色でもよいが、その境界はきっちり分かれているわけではない。つまりやろうと思えばいくらでも細分化できる。

 これを書いている途中で思い出した。「永遠の大道」の中で「旅する魂がたどる行程」の説明で「1物質界 2、3、・・・7超越界」とある。注釈の中で界層の数え方について実はいくつと数えられるものではなく、7界説ではそもそも中間界をカウントしているのは不自然であるといい、西洋人にとっては「7」が良い数字でありこだわりなのだろうという見解が示されている。

 たぶんこの虹の色の数え方もそれにならったのではないか、と勝手に思ったりした。

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2005年11月25日 (金)

自分が存在する理由(また大げさな)

「いったいあなたとは何なのでしょう?」
知っている人には有名すぎるこの一節であるが、僕がかつて疑問に思ったのは
「人間は何のために生まれ、何のために生きるのか?」
というものだった。

 別にカッコつけてるわけではないのだが暫く悩んでいた時期があった。自分は何で生きてるんだ・・・そのうちに1つ気が付いた(ような気がした)。

自分が存在しなくてはならない絶対的な理由は無い・・・んじゃないの、と。

 自分は弟がいるが、初めから「僕」が存在していなければ弟が長男としてその人生を過ごしたはずだ。自分にしても「なぜ兄や姉がいないのか」などという疑問を持っても、いないからいないとしか言えない。
 学校などで40人のクラスがあるとして、もし自分が存在していなければ39人のクラスが出来るだけで、なぜ40人では無いのかという疑問は誰も持たない。
 会社であっても今は誰かがその仕事をこなしているが、もとからその社員がいなければ違う人がやっていたはずなのだ。

 つまり、今突然自分が消えてしまったりすれば迷惑がかかる範囲は大きいが、もとから存在していなければ、それはそれで家庭も学校も会社も社会も動くわけである。

 なおここで間違えやすいと思われるので書いておく。
「自分はこの世で必要のない人間だ。生きていても仕方がない。」
こういった類の悩みとは根本的に違うということだ。

 この命題についてずいぶん長いこと考えていた。

 

ず---------っと考えていた。

そして、ついに結論を出した。

時間のムダである。



 

・・・・・・・・・なんじゃそりゃ(笑)。

 そう言われれも仕方ないのだが、考えること自体を放棄した。

だいたい分かるわけがない!

好きで生まれてきたわけじゃねー      (どうやらそうらしい)
死んだら何もかも無くなるんだー       (そうでもないらしい)
楽しくなきゃ人生なんぞ意味ねー       (そうでもないらしい)

そう考えることで悩むのをやめた。これで楽になった。

はずだった。

すぐに次の疑問が湧いてきた。

「では、どのような人生を送るべきなのか?」

良い本に出逢うのは早いほうがいい。
もちろん読むだけなら誰にでもできるけど。

摂理に即した生活?とてもとても人に言えるようなもんではございませんな。

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2005年11月 4日 (金)

修行は甘くない

 今年の全日本剣道選手権大会は原田悟氏の優勝となった。
  決勝の小手も良かったが、準決勝の面も良かった。相打ちで当たる瞬間はその場に居合わせれば分かるが、テレビで見ていると分かりづらい。

 剣道をされていない方はもっとどんどん打てばいいのに、と思われるかも知れない。確かにその方が見栄えもする。しかしあれは打ちたくても打てないのだ。構えたときの打たない攻め合いというものがある。すっと前へ出たり、下がったり、竹刀をチョンと払ったり、打つふりをしたり。これは何をしているかというと、自分の竹刀で相手の中心を取るための「静」の攻め合いなのである。中心を取らずに打ちに出ればどうなるかといえば、相手の竹刀の先が自分の喉に食い込むだけだ。だから打ちに行くときには「静」の攻めは大方決着が着いているのだが、だからといって相手も打たれるままにしておくわけがないので体勢を崩してもかわそうとする。「静」から一転して「動」となる。打ち始めたら気を抜いた方の負けである。 そして勝負を決する「その1本」のために剣道家は毎日何千本も面を打ち、小手を打つ。

 シルバーコレクター、ブロンズコレクターに甘んじてきた原田選手。今年は最高の1年ですね。おめでとうございます。優勝インタビューでも「感謝したい」を連発していました。これからはいろんな大会に出ても、挑戦を受ける立場です。剣道は圧倒的な王者はなかなか出ないですが勝ち続けてほしい。しかし負けたとしても
「我いまだ木鶏たりえず。」
なんて言ってくれると、かっこよろしいんですが。

 テレビで見る原田選手しか知りませんが、
「おとなしくて人の良さそうな公務員」
みたいにしか見えないんですけど・・・・・それに比べ柔道の井上康生選手や鈴木桂治選手がいたら、100m離れてても思わず「ごめんなさい!!」と言ってしまいそうな気がするのは何だろう?(別に悪気は無いんです。すいません)

 面の打ち方、小手、胴、突き、真剣にやっていた頃は毎日がこう打てばいいのかという発見があった。しかしいくら発見しても、すぐに新しい発見があるためそれが完璧などとは思えない。
 書にしてもそう。ここ2,3年くらいにようやく「右払い」(例:「人」、「文」などの最後の払い)がそこそこ書けるようになったかな、という程度のものだ。
 まして真理の理解など遙か彼方・・・ですよ。

 あのHPは開設当初からたまに覗いてはいたが発言はしていない。しかしながら改めて考えさせられる。

何だか力が入らない。

 
いかん、必ず書こうと思っていたのに忘れかけた。
韓国の皆さん!!剣道の発祥の地は日本ですから!!
韓国が発祥だなんて世界へ出ていって言わないでください!!
まずはキムチの次の自国の文化を創り上げましょう。
いやその前に「著作権」という概念の存在を知ってください。
(ここに書いてどーすんだ)

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2005年10月21日 (金)

サムシング・グレート

 筑波大学名誉教授の村上和雄先生の書かれた本を読まれた方もいらっしゃると思う。
  バイオテクノロジーに関して世界でも指折りの権威であり、ヒト・レニン酵素の遺伝子暗号解読に取り組み、あのフランスのパスツール研究所と競争し勝ってしまった教授である。また日テレ系の「世界一受けたい授業」にも出演された。まさに科学の最先端に位置する先生だ。

 この先生は何冊か本を書かれており、僕が読んだのはまだ1冊だがこれを紹介する。
「人生の暗号 -あなたを変えるシグナルがある-」
 この本は遺伝子工学を専門的に書いた本ではない。先生が自分の仕事を通して人生における学びを綴ったような本だ。だが成功哲学とはちょっと違う。
 テーマは当然遺伝子のことである。先生が言うには、人との良い出会い・自分の能力の発揮・願望の成就・幸せになる、このようなことの全てが遺伝子の働きとつながっている、というのである。遺伝子はONになっているものとOFFになっているものがあるそうだ。そして全遺伝情報のうち実際に働いているのは5%~10%しかないと考えられているという。だから人生をよりよく生きるには良い遺伝子をONにし、悪い遺伝子はOFFにするようコントロールする必要があると言っている。その方法として、

①思い切って今の環境を変えてみる。
②人との出会い、機会との遭遇を大切にする。
③どんなときも明るく前向きに考える。
④感動する。
⑤感謝する
⑥世のため、人のためを考えて生きる。
などを挙げている。
スピリチュアリズムの説くところと似ている部分も多いと思う。
 
 しかしスピリチュアリズムでは地上における「悪い人生」は必ずしも失敗だとは考えないし、いわゆる難病にかかったとしても、カルマの解消であるとか、霊的真理の目覚めのきっかけと考える。そもそも「困難には感謝を」というスピリチュアリズムとは相容れないと思う。
 シルバーバーチは「自分にとって必要な向上進化を促進するにはこういう環境でこういう身体に宿るのが最も効果的であると判断して、魂自らが選ぶのです。」と言い、自分で計画した人生の予定表がある、と言っている。そしてその予定表の枠の中でどれだけ潜在的神性を発揮するかは自分の努力次第であるとも。
 
 そうなればどうやらその「計画」は遺伝子に組み込まれているのではないかということになる。村上先生はこの著書の後半で
「この研究をしていて、つくづく不思議に思うのは、人の生命設計図の精巧さと、それを極微の世界に書き込んだのは誰かということである。人間が書いたものではないことだけは確かだ。そこから私は人間を越える創造主、神のような存在を感じざるを得ない。その存在を私はサムシング・グレートと呼んでいる。」
と綴っている。
 僕は今まで「人生の予定表」の進行とは、自分の心の成長と背後にいる霊の影響だろうと考えていた。しかしこの本はさらに肉体内の遺伝子にもその予定表が組み込まれているのではないかという要素を追加してくれた。そして反対側と見られる科学の分野から人生の予定表の仕組みを教わった事が驚きであり、最先端の科学者がご自分の研究から「神」の存在を認めざるをえないと言われることにも驚くのである。
 
 僕としては科学が神を証明する事はできないと思う。それがあるなら背理法的な手法しかないのではないかと思っている。しかし必ず科学者が神を認める方向に行くだろうとも思う。

 このサムシング・グレートの話は「Spiritual Cord」に参加されていたKOBUさんの書き込みから1度よんでみようと思っていたものです。お元気でしょうか?

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2005年10月20日 (木)

霊能者2人

 僕の祖母は94年に亡くなった。まだ78歳だった。家族が言うのも気が引けるが、大変出来た人で、何事においてもヒステリックになったりせず、冷静で穏和だった。田舎の農家に生まれ、小学校しか出ていなかったが賢く70を越えても、農業の論文のようなものまで書いていた。祖母はパーキンソン病で亡くなった。亡くなるまでの2年弱、家族は大変だったようだ。そのころ僕は学生で1人暮らしをしていたため詳しくは分からない。年寄りがぼけて家族が介護して疲れるという話はそう珍しい話ではない。

 それがややこしくなったのは女性霊能者が介入してきてからだった。祖母は入院していた時期もあったが、この頃からだった。叔父がある霊能者とともに活動しており、その霊能者が色々な「アドバイス」をしてきたのだった。「霊がこう言っている。」といいその通りにしないと駄目だと言い張るのだ。最後には病院から処方される薬も種類によっては「これはダメ」と言って祖母に飲ませない。担当医は効果が出ないため更に強い薬を出す。また飲ませない。こんな事が繰り返されたらしい。
 その「霊言」に振り回され、うんざりした僕の父は偶然知り合ったある霊能力のある男性に相談した。彼には一晩中話を聞いてもらったこともあったという。さらに叔父の家へ行き、代わりに話をしてもらったこともあるそうだ。その騒動も祖母の死とともに一応幕引きとなった。
 あわや霊能者同士の対決ともなりかねなかった一件だったが、実現はしなかったようだ。それはそれで見物であったろうにと不謹慎にも僕は思うのだが、そのころに自分が少しでも霊訓を読んでいたらどんな展開になったのだろうと考えたりすることもある。 

 父は今でもその男性霊能者に大変感謝している。しかし父がどれほどお礼をしようとしても、一切金を受け取らない。挙げ句の果てには「どうしても金を受け取れというなら、縁を切る。」と言い出す始末なのだ。困った父は「秋になったら家で米がとれるから、それを受け取ってくれ。」ということで、ようやく話が落ち着いた。聞くところによると、嘘か本当かは知らないが、仏門に入れば随分高い位に昇れるそうである。仏教界の組織はよく分からないし、直接本人に聞くのもどうかと思う。彼は人間界がいいと言って県営アパートでしがないサラリーマンをしている。
 女性霊能者の方にはかつて霊視してもらったこともあるが、「一回一万円」と始めに言われた。叔父は今ではその女性霊能者とは縁を切っている。
 
 目に見えない世界はむずかしい。 

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2005年10月17日 (月)

すぴこん 1

16日はミュウさんとともに名古屋すぴこんへ行って来た。
僕は先に着いて入っていたのだが、暫くすると「気」の分からない僕でさえ室内の恐るべき空気に気分が悪くなり、1時間に2回も外へ休憩しに行った。ミュウさんは部屋へ入る瞬間からすでに凍り付いてましたね。気持ちわる!(じゃあ行くなよ・・・)

 チャネリングをするブースが何カ所かあった。ほほーってな感じで見ていると、こんなのがあった。
「ブッダとチャネリングします。」
なんだそりゃ。
「イエスとはチャネリング出来ないんですか?」
「イエス キリストはねー人間界にいたときより進化しましてね、今ではキリスト意識としか現れないんですよ。」
意味が分からん。

 まあ面白そうなんでやってみた。
「どなたと繋がりたいですか。」
「そちらで適当にお願いします。」
というわけで、その男性は踊りながらトランス状態に入った。そして席に着いた。そのとき開いた目は確かに「別人」だった。そして開口一番
「ミカエルです。」
自分で言うか? 守護天使ミカエル君との対談はこうして始まった。

「何か質問は?」
まずい、何も考えていなかった。困った僕はあわてて
「地球人類が平和になるにはどうしたらいいですか。戦争はなかなか無くなりませんが」
なんつー質問だ、と我ながらあきれる。
「それは地球人類の総意だ。戦争をしたがる人間が多いからだ。」
そうかなあ?
「宇宙には3つの意志がある。神と自然と人間だ。しかし自然には自由意志はない。人間には自由意志がある。また情報には責任が伴う。」
どこかで聞いた言葉だ。
「ほかに質問は?」
「スピリチュアリズムの普及についてなんですが、シルバーバーチって知ってます?」
「知っている。」
おお、ミカエル君、できる!
「ではスピリチュアリズムはご存じですね?」
「知らない。何ですか?」

知らんのかい!

「日本語で訳せば霊的真理とか、心霊学とか、自然界の摂理や、宇宙の法則とかですね。」
「それで?」
「要するにですね、神が地球人類に対して・・・」

っっって、ちょっと待て!

なんで霊の方が質問して、人間の僕が答えるんだ?逆だろ!

第一金払ってるのは僕だ!

「地上で起こっていることは分からない。次元が違うためだ。だから人類がどのように名付けているかは分からない。わかるのはこの者の肉体を借りているときだけだ。」
「それは逆でしょう。下から上は分からないが、上から下はお見通しでしょう。」
でも分からないらしい。
「我々は人間達を助け、その願いを叶えようとしている。」
「人間の願望は必ずしも本人のためになるとは限らないんじゃないですか。」
「人間の価値観は色々だ(みたいな事を言ってた)。」
「僕の価値観はぶっ壊れちゃってますかねー?」
「あなた方のように、気がついた人が多く出てくることを望みます。」
先回りして、人のプライドをくすぐるような事を言ってるんじゃないでしょうか。
「我々は7つのグループに分かれて時期を変えて入れ替わり、地球を統治している。」

ほう、それで霊界からの働きかけを知らぬとな。

その前に統治する対象が把握出来ない、とさっき言ったよな・・・。
「最後に1つ質問を。」
「我々はこれでよいのでしょうか。」
というあまりにアバウトな質問をしてみた。意図としてはスピリチュアリズムに出会った人間の活動は今のままでよいのか、という意味だ。すると
「そのような質問が出ることに感謝いたします。」
なんだそりゃ。答えになってませんよ!

 まあ悪い雰囲気ではなかった。後から考えると、素直に「スピリチュアリズムは知らない」とはっきり言っちゃてるわけで、もし性悪霊なら無理して「知っている」というのではないかとも思うのだ。もっともそうすると後でボロが出るかもしれないが。また彼は丁寧に自己紹介してくれたのだが、「私が誰であるかはどうでもいいことです。大切なのは私が伝えている内容です。」なんて言ってくれると、こちらももう少し素直に質問できたんだけどな。

 そういえば最後に説教された。
「人類は信仰心を無くしてしまった。特に日本人はそうだ。神社などで祈ってみても、信仰心が無いから我々の所へは届かない。」
そうかな、滅多に無いとはいえ、信仰心は無くても他人のために真摯で純粋な祈りなら届くと思いますよ。でもミカエル君の耳には絶対に届かないね。

なんせ、次元が違いますから!!

自分でそう言ったもんな!

 ミカエル君は今日、スピリチュアリズムという素敵なものを知ったのだから、是非勉強してほしいと思う。僕は彼の成長に大きく寄与したわけだ。でも何で人間より先に霊に伝えにゃならんのだ?まあ悪い人ではなさそうだったな。こんな事を言ってると痛い目を見る。教えたつもりが別の面で教わっている事が結構あるもんだ。

 最後はお互い合掌して終わった。そのとたん彼がはっと目覚めた。今の会話はうっすらとしか憶えていないという。
「何だか難しい話をしてましたね。」
べつにー。

ブースの人からは「今度あなた方もすぴこんに出展してくださいよ」なんて言われた。何のウリもないのにどうやってやんのさ。

次回ももう一つすぴこんネタを紹介します。今回、次回は完全におちゃらけモードです。
その次からは真面目でお堅い文章に戻る(はず)つもりですのでご容赦ください。

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2005年10月14日 (金)

布教?いや違う

「ブログ始めました!」
と昔からの友達に言ってみようか、と思うときもたまにある。

 そうすれば多分大抵の人は一度は見に来てくれるだろう。そしてコメントを書いてくれる人もいるだろう。しかしスピリチュアリズムとは言わないまでも、宗教などの意義みたいなものを考えた事のない人は、このようなブログ(別に卑下しているわけではない)にどうコメントすることができるのだろうか。

 ここがプロ野球の好きな人のブログなら
「阪神優勝しましたね。中日は終盤だめでしたね。」なんて書ける。
 サッカー好きなら
「Jリーグは大阪が優勝できるでしょうか。ところでオフサイドって何?」
 政治関連なら
「拉致は北朝鮮ではない、とHPで言い続けてきた社会党の土井たか子は、拉致被害者の家族に土下座して謝れ。」
(注:これは実際に見た内容、おっと)
なんていくらでも書ける。

 もしここにコメントをするとしたら
「遊びに来ました。でも宗教の事はよくわかりません。がんばってください。」
ぐらいのものだ。そしてその後は
「ブログで神だの霊だのって書いてたぞ。」
「うわあオウムみたい。」
「人生宗教に走ったら終わりだね。」
などと陰口を叩かれるのが関の山である。「違うんだって!」と言ってみたところで無駄である。だから前の会社にいたときも何となくそんな話題になったときは
「神様?いないと思うより、いると思っている方がいいじゃないですか。」
「死んだらすべて無くなるんじゃ、何だか寂しいですね。」
なんて事を言ってみたりした。

 でも無理をしなくても伝えざるを得ない場合がある。
 以前勤めていた会社で、うちへ出入りの業者さんがいた。彼が1週間ほど休むという。実際の仕事は彼の部下が行っていたため、業務に支障は無かった。その後彼は「ご迷惑をおかけしました。」と事務所に挨拶に来られた。そのとき事務所にはたまたま上司も後輩も全て外出しており、僕だけがデスクワークをしていた。そして彼が説明をはじめた。

彼の弟が亡くなったのである。

 それはスピリチュアリズムで最もいけないとされる亡くなり方だった。彼はそれでも毅然としていた。見事だと思った。話を聞く間、僕はずうっと悩んでいた。話すべきか、やめるべきか・・・。でも意を決して話すことにした。
「人間は死んだらどうなると思いますか?」
当然相手は面食らった。
その後僕は自分でも驚くくらい喋りまくった。1時間以上だった。死後の世界と現在の世界について僕が考えていること、生まれてくる意味、そしてシルバーバーチの存在、心の道場さんのHPで翻訳されたものがタダで読めること、なんてところまで一気に話してしまった。その間彼は「うん、うん」と相づちを打ち、食い入るように僕の話を聞いてくれた。最後には「共感できるところが少なからずあります。」と言ってくれた。彼が帰ったあと、10分ほどして上司が帰ってきた。僕は彼が挨拶に来た事を報告した。

 彼とはその後も2人になると、その話になった。だいたい向こうから話をふってくるようになってしまった。ただ僕が会社を辞める事になり、結局初回ほど濃密な時間は持てなかったが、今でも彼は「シルバーバーチの霊訓」を読んでいるはずである。

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