2007年3月11日 (日)

守りきれなくて逆に訴えられる

東京大空襲、国を提訴 被災者ら112人(朝日新聞)
2007年03月09日13時33分
 62年前、一夜のうちに約10万人の命が奪われたとされる東京大空襲の被災者や遺族112人が、国に総額12億3200万円の損害賠償と謝罪を求める集団訴訟を9日、東京地裁に起こした。空襲被害を受けた民間人として初の集団訴訟。原告側は「民間人被害者に何も援助をせず、切り捨て放置した国の責任を問う」として、国家補償が整備された旧軍人・軍属と一般戦災者との格差の是非を問い直す。遺族を含めた原告の平均年齢は74歳で、最高齢は88歳。

 原告側は「東京大空襲が国際法違反の無差別爆撃だったことを裁判所に認めさせ、戦争を始めた政府の責任を追及したい」として、旧日本軍が中国・重慶で繰り返した爆撃などが米軍の作戦に影響を与えた点についても責任を明確にしたい考えだ。一般戦災者への補償や死亡者の追跡調査、追悼施設建設も求める。

 戦傷病者戦没者遺族等援護法は、軍人・軍属で障害を負った人やその遺族に年金を支給するよう定めている。同法を一般戦災者にも適用しないのは違法として、名古屋空襲の被災者2人が国家賠償を求めた訴訟は、最高裁で87年に敗訴が確定。一、二審判決は「援護法の趣旨は国の使用者責任で補償すること。民間被災者との差別には合理的理由がある」とした。

 中山武敏弁護団長は「空襲については被害者すべてを救済するのが世界の『人権水準』。一般戦災者を切り捨てた国による差別が今も続く苦しみを耐え難いものにしている」と訴えている。
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よく分からん。

被害者が「日本」で、訴えているのが「日本」で、訴えられているのも「日本」なわけだな。

アメリカってどこにも出てこないのね。

>「東京大空襲が国際法違反の無差別爆撃だったことを裁判所に認めさせ、戦争を始めた政府の責任を
>追及したい」

前半は全く同意する。しかしそれがなぜ「戦争を始めた政府の責任を追及したい」という流れになるのか不思議だ。そもそもその文章ではいつの間にか対象にしている相手がすり替わってますけど。

これがいわゆる「WGIP」ってやつか。

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2007年3月 7日 (水)

従軍慰安婦について

詳しい方がたくさんいらっしゃるので、興味を持たれたらご自分で調べてみてください。

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慰安婦関係調査結果発表に関する
河野内閣官房長官談話

                                                                          平成5年8月4日

 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。
 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。
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これがいわゆる「河野談話」と呼ばれる戦時中の従軍慰安婦についての政府の見解ということになっている。これについてアメリカの下院で「慰安婦決議」なるものが出ているそうで、日本でも民主党の小川氏と安倍総理がやり合ってます。

参議院予算委質疑 慰安婦問題01
参議院予算委質疑 慰安婦問題02

あまりよくご存じ無い方にとっては
「戦時中、慰安婦がいた事は事実なのに、日本政府はそれに対して謝罪しようとしない」というイメージが先にたってしまうかもしれない。

しかしそうではなくて、慰安婦という人達がいたことは事実である。しかし慰安婦として女性が強制連行された事実があるかどうかという事がポイントである。これを河野談話では認めてしまっているわけで「これを見直すべきか」というアンケートが行われている。

男の側からの意見になるが、大半の男にとって女の存在は不可欠なのである。そういうものなのだ。まして戦場で命のやりとりをする兵士にとっては尚更だと思う。日本軍の兵士だけが好色で世界中の他の軍隊はそうでないわけがない。そのような施設を持たなかったのは確かソ連軍。だからどうなるかというと、侵略先で蛮行のかぎりをつくす。それを防ぐために金銭でわりきったそのような施設が設けられたという事も言える。(なおGHQの場合は日本側に用意させるという手段を取った。)

当時の日本は列強に肩を並べたとはいえ貧しい時代で、飢饉や冷害があれば口減らしで生まれた赤ん坊を殺したりしたこともあった時代だ。そうなれば当然泣く泣く娘を「売る」事もあっただろうし、借金が返せなくて娘を取られた人もいただろうと思うし、騙された人もいたと思う。娘の側にしても自分が行かされる所がどんなところか分からずに行く場合もあったろうし、分かっていてもそれで「幼い兄弟がひもじい思いをせずに済むなら」と思ってそこへ赴いた娘もいたと思う。また現在に比べれば女性の働き口などほとんど無いわけで「職業」として選んだ人もいただろう。

従って、双方の意図が合致した結果ともいえるかもしれない。

しかし、「軍が強制的に慰安婦として連行した」という証拠は見つかってはいない。従軍慰安婦だった女性が証言しているではないか、と小川氏は言うが、これらの証言はそのたびに時期も場所も食い違い、矛盾だらけである。証言だけで物事が立証できるなら何でもありということになる。日本としては「証拠は無い」と言い続けるしかないのが残念なところ。ちなみに「無かったことを証明しろ」というのを「悪魔の証明」という。

「従軍慰安婦の強制連行」について火をつけたのは、吉田清治という人物である。これを否定したのが他ならぬ韓国の新聞であったのはかなり皮肉であるが、後に彼は
「実は全部嘘でした」
と認めている。
20070304117299443440907600

(吉田清治)













結局この議論を蒸し返すのは日本のイメージを悪化させる為にやるのだと思う。百歩譲って実際にそのような蛮行があったとしても、日韓国交正常化で全てチャラになったはずなのだ。国交正常化とはそういう事なのだから。慰安婦に関する補償項目が無いという指摘もあるが、日本が「個人補償する」と言ったにもかかわらず「それはこっちでやる」と言ったのは韓国であるので、日本はそれ以上どうしようもない。このときには韓国の国家予算が3億ドルの時代に、日本はもろもろ合わせて8億ドルくれてやっている。それが多いか少ないかは意見が分かれると思われるが、それでよしとしたのなら今になって「もっと賠償金をよこせ」というのでは話にならない。まして韓国政府はその金を個人補償になど使わずほとんど工業化のために使ってしまっている。それはそれで国が豊かになったことである意味補償ともいえる。というかその前に韓国政府は国交正常化の詳細を1,2年前にようやく公開したばかりなので、さらにややこしい。

日本はこんなくだらない事のために無用の謝罪などしないよう安倍総理には頑張ってほしい。謝罪なんぞしたら罪を認めたことになる。

以下、韓国側から出された「従軍慰安婦強制連行の決定的証拠」
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2007年2月26日 (月)

靖国神社も大変だよね

韓国人の靖国神社合祀の取りやめ求めて、遺族らが提訴へ
2007年02月14日23時01分
 韓国の戦争犠牲者の遺族ら10人が靖国神社を相手取り、韓国人犠牲者10人の合祀(ごうし)取りやめと原告1人当たり慰謝料500万円などを求める訴訟を26日に東京地裁に起こすことが分かった。支援する韓国の市民団体「靖国反対共同行動韓国委員会」が14日、明らかにした。

 同委員会によると、原告は太平洋戦争被害者補償推進協議会の李熙子代表ら。韓国人の戦争犠牲者遺族が靖国神社に対して訴訟を起こすのは初めてという。訴訟では、合祀者の名簿から戦争犠牲者の名前を削除することや慰謝料に加え、報道機関に靖国神社からの謝罪文の掲載や放送などを求めていくとしている。

 北朝鮮の被害者遺族らからも訴訟に参加したいとの意向が寄せられており、原告がさらに増える可能性もあるという。

 韓国人の合祀をめぐっては昨年5月、旧日本軍に軍人・軍属として徴用された韓国人や遺族らが日本政府などを相手に損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁が「合祀自体は靖国神社が判断して決めた」とし、原告の請求を棄却した。
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神道の教義上、一度合祀されたものを分ける事は不可能である。(教義?とか言わないように)本質的にはそこに「いる」と思えばいるのであり、「いない」と思えばいないのである。

相変わらず朝鮮人は勘違いをしているようだが、併合時代は搾取され苦しめられ、無理矢理戦争に駆り出されたわけではない。日韓併合で一番得をしたのは朝鮮であり、一番損をしたのは日本だと分かっているのだろうか。

朝鮮人が徴兵されることになったのは1944年、つまり終戦の1年前。召集令状が来てもそこから徴兵検査→訓練となるので実質的には強制で戦地へ赴いた朝鮮人兵士はほとんどいないはずである。実際に戦地で戦った朝鮮人兵士というのは完全な「志願兵」である。従って合祀されている朝鮮人兵士も「志願兵」なのである。改めて言うまでもないが、日本人はそのずっっっっっっと前から招集されているのであり、朝鮮人はずっっっっっっっと猶予されてきたのである。

そういう先祖の意志を無にする子孫の馬鹿さかげんは笑うしかない。

また当時の半島の近代化のスピードは凄まじい。一番分かりやすいのは日韓併合の前と後では人口が2倍になっている点である。どれほど日本が朝鮮に投資し、近代化に努めたかがわかるというものだ。勿論第1の目的は国防であるが、日本が他の植民地支配と違うのはそこも「新たな日本」として扱ったという点である。同じ日本だから同じ生活水準まで引き上げようとしたのである。それを今になって朝鮮は「搾取」だといっているのである。

しかし残念ながら、当時の朝鮮半島に日本が搾取したくなるようなものは皆無であった。
ただ1点重要だったのはその地理的位置だけ。それだけのこと。

韓国人の中には第2次世界大戦で、日本と韓国は戦争をしたと思っている人間もいるらしいが、実は戦争中は日本と韓国は手を取り合って列強と戦った戦友なのである。(それが日本が負けた途端に突然「戦勝国だ」と言い出した。)

と講釈を垂れても理解できる人間なら裁判を起こしたりはしない。

原告1人当たり慰謝料500万円などを求める訴訟を26日に東京地裁に起こすことが分かった。

要するに金なんだな。

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2007年1月 6日 (土)

あけましておめでとうございます

ずいぶん遅いですが、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

今日は昨年から楽しみにしていた「白虎隊」が放映されます。1986年に日本テレビで放映され、それを見たときに初めて本格的に知ったわけですが、あのときも良かった。

僕は歴史がとても好きですが、中でも幕末はもっとも面白いと思っています。倒幕・佐幕 は関係無く、どちらの本を読んでも、どちらにも共感してしまいます。

河合継之助と長岡藩なんかも面白いと思うんだけど。どこかの局でやらんかなあ。

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2006年9月 9日 (土)

天皇制反対なんだってさ

また天皇陛下の話の続きで・・・でも逆の方面から。(散歩道様より)
こういうこと真面目にやる人がいるんですね。唖然としました。

Up346841_2   

突っ込み所が多すぎますが、

>天皇・皇族を賛美することは、平和や人権をないがしろにすることを意味します。

では、なぜ戦後60年日本は戦争をしなかったのでしょう?

>こうして、すべてが、天皇家の繁栄のために動いていく。その分、私たちの負担と不自由ばかりが増していくのです。

「負担」については大人の無法地帯様によりますと、国民1人あたりの皇室への負担額は年間200円程だそうです。昨今の報道の金額からしても確かにその程度でしょう。「不自由さ」については、一般国民より皇族の方のほうがはるかに不自由しておられるでしょう。

おまけにカルトなんて言ってるし。

サヨクが衰退する理由がよく分かります。

さて毎度おなじみの韓国「親王ご誕生にも祝辞なんぞ送ってやるもんか」だって。
enjoy Korea  【非常識!】韓国政府、親王殿下ご誕生に関し祝辞を送らないことを決定

もーすこし大人になれよ、と思ってしまうのでした。

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2006年9月 8日 (金)

学校で教えない天皇陛下の価値

親王殿下ご誕生ということで、良い機会だと思うので、天皇陛下について少し触れてみます。

「韓国人はなぜ反日か?」から抜粋させていただきました。(要するに全部人任せ)
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1.天皇というのは世界で2人いる最も地位の高い者である。(もう1人はローマ法王)

 エリザベス女王ですら天皇陛下と同席するときは上座を譲るし、アメリカ大統領であっても天皇陛下が訪れれば空港へホワイトタイで出迎える。ちなみに米国大統領がこの歓迎法をとるのは、天皇陛下・ローマ法王・英国君主のみ。つまりアメリカ大統領に最敬礼させられる高位者3人のうちのひとりである。

 天皇家が存続することで「税金で無駄に養う人間が増える」などと言う者がいるが、外交的にも最上級の国賓待遇を以って接せられる存在が無為なものであるはずがない。皇族の存在そのものが持つ影響力は莫大なものであり、国民一人一人が皇族のために納めている微々たる金額とは比較にならないほど絶大な恩恵をもたらすことができる。これは世界遺産である屋久島・白神山地・知床の存在と似ていて、一度失えば後からどんなに金を費やしても二度と手に入れることができないものである。
  
2.日本の天皇家は、世界で最も歴史の古い王家の血脈を今に伝える文化的にも価値の高い存在である。

 英国王室のエリザベス二世が38代目、欧州最古といわれるデンマーク王室のマルガレーテ二世でさえ54代目だが、今上天皇は「125代目」である。 遥か神代から続くその万世一系の血筋は、日本国の永劫の繁栄を象徴し、歴史に対する気高い誇りと、地球上に於いて文字通り“比類なき”重みを持つ。
 つまり日本という国は、世界有数の「先進国・経済大国」であるという肩書きと、世界最古・最長の「生きている歴史・伝統」を “ 同時に有する ” という世界的にみても『奇跡のような国』なのである。

3.その天皇家を昔から疎ましく思っている勢力がある。

 朝鮮人と共産勢力である。(朝鮮人勢力についてはもうご理解頂けていると思うのでここでは省略するが、日本共産党を含む共産勢力がなぜ昔から天皇制打倒を標榜しているかというと、共産主義の「平等」とは国内の上下をなくすことを意味するためである)  
 2600年の伝統を誇る日本の象徴である天皇家を断絶する方法は2つしかない。天皇家を皆殺しにするか、天皇制を廃止することである。

4.そこで皇室典範改正(改悪)の話が出る。これは反皇勢力にとって絶好の機会である。
 
 なぜなら「天皇家とは男系血統のこと」という事実を知らない人が多いからである。実は、天皇家とは「家系」だけでなく「血統」も兼ね備えた者のことなのである。一般の国民の家では「家系が後世に繋がる=家の存続」と定義しているので誤解されることが多いが、天皇家はそもそもその定義が異なっているのである。要するに(一般の家と違って)「血統」が違えば天皇家は途絶えることになるのである。更にわかりやすく表現すれば、「女系天皇というものは存在しない」のである。なぜなら、「“男系”かつ“天皇家の家系”にあること」、つまり、「天皇のY染色体」を継ぐ者、というのが天皇の『定義』であるため、「女系」では厳密には天皇とは呼べないものになるのである。女系天皇という言葉は矛盾(定義そのものを無視)しているのである。

5.ちなみに「女性天皇」と「女系天皇」は別の意味の言葉である。
 
 戦争が終わり、政局が大きく変われば、大規模な暴動が起こり、統制できなくなるのが世界的にも常であるのに、日本人が比較的冷静さを維持し、新しい体制をなんとか受容できたのは“なぜ”か?

それは日本にやってきたGHQが天皇家を存続させたからである。

 当時の日本人は、政府が変わっても、法律が変わっても、どんなに日本がボロボロに疲弊し、生活が目まぐるしく変わったとしても、「天皇陛下を戴く日本国民であること」は「変わらない」と信じたからこそギリギリのところで変化を受け入れることができたのである。(これは戦後に限らず、国内における歴代の政変にも同じことが言える)
 マッカーサーは日本、そして日本人をよく研究していたのであろう。巧妙で計算高い統治であったが、それは日本が“戦後の無気力状態”から立ち上がり戦後復興に至るまでの速さをみれば「いかに正しい方法であったか」は明白である。
 小泉首相をはじめ、「天皇家について無知な者」が皇室典範を改悪しようとしていたが、戦勝国の占領軍であるGHQですらやらなかったことを日本人自ら企てるなど愚かという他はないのである。

この皇室に関しては、あのアインシュタイン博士もここまで評価しているという。

「近代の日本ほど、世界を驚かしたものはない。この驚異的な発展には、他の国と異なる何かがなくてはならない。日本は3000年の歴史を通して一系の天皇を戴いてこれたということが、今日の日本をあらしめたと断言できる。私はこのような尊い国が、世界のどこかに一カ所くらいなくてはならないと常々考えていた。世界の未来は進むだけ進み、その間、幾度か争いは繰り返されて、最後の戦いに疲れるときがやってくる。

 その時、人類は本当の平和を求めて世界的な盟主をあげなければならない。この世界の盟主になるものは、武力や財力ではなく、あらゆる国の歴史を遥かに越えた、最も古く、最も尊い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まってアジアに帰る。それはアジアの高峰、日本に立ち戻らなくてはならない。我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国を作っておいてくれたことを……」  (大正12年 雑誌『改造』より)

これは1922年11月16日に初来日して40日間日本に滞在したアインシュタインが伊勢神宮参拝の際の講演時に残したメッセージといわれている。

【注】このメッセージは、清水馨八郎『日本文明の真価』(祥伝社黄金文庫 2002年)、河内正臣『真実のメシア=大救世主に目覚めよ』66頁(山手書房新社 1992年)、名越二荒之助『新世紀の宝庫・日本』102-3頁(日本教文社 1977年)、などにも掲載されている有名なものだが、それぞれ出典が曖昧なのでアインシュタインの言葉であるとは断定できないとの説もある。

確かに、今我々が生活の中で天皇陛下を意識することはあまりない。

しかし天皇家の意見も聞かず、日本国民の意思も聞かず、満足な議論もないままに、2600年もの歴史を一瞬で消してしまうのはいくらなんでも急ぎすぎである。

天皇制を存続させることは、戦争を賛美することではない。

「反戦」という聴き心地の良い言葉を「過去の戦争責任」と強引に結びつけることによって「天皇制の否定」や「反日」に利用する勢力こそが現代の目に見えない戦争における侵略者なのである。

これは靖国参拝を否定する考え方と同根である。
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 日本人にとって「天皇」という存在は日常的すぎて、かえって無関心になっているような気がする。これほどの存在(失礼な言い方ですが)は本当に金では買えない。恐らく海外の方がその貴重さを理解しているんじゃなかろうか。

  でも何も知らない人は「税金の無駄使い」とかよく言うわけだが、それを言うなら中国へのODAや、韓国が破産したときの日本の迂回融資の方がよほど無駄だし、村山内閣のときなど東南アジアのどこやらの国へ「戦時中のお詫び」としていくらだったか渡したとき、先方からは「いらんけど、やるって言うからもらっとく。」などと言われていたらしいしね。

 ニュースで天皇家へ支払われる税金は年間3億といくらか、秋篠宮家へは6千万弱で今回300万ほど追加だったかな?そんな事をやっていた。高いか安いかは人の価値観で違うわけだが、「お前がかわりにやってみろ」と言われても努力で出来る範囲ではない。また「皇族に生まれたいか?」と聞かれても素直に「生まれたい」とは言えない。

 蛇足だが極左系のブログでは「武力革命を起こし、皇族を全員処刑する!」って本当に書いている銀英伝好きの奴もいる。(確かに田中芳樹は左に傾いている感じは受ける)こういう人はもし自分が皇族だったらどういう行動に出るのだろうか?

 学校でももう少し天皇について教えればいいと思うのだけど、扶桑社の歴史教科書でさえヒステリックに抗議運動するやつらもいるしねえ。僕は市販本を読んだけど、「何がいかんの?」って感じだった。「検定を通った教科書」を採用しようとする自治体に対して抗議するプロ市民、矛先がとんと見当はずれですこと。

・・・・・・・・結局、またそっち方面に行ってしまった。

(追 記) : 転載させていただいた文中の「アインシュタインの言葉」というものは、どうやら信憑性が低いらしいです。この件について言及されているサイトは以下の通りです。

萬晩報 アインシュタインと日本(Part1~Part3)

玄倉川の岸辺

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2006年5月28日 (日)

enjoy Korea

 たまにのぞくenjoy Korea。いくつか傑作があるので紹介。

日本人投稿「韓国人の意見が知りたい。こんな靖国問題の解決策はどうですか?」

>A級戦犯の位牌と遺骨が靖国神社ではなくて別のところにあるという状態になれば、日本の内閣総理大臣が靖国神社に参拝しても問題ないですよね?

正直なところ相手をバカにしすぎではないかと思ったのだが、相手の方が何枚も上手だった。

>韓国人A氏:そんなこともできます. しかし戦犯たちの位牌と遺骨を他のジェントルマンに奉安したらオチァピ靖国神社が違う神社に移すこと以外には意味がないですね.... (翻訳不良)
 
>韓国人B氏:他の所に移して何をしますか? そういうもの廃棄処分しなければならないでしょう. 死んでも戦争狂の利用道具に過ぎないです. 
 
>韓国人C氏:A級だけではなく, 参戦軍人の位牌と遺骨を他の所に移すと問題がないだろう. 
 
>日本人A氏:そりゃ、みんなから馬鹿にされるわけだ!納得の回答。 

何一つ分かっていない。その上、実状を説明してやっても全く理解しないのか、出来ないのか。真面目に話をするのが疲れるだろう。なんだか大人と子供のケンカのよう。もう病気だね。

こういうサイトに参加する人ならば、日本についてある程度の知識はありそうなものだが、これではこちらが情けなくなる。日本はこんな国を相手に話し合いをせねばならないのだと思うと、暗澹たる思いだ。

さらに次、これは日韓併合からの歴史を簡潔にまとめてある。

「自ら併合を望んだ事大主義朝鮮」

歴史に興味のない人にも是非読んでもらいたいものだ。動画のやりとりは漫才だ。

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2006年5月27日 (土)

靖国神社(仕切直し)

 ぼやきくっくり様のブログからリンクされているHPを拝見したが、靖国神社の事をよく分かっていらっしゃる台湾人の方だった。それだけでも紹介したい思いに駆られるのだが、その中に興味深い表現があったのでそれも含めてアップしてみた。

靖国参拝訴状を見て

靖国参拝訴状を読むと、無性に腹が立つ。修養が足らないので最後まで読むには幾度か堪忍袋の緒を締め直し、忍耐の努力を必要とする。巧妙な文章のようであるが、屁理屈を連ねたもので、無明な台湾原告等が書ける文章ではなく、一部の反日日本人が事件を煽り立てている気がして、尚更腹が立つ。

私は台湾人で戦前の高雄中学22回生、戦時中は学徒兵で徴兵され、我が学友から7名の戦死者(台湾出身者も含まれている)と海軍予科練での犠牲者が靖国神社に祀られているが、我が同窓生、交友会や郷土の人達から「日本の総理大臣の靖国神社参拝で感情が甚しく傷つけられた」という話は聞いたことがない。

私の知人、郭青馥さん(台湾の原住民族で、台東出身のアミ族、元中日ピッチャー郭源治のいとこ)と林美彗さん(同じく原住民族で、屏東県霧台出身のアミ族)は二人とも日本人と結婚して日本に永住しているが、先代の話から「高砂義勇隊は非常に優秀だった」と自分達の誇りとし、叔父(母の実弟)や親族も靖国神社に奉祀されており、父母や親族が来日したときには靖国神社に参拝し、また小泉総理の靖国神社参拝はありがたいと言っているのである。

台湾原告団の番号1番の高金素梅は、自らを原住民と説明しているが、聞くところによると、中国人の父と原住民族タイヤル族の母を持つ中国人の娘であり、原住民族という説明には無理がある。

「靖国神社は合祀されている肉親の魂を返せとの原告の要求を拒否している」とあるが、靖国神社は英霊を監禁しているわけではなく、自分達で供養したければ、何も靖国神社から返してもらい連れて返る必要はなく、祠碑、塔又は廟を立てて誠心誠意祀れば霊は宿るのである。

日本に天満宮が多くあるが、亀戸の天神様と鎌倉の天神様の神霊は同時に存在するのである。即ち、神霊は遍在しているのである。

若し私が英霊なら、台湾で「植民地時代の犠牲となった哀れな英霊達よ、安らかに眠ってください」と祀られるよりは、今のまま靖国神社に奉賛感謝されて祀られた方が良い。霊界には現象界のような国境がないのである。

台湾人は半世紀に渡って日本人と国を共有したことがあったのだ。その時代を中国人は日本人の弾圧と搾取というが、当時の世界の植民地潮流の中で、日本の台湾政策は世界の最優等生だったと、私は思っている。世界に類のない莫大な公共投資と建設、電力、交通、教育等の設備と農業、工業政策の上に今日の台湾の発展がある。台湾にとっては幸運だったと思う。若し、日本統治の時代がなかったら、今の台湾は海南島にも及ばなかっただろう。

後藤新平や八田与一等、「公」に準じた偉大な功績は今でも台湾の有識者の語りぐさになっている。最近台湾では、後藤新平の銅像を立てようという声が高まっている。八田与一の銅像は、今でも嘉南大圳を眺める丘の上に坐っている。台湾の有識者で、日本の台湾統治は搾取だったと思っている人はいない。言っているのは統治を受けなかった少数の反日日本人と、戦後中国から台湾に来た少数の人達である。

靖国神社の境内に入ると、何かジーンと感じるものがある。荘厳である。それを感じないのは霊格の低い人である。風水の利も得て、地場のエネルギーも高い。そこに祀られると霊の浄化も早く、子孫にも良いエネルギーを注ぐ。転生輪廻の宇宙法則と英霊の望みによって、大部分の英霊はすでに自分の故郷か日本に生まれ変わり、平和な日々を甘受しているであろう。

今まで靖国問題で日本を批判するのは中国と韓国、北朝鮮だけだった。此度新たに台湾を加えようとしているのは、一部の反日日本人の仕業で憎らしい。また、それに乗せられて政治的知名度を高めようとしている台湾の原告高金素梅は無知である。それに日本政府の腰砕け外交にも責任がある。中国や韓国からは、ケチをつければすぐ「まあまあ」と金を出すいいカモにされているのである。

因みに、日本と戦ったアメリカやイギリス等は、靖国参拝の批判をしたことはない。台湾もしたことはない。外務省は毅然とした態度で反論と説明をするべきである。

「日本は日本独特の死の文化があり、東京裁判は国際法違反である。」

「内政干渉は、日本の国民感情を著しく傷つけ、今後のODAも再検討しなければならない。」

 日露戦争で若し日本が敗戦していたら、今の日本はチェチェンのような状況にあり、日本人はロシア語を喋っているであろう。その時日本のために散った英霊も靖国神社に祀られているのである。忠義の文化をもつ日本人に感恩を知らない筈はないだろう。馬鹿の一つ覚えで、いつも世界の唯一の「平和憲法の護持」と叫んでいる政治家がいて、自分達だけが平和主義者だと思っているようであるが、本当に平和を望んでいるのは靖国神社に祀られている英霊達である。

戦争を体験した人程、反省と覚醒で平和を望むのである。総理大臣が参拝して平和を誓うと、軍国主義の復活だと大騒ぎをする一部のマスコミ、政治家や少数の反日日本人がいるが、今後100年、まかり間違っても日本に軍国主義の復活はあり得ない。日本人はそれ程馬鹿ではない。

神(英)霊には偉大な力、パワーが存在する。

幾万柱の英霊のパワーは絶大なエネルギーである。

国民全体が誠心誠意供養して平和を祈願すれば、国の力になる。この見えないパワーを利用出来ない日本人は損をしている、と私は思う。

平和のために、平和を祈り、みんなで靖国神社参拝に行きましょう。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

>荘厳である。それを感じないのは霊格の低い人である。

>転生輪廻の宇宙法則と英霊の望みによって、大部分の英霊はすでに自分の故郷か日本に生まれ変わり、平和な日々を甘受しているであろう。

うーーーん、なんだか全部分かっていて書いているのではなかろうか・・・。

 さて、日中関係、日韓関係の険悪さばかりが騒がれる毎日なわけだが、落ち着いて考えてみる。

Q:日本は一体何をした?

A:首相が靖国神社へ参拝した。

たったそれだけの事。

中国、韓国国民の心を傷つけた?
おいおい傷つけられているのは圧倒的に日本人の心の方だろうが。だいたい日本の領土を不法占拠したり、国境ギリギリで資源開発したりするほうがよほど大きな外交問題だと思うぞ。

もしも靖国神社が中国、韓国国内に存在し、先方から「首相は参拝しないでくれ。」と言われれば無理に行くわけにもいかない。しかし靖国神社は日本にある。三宅久之氏に言わせれば
「『日本人が日本の中のどこかの場所に行ってはいかん』なんて外国が言うこと自体おかしいんだよ!!」

三宅さんあと60年そのまま頑張ってください!!

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2006年5月 2日 (火)

歴史の散歩道 1

 残念ながら、僕はまだ靖国神社に参ったことがない。ネットで調べれば簡単に出てくるのだが、この靖国神社について少し書いてみる。

 靖国神社は明治2年(1869年)明治天皇の「我が国のために尽くした人々の御霊は国自ら永久にお祀りすべきである。」という考えにもとづいて創建された。明治維新以降、国の為に亡くなられた方が祀られている。

 世間での問題。
「A級戦犯が祀られているのに、首相が参拝するのは戦争を肯定している。」

人によって考え方は様々であるし、日本は韓国と違って言論の自由があるので(また誤解を招きかねない書き方を・・・)何を言おうが勝手なのだが、反対する日本人は本音で言っているのだろうか?

 戦争をおこすのは最後の手段であるし、何としても避けねばならない事は当たり前である。戦争は外交の最終手段である。しかし犯罪ではない。だから国際的にも捕虜の扱いなどが決められている。

 日本は戦争をし、負けた。それだけのことである。

 侵略戦争だの植民地化だのというのは今の常識で考えれば当然「No!」である。しかし当時はそれが常識だった。日本は食うか食われるかの世界の中で必死に生き残る道を模索し続けた結果、最後には都市という都市を破壊され挙げ句の果てに原爆を2個も落とされ敗北した。

 マッカーサーも「日本の戦争は自衛戦争だった」と言っている。(裏返せばアメリカの方が悪いと認めているように思うが)日本はよそがほっといてくれれば国内で静かに暮らしていただろうと思うのだが、飢えた野獣のような欧米列強に対抗するために近代化を進めるしか無かったわけだ。

 「日本は朝鮮や台湾を植民地化し酷いことをした!」という、シアワセな日本人もいるが、不思議に思ってしまう。台湾は今もって「親日国家」である。・・・で、朝鮮、南北ともに「バカ」が着くほど「アホ」である。
 日本は日清戦争により、中国の奴隷であった朝鮮を独立させたのである。しかしすでに財政は破綻しており、国家の様相を呈しておらず、その上またロシアに付こうとしてみたり、中国に付こうとしたりして自立できない。話にならんもんだから、ロシアの南下という脅威を受けた日本が併合したわけだ。韓国にしても自力では二進も三進もいかない国内事情のため日本に泣きついた。これはお互いの利害が合致した結果であり、双方納得の上の話なのである。敢えて言わせてもらえば、当時の朝鮮がまともに近代化された国家であったなら日本が支援する程度で欧米列強に対抗できたはずである。無理か。(勿論中国にも同じ事が言える。) 

 朝鮮は日本人の税金によって、急激に近代化した。教育、医療の水準向上といった日本の政策はダイレクトに日本の懐を暖めるわけではない。まさに「その国だけのため」の政策であり、気の長い話である。これ1つをとってみても欧米のやった植民地政策とは全く違うと言い切れる。朝鮮にとって日本の統治時代は朝鮮史上希にみる幸福な時代であったはずなのだ。
 また奴隷階級にあった人々は朝鮮半島を捨て日本へやってきた。これが現在の在日朝鮮人の元祖だ。戦時中「強制連行」が無かったとは言い切れないが、朝日新聞の記事によれば100人単位の話らしい。日本の炭坑などで働く労働者を募集したこともあったらしいが、応募者が多すぎて選考を行ったというから「誰が強制連行だって?」とツッコミの1つも入れたくなる。従軍慰安婦も真っ赤なウソ。ただの売春である。今の風俗と変わらない。
 こうして朝鮮は日本になることにより、努力せずに近代化して文明を享受した。

時は流れて日本は敗戦。

朝鮮は何と言ったか

「我々は日本の植民地となり、搾取され、苦しめられ続けた。我々は戦勝国である!」

まあブログなんて情報の垂れ流しの側面もあるんで、自分でお調べくださいね。これはあくまで僕の見方です。



はて・・・・・靖国神社はどこへ行ってしまったのだ?

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2006年2月13日 (月)

嘘つきはだ~れだ?

今夜もネットでいろいろな所を徘徊していたら、面白い物を見つけた。

棒太郎の備暴録様

韓国併合時の「創始改名」のパンフレットを掲載されている。すご!!よくこんな物が残っているものだ。内容を読んでみても丁寧な説明で書かれ、日本語とハングル語が併記されている。

はあん、やっぱり強制ではなかったわけだ。

さらに調べたらこれが大本かな?

http://www.ne.jp/asahi/m-kyouiku/net/seminarmizuno.htm

と思ったら違った。じつはこれだ。

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1578859

おまけ

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2005年12月 5日 (月)

幕末の人々

僕は歴史小説が好きで今までいろんなものを読んできた。時代的に一番好きなのは

「幕末」である。

読んだ本の中では司馬遼太郎が一番多いが、「司馬史観」は脇へ置いておく。司馬遼太郎は時代の中の動乱期に焦点をあてたものが多い。日本史上の動乱期といえば、源平、南北朝、戦国、幕末、(昭和も入るが)などだと思うが、前の三時代は日本国内の話(日本国という意識は薄かったかもしれない)。幕末は日本と海外との関係が重要になってくる。この時代になって下級武士や庶民もようやく日本はどうすべきかという事を考え始めたのかなと思う。

自分の領土を広げるといった単純明快な動機ではなく、日本を守るにはどうしたらよいのかということが基準になっているところが違うと思う。(もちろん大名のお家大事というのもそう言えなくもないが)金儲けとか、名を上げるとかそんなものは度外視して日本の将来を憂え、行動している。常に暗殺される危険にさらされながら。

薩摩藩や長州藩は幕府を倒して自分たちがイニシアチブを取りたい、という思いもあったようだが、当時の日本の政治体制では欧米の植民地となるのは必至であったため、開国した幕府を糾弾しながらも何とか早く近代化しなくてはならないと考えていたはずだ。近隣のアジアを見ればすぐ分かるが、ヨーロッパ諸国が我先にと植民地化していった。片手に銃を片手にバイブルを持ちながら。そんな混迷の時代に一番大局的な「眼」を持っていたのは勝海舟と坂本竜馬、少し前だと吉田松陰などがあげられるのではないだろうか。

(余談になるが。小学校5年の時、図書館で伝記の「勝海舟」を借りた。帰宅前のHRで担任がそれを見つけ、

「すばらしい!是非読め!その人はすごいぞ!」

僕は何がなんだかさっぱり分からなかった。信長、秀吉・・・の続きで侍の伝記だと思って借りていましたから。彼が凄いと分かったのはしばらく後になってからだったな。)

幕末で一番好きなのはやはり坂本竜馬だろうか。桂小五郎、西郷隆盛、大久保利通(現外相・麻生太郎氏のひいひい(?)おじいちゃん)などもいい。もちろん勝海舟、榎本武明なんかはもっと詳しく読んでみたいと思う。

坂本竜馬はいいねえ。最近の研究では薩長同盟への関与はそれほど大きくなかったのではないか、なんて事をNHKでやっていたが、それにしてもどこにも所属せずに成し遂げたその仕事はあまりに偉大だと思う。

シルバーバーチは「人間が地上に生まれて何をなすべきか、魂は分かっています。」と言っていたはずだ。この幕末の時代に勤皇・佐幕を問わず、何か使命感を感じながら行動した人は多かったのではないかと思う。霊訓を引き合いに出すまでもなく、

「天がこの国の歴史の混乱を収拾するためにこの若者を地上にくだし、その使命が終わったとき惜しげもなく天へ召しかえした。」司馬遼太郎の「竜馬が行く」より  (・・・・・・こういう引用は問題ないのかな。)

無神論者と思われる司馬遼太郎氏がそう書いている。

これ当たっているんじゃないの?

幕末に活躍した人物についてこれからも書きたいと思う。

 なお読んだ本は歴史小説が大半であるため、著者のイメージがそのまま入ってくることは否めません
。セリフもほとんど著者が作っているようなものだから、学問的な考察とはズレが生じる部分もあるとは思いますが、その辺はご容赦よろしく。

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2005年11月 7日 (月)

返信です

昨日の内容について青狐(さんより頂いたコメントへの返信

 青狐(さん、コメントありがとうございます。
僕の参考資料として、ご存じでしょうがはネットではこちらです。http://www.geocities.jp/nanking1937_matsuo/nanking/
また読んだ本としては、松尾一郎著 「プロパガンダ戦 南京事件」、東中野修道他著「南京事件「証拠写真」を検証する」その他小林よしのり氏の「戦争論」です。

 文面と記載していただいたアドレスのHPの内容からしますと、肯定派の方でしょうね。
 南京陥落時の人口20万人の根拠です。これもご存じでしょうが、当時南京にいたドイツ人記者ジョン・ラーベ氏の日記でその数字が出てくること、また日本軍が昭和12年12月24日~翌年 1月5日までの間に市民に交付した良民証(通行証)が15万枚であり、これは12才以下及び60才以上は除外しているため20万人前後と推測されること。さらに1月6日以降は日本軍から引継を受けた別の機関が、更に10万枚が追加交付されているということで、南京陥落後は人口が増えていることにもなります。虐殺されるために周辺の中国人は南京へ来たのでしょうか?また良民証発行の目的は何なのでしょう。
 なお地域的な定義はよく分かりませんが、上記のような行政の影響範囲と考えています。上海戦以降の全ての住民を虐殺しながら南京へ侵攻したと定義する説もあるそうですが、軍事行動としては無意味で、あり得ないと思われます。

 また南京攻略の総司令官の松井石根大将は「南京は中国の首都である。之が攻略は世界的事件であるがゆえに真に研究して日本の名誉を一層発揮し中国民衆の信頼を増すようにせよ。特に敵軍といえども、抗戦意志を失いたるもの及び一般官民に対しては寛容慈悲の態度を取り之を宣撫愛護せよ」という一文を発表し、下士官に至るまで徹底させよと命じたとあります。また17日の入城とともに「中国の戦死者もともに慰霊しよう」と提案されています(最終的には取りやめになっていますが)。虐殺が始まったのはその日からとされています。30万人からの殺害をするとなれば、軍全体の意志として行われるはずですから、それを1日であっさり翻したのでしょうか?

 以下は科学的な検証ではないことは承知していますが、松井大将は日本陸軍の中で最も中国を愛していたとされるそうで、孫文とも周知の仲であり南京攻略の前年には中国軍閥の司令官と会い、中国統一を説いて回ったそうです。日本へ帰国後は激戦区であった上海近郊から取り寄せた土で「興亜観音像」を作り、日中戦死者とアジアの平和の為に祈りつづけられたそうです。最終的に松井大将はA級戦犯として処刑されていますが、このような人が虐殺を命じるとは到底思えません。

 果たして、上記の書籍、HPの方が間違っているのでしょうか?おそらくこのような質問は当ブログ以外にも、各所へ送られていらっしゃると思います。是非とも双方のご意見をお聞きしたいので、質問をお送りになったブログ・HPのアドレスをお教えください。またネット上、書籍でも推薦の参考資料がございましたら、お教えいただければ幸いです。なお昨日の文章中に一部ふざけた文章がありましたので、お詫びして削除させて頂きました。

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2005年11月 6日 (日)

命の重さ

 僕には何人かの中国人の友人がいる。十数年前に日本に留学しそのまま日本に滞在している人ばかりだが、今年の夏にそのうちの1人(女性)とお会いした。

  彼女はバリバリのクリスチャン!もとは仏教徒で様々なお経を読んだが、自分の疑問には半分しか答えてくれなかったと言っていた。そしてキリスト教に転向してから「これだ」と思ったそうだ。そんなわけで宗教的な事でも話が合い、以前に「シルバーバーチの霊訓」をお貸しした。そしてその話題になったが、彼女にはピンと来るものではなかったらしい。「キリストの事も出てくるけど、少ないね」
別にキリスト教の本ではないと言っておいたのだが。
 彼女は人に「キリストを信じれば救われる」と説いているらしい。自分の友人の家族が亡くなった時もそう言ったと語った。「僕としては信じないよりは信じる方がいいと思いますけど、信じたから不可能が可能になるとは思いません。」そう伝えたが納得はしない。そうは言っても彼女のように神を信じる人は中国人には多くないらしい。元来毛沢東が「宗教は毒だ!」と言いチベット侵略後、寺院をさんざん破壊しつくし、僧侶を虐殺した国だから当然かもしれない。
(文化大革命における自国民の生命の「軽さ」からすればチベット人やウイグル人など虫けら同然と思っているのだろう。見下げ果てた政府である。)
 
 話はいつのまにか中国政府について。
「今は少なくなったけど、少し前まではね、密告があったよ。」
知ってはいたけど、当事国の国民の口から聞くとぞっとする。
「中国の大学を卒業してから、少しの間裁判所でバイトしたことがあるけど、驚いたよ。」
「?」
「裁判官が被告やその親族と当たり前にお酒を飲みに行ったり、食事に行ったりするんだよね。その接待で量刑が変わるんだよ。『貴方達は自分がどういう仕事をしているか分かっているんですか?』そう怒ったんだけど、その意味すら分かっていなかったね。」
恐ろしい国である。

 最後にえのら・げいに乗ったつもりで「核爆弾級」の質問をぶつけてみた。
「あのー怒るかも知れませんが・・・南京大虐殺が30万人って大変信憑性がない事件だという事ご存じですか。」
流石に少しむっとされた。もちろんこんな話題は相手を選ばねば出来るものではない。
「虐殺がゼロとは言いません。戦時下の戦闘行為のあった場所ですから。当時の南京の人口が20万人ということは分かっています。虐殺30万人はあり得ない。」

 こんな事をお茶会の話題にするのもどうかと思うし、民間人同士で話をしてどうなるものでもないと分かっているし、その前に愛国心の強い中国人に言ってご機嫌が良くなるはずなど無いことも承知の上で話している。ただある意味中国国民も「洗脳」されていると思う。インターネットもメールもすべて情報を制御され操作され、政府の検閲を通過したものしか許されない国なのだ。その点で中国国民には多少同情してしまう僕である。(韓国は何の情報統制も無いはずだが・・・)

 最後に1つ。ヒロシマ、ナガサキの原爆って誰がどう考えても
「民間人の無差別大量殺人」
ですよね。日本各都市の空襲も同じですよね。 

 命の重さを計れる人がいるらしい。

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2005年10月29日 (土)

女系天皇で皇室廃止 ?!

最近テレビでも話題になっている「女性天皇」
愛子様で女性天皇の誕生だ!ばんざーい!

 別にいいじゃん、と僕も軽く考えていた。ところがこちらのぼやきくっくりさんのブログ(10/27)を拝見して、実はとんでもない問題だということが分かった。ここで改めて説明は書かないが、お読みいただければすぐ分かるはずだ。

 僕も初めて知ったのだが「女性天皇」と「女系天皇」というものがあり、これらは似ているが全く意味が違う。詳しくは こちらを参考に。Wikipedia 女系天皇

 そして最も危ぶまれるのは、女系天皇(男性もあり得るわけだ)となったのち「正当性がない」という理由で皇室廃止論が出てくるだろうというのだ。(とーぜん左翼一派からのキャンペーン)これはまずいんでないの。
 スピを知る人は、地上での肩書きなんぞ後になればどうでもよい、と言われるかもしれないが、僕は国家レベルで皇室があるという事実は大変な意味があると思う。日本の皇室の歴史は2000年以上である。中国は4000年の歴史があるなどというが、あそこの王朝は滅亡のたびに皆殺しにし文化風俗も徹底的にぶち壊すものだから、中国王室の血脈などその王朝の間だけの限定である。最近でも悪名高い「文化大革命」という大虐殺と大量破壊なんぞするから古代の遺産と呼べるものも少ない。そう考えれば日本の皇室がいかに貴重な血脈かがわかる。そしてどれほど優秀な外交官にもできない役割を皇室は担ってくださる。
 もしかしたら何百年か先に人間の本質が霊だということが常識になった時、皇室という特別な身分に意味は無いという意見が出てくるかもしれないが、この先暫くは大きすぎる損失になると思う。

 この問題は愛子様に弟が出来ればすべてうまく収まる。

どうだ偉大な霊よ、日本の皇室に男子として生まれてもう一度修行してみないか?
相当な成長が期待できるんではないだろうか?

          来世、僕? 

ちょ、ちょっと遠慮させて頂きます。いろんな意味で潰れてしまいそうだから。 

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2005年10月24日 (月)

薩摩義士

 仕事で週に2回ほど長良川を南北に往復している。河口にはあの長良川河口堰がある。そこから上流へ車で15分ほどのところに千本松原と呼ばれる松並木がある。この松が植えられたのは江戸時代、薩摩藩士の手によるものである。

 江戸時代まで木曽三川が伊勢湾に流れ込む終点ではその3本の川が入り組み、少し大雨が降れば即氾濫となり住民を苦しめていた。徳川幕府はこれを治めるべく、河川工事を行うことを決定した。しかし幕府は何もせず他藩に命じるだけである。白羽の矢が立ったのは九州鹿児島は薩摩藩である。これは徳川家にとって関ヶ原の合戦で西軍につき敵に回った外様大名のため仮想敵国とみなしており、その財力を削ぐためといわれる。
 だいたい日本の中央部と九州の南端である。薩摩藩ではこれを拒否して幕府と戦おうという意見もでたらしいが、家老平田靱負(ゆきえ)の「縁もゆかりもない他藩であるが、同じ日本ではないか。美濃の人たちを助け、薩摩魂を見せよう。」という発言で幕命を承諾することになった。その責任者は当の家老平田靱負である。(明治維新ではこの薩摩と長州を中心とした勢力が幕藩体制をひっくり返したのは歴史の皮肉である。)

 この事業は大変な難工事であった。さらに再三にわたり幕府側の露骨な妨害もあったらしい。それが分かっても何も言うことができない薩摩藩士は切腹して抗議するものも出た。工事が完了するまでに割腹して果てた薩摩藩士は51名、病死者33名である。
 広範囲に及ぶこの河川工事において最も困難を極めたのは「油島の締め切り工事」である。大きな中州と中州を埋め立てて繋ぎ堤防にするのである。彼らはそれをやりとげた後、その堤防に薩摩から取り寄せた松の苗を植えた。それが現在の千本松原である。

住み慣れし 里も今更名残にて 立ちぞわずらう 美濃の大牧

家老平田靱負の辞世の句である。彼は工事完了後、全ての責任を一身に背負い切腹して果てた。
 
 千本松原には犠牲者をまつるための治水神社があり、さらに木曽三川公園が作られ観光名所ともなっている。彼らは「薩摩義士」と呼ばれ、僕が学んだ岐阜の小学校では社会科の教科書の副読本に大きく取り上げられていた。

 車を運転中ここを通るたびいつも思う。悔しかったであろうし、1日も早く故郷へ帰りたかったであろうし、つらい仕事であったと思う。今でもその堤は生きている。それも国道1号線へぶつかる道である。そのおかげで僕は仕事ができる。
 岐阜県民は彼らへの感謝の心を忘れてはならない。

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